クリスマスまでに彼氏がほしい!

すずかけあおい

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クリスマスまでに彼氏がほしい!

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「彼氏ほしい」
「俺に言うな」
 腐れ縁と言ったら失礼だけれど、社会人になってもずっとつき合いが続いている幼馴染の郁瑠いくるに愚痴る。一登かずとがこんなことを言えるのは郁瑠にだけだ。そもそも男の一登が彼氏をほしがること自体、郁瑠以外には話していない。
 もうすぐクリスマスになる。でも一登には彼氏の気配がない。というか、ずっとそんな気配はない。十一月末の土曜日、自宅アパートからふた駅先にある郁瑠の部屋にいるのだ。彼氏の気配があれば、その人とすごしている。
「郁瑠、僕またクリスマスひとりだよ」
「だから俺に言うな」
 郁瑠はスマートフォンをいじりながら、適当な返事ばかり。でもそれが楽なのだ。気を遣わなくていいし、なにを言っても流し聞いてくれる。そのいい加減さが非常によい。ふたつ上とは思えないくらいに、郁瑠とは昔から気が合う。
「いい男いないかなあ」
 そんなに簡単にいい男が転がっているわけがないけれど、ついまた愚痴が零れた。自分の茶色のくせ毛をひと筋つまんでため息をつく。先週切った髪もうまくまとまらないし、愚痴を言いたくなることばかりだ。
「俺への嫌みか」
「郁瑠はいい男だよ!」
「ふうん」
 そう、郁瑠はいい男だ。誰が見てもいい男と言うに違いない、整った顔立ちを持っている。鼻筋が綺麗だし切れ長の目もとは知的な印象を与える。さらさらの黒髪にダークグレーの瞳が落ちついた雰囲気さえ漂わせるのだ。そのうえ高身長でスタイルよしとなれば、いい男としか言えないだろう。特に異性から熱い視線を向けられているのは、幼い頃から変わらない。
 ただ、彼女ができても長続きしたことはない。冷静すぎるとか淡泊とか言われて、いつもふられている。しかも郁瑠は、ふられても「そう」くらいしか言わないのだから、元彼女たちの言うことももっともだ。
 そんな郁瑠に、一登が性的指向を打ち明けたのは中学生のときだ。幼い頃から惹かれるのが同性で、違和感からいろいろ調べた結果、ゲイであると自覚した。そのときの郁瑠の反応も「ふうん」だった。見た目は二十六歳の大人になっているのに、中身はたいして変わっていないのかもしれない。それを言ったら、二十四歳になった自分もたいして変わっていないことになるだろうが。
「じゃあ、勝負するか」
「勝負ってなに?」
「どっちが先に恋人作れるかの勝負。俺は彼女、一登は彼氏」
 郁瑠の提案に首をかしげると、郁瑠はようやくスマートフォンから目をあげた。なにをしていたのかと覗いてみたら、またホーム画面のアイコン位置を整えていたようだ。また、と言うくらいに郁瑠はいつもアイコンの位置を直している。もはや趣味だ。一登は一度決めた位置から移動すると、どこになにがあるかわからなくなるから、そんなに頻繁に位置を変えられない。
「勝負って、そんなの絶対僕が負けるじゃん」
 美形で交友関係の広い郁瑠が有利に決まっている。はじめから一登が負けるのがわかった勝負だ。
「今仲良くしてる子いないし、俺もけっこう不利」
 なるほど。納得しながら、もう一度首をかしげる。
「勝つとなにかあるの?」
「別になにも。勝負と思ったらやる気が出るかと思っただけ」
「いい加減だなあ」
 郁瑠らしいけれど。
 でもやる気が出るようにしてくれるのは嬉しい。たしかに、そうでもしないと彼氏ができない。多少強引に自分を奮い立たせるくらいがちょうどいいかもしれない。
「よし。受けて立つ」
 一登が意気込んでこぶしを握っているのに、郁瑠はあくびをした。どこまでも適当なのに、それがいい。
「絶対クリスマスまでに彼氏作る!」
 宣言した一登に、郁瑠は「うるさい」と冷めたひと言を放っただけだ。冷めすぎではないか。

 でもなあ。
 郁瑠の寝るベッドの隣に敷いた布団で、ぼうっと天井を見あげる。遅い時間になったので泊まらせてもらった。いつものことだけれど。
 お酒を飲むと帰るのが面倒くさくなる。特に郁瑠の部屋だと気が抜けて、つい飲みすぎてしまうのだ。
 頭にいろいろな人の姿を浮かべてみては、首を横に振る。彼氏の候補になってくれそうな人すらいない。社内で出会いなんてないし、地味な一登に好意を持ってくれる同性なんてこの世にいるのか。いたとしても探し出せる気がしない。
「これは僕の負けだな」
 すでに諦めながらも、郁瑠がせっかくやる気が出るようにしてくれたのだから、と一応気合いは入れてみる。やるだけやってみよう。と言っても、なにをやってみるのかもわからないけれど。
 アプローチ? どうやって?
 いきなり同性に迫られたってみんな困るだろう。やはり最初から性的指向の合う人との出会いを探すべきか。なかなか難しい。


「十二月になったねえ」
「なったな」
 一週間が経過したが、なんの気配もない。突然そんな気配が降ってくるわけがないのだから、当然といえば当然だ。
「郁瑠はどんな感じ?」
「だめだな」
「恰好いいのに」
「余計にだめだ。もう彼女がいると思われる」
 顔を見合わせ、ふたりで同時にため息を落とす。恰好よければすぐに彼女ができるということでもないらしい。本当に難しい。
「両方負けだとどうなるの?」
 このままだと郁瑠も一登も敗者だ。
「別になにも」
 郁瑠はまたアイコンを並べ直している。何度やっても納得いく配置にならないんだと言っているが、何度もやるから余計に納得いかなくなるのではないか。この世には慣れという言葉もある。
「これは勝者なしだな。俺も一登も負けで終わり」
 郁瑠がいったん指の動きを止め、スマートフォンをいろいろな角度から見ている。なにをこだわっているか知らないが、本人にはなにかがあるらしい。
「……ん?」
 一登は彼氏がほしい、郁瑠も彼女がほしい。どちらも恋人探し中。
「ねえねえ、僕たちつき合えばいいんじゃない?」
 そうすれば一気に解決するし、両方とも勝者だ。
「追い詰められたか」
 またアイコンを動かしはじめた郁瑠は、ふっと冷めた微笑を浮かべた。こんな表情さえ恰好いいのはずるい。
「だって郁瑠も彼女ほしいんでしょ。僕、ネコだから」
「ネコってなんだよ」
「うーんと……されるほうっていうか」
 説明が難しい。
 そういえば郁瑠とこんな話をするのははじめてだ。性的指向を知ってくれてはいても、詳しくいろいろと聞いてくることはない。その淡泊さも楽なのだ。
「いいじゃん、めちゃくちゃ良案じゃない?」
 これまでの人生で一番のひらめきだと思ったのに、ひらめきを吹き飛ばすように頭を揺らされた。一登の頭のてっぺんに手を置いた郁瑠は、ため息をつきながら一登の頭をシェイクする。
「おまえはゲイでも俺は違うの。男は無理」
「そっか、いい考えだと思ったんだけどな」
 ぐらぐらと頭を揺らされながら諦めると、郁瑠はまたため息をついた。諦めたことでシェイクは止まり、郁瑠の手が離れていく。首を左右に傾けてから、一登もスマートフォンをポケットから取り出す。ひとつまた案が浮かんだ。
「マッチングアプリ使ってみようかな」
 それが一番確実かもしれない。ゲイ専用のマッチングアプリなら性的指向が合っているので、第一関門は突破できる。
 アプリストアでマッチングアプリを検索しようとしたら、スマートフォンが手の中からすぽっと抜かれた。顔をあげると、郁瑠が一登のスマートフォンを取りあげていた。せっかく開いたアプリストアを閉じられる。
「やめとけ」
「なんで?」
 郁瑠がこんなふうに言うのは珍しい。なにかあるのだろうか。
「昔からずっと思ってたんだけど、一登は男を見る目がない」
「えっ」
「好きになったと思ったら彼女持ちとか、性格悪いので有名とか、暴力沙汰で停学とか。変なやつばっかり好きになってる」
「うっ……」
 冷静に並べられると思わず縮こまってしまう。客観的に聞くとそのとおりだ。なにかあるどころか、問題しかないかもしれない。
 それでもその相手がとても素敵に見えたのだ。優しくしてくれたり大人っぽかったり、少し粗野な感じが色っぽかったり。
 でも一番近くで一登を見ていた郁瑠からすると、「見る目がない」となるのだろう。
「そういう大事なことはもっと早く言ってよ」
「早く言おうが遅く言おうが同じだろ」
「違うかもしれないじゃん」
 スマートフォンが手の中に戻ってきて、しゅんとしながらホーム画面を見る。いつの間にかアプリストアのアイコンがなくなっている。えっ、と思ったら、アイコン列の一番うしろに移動されていた。素早い。
「心配だから変なやつに引っかかるな」
「……わかった」
 郁瑠に心配をかけてまでマッチングアプリを使いたいわけではない。大人しく諦めると、郁瑠が安堵したように息をついた。淡泊なのか心配性なのかわからない。
「これじゃ、絶対彼氏なんてできないよ」
 ため息をついてカレンダーを見る。クリスマスまで、あと一か月もない。


「ねえ、今日なんの日か知ってる?」
「クリスマスだな。十二月二十五日」
 相変わらず冷静な郁瑠は、カレンダーを見ずに答える。一登だってカレンダーを見ずに今日がなんの日か答えられる。
「そうだよ、クリスマスだよ!」
「うるさい」
 そっぽを向かれても肩を掴んで揺らす。郁瑠は冷たいようでいて突き放さない。そういうところに救われている。昔から頼りになる幼馴染なのだ。
 でも、今日も郁瑠といるのは違う。
「結局クリスマスまでにどっちも恋人できなかったじゃん!」
「うるさい。ぎりぎりすぎただけだ」
 だからどうして冷静でいられるのか。一登は昨夜眠れないくらいにもやもやしたというのに。
 いつもどおり郁瑠の部屋で缶チューハイを飲む。クリスマスだからとシャンパンにならないのが、腐れ縁幼馴染の自分たちらしい。郁瑠とすごす日は本当にどこまでもいつもどおりなのだ。ローテーブルに並ぶおつまみにクリスマスカラーのピックが刺さっているくらいしか、イベント感がない。しかもピックもお惣菜にもとからついていたもので、用意したわけではない。
「そもそもそんなに簡単に彼女ができるなら、一登が言い出したあのときにすでに相手がいた」
「それはそうだけど」
 たしかにそのとおりだけれど、冷静に分析されるとむっとなる。同じテンションで話してくれるときがあってもいいのに。
「決めた」
 こぶしを握り締めて高く掲げる。
「誕生日までに彼氏作る」
 今度こそ決めた。クリスマスまでの勝負はどちらも負けだったが、一登はまだ終わらせない。むしろ突き進む。
「二月だろ。無理だな」
「ひどい! 一月生まれの郁瑠は絶対無理だろうけど、二月ならまだ希望がある!」
「勝手に無理とか言うな」
 珍しく郁瑠がむっとした顔で眉を寄せる。こうやって郁瑠の感情を動かせると、少し嬉しい。同じ人間なんだなあと思えるからだ。
「勝負はまだ終わってない」
 スマートフォンをローテーブルに置いた郁瑠は、缶チューハイを呷る。本当に珍しく、郁瑠が熱くなっている。
「俺だって誕生日までに彼女作ってやる」
「僕も負けないよ」
 宣言し合い、同時に缶チューハイを飲み干す。
 燃えてきた。今度こそは彼氏を作って、二十五歳の誕生日は最高の日にする。


 お雑煮を食べるとほっとする。新年気分で気持ちが緩むのも仕方がないし、年始くらい気が抜けてもいいだろう。
 一月三日、郁瑠が作ったお雑煮を、いつもどおり郁瑠の部屋で食べている。
「ちょっと待ってよ。なんで僕とすごしてるの」
「ひとり身だからだ」
「……」
 お互いの実家にはふたりで顔を見せてきたし、お正月はのんびりすごそうと思った。
 で、なぜかまた郁瑠と一緒にいる。今日は郁瑠の誕生日だ。
「もしかして、このまま僕の誕生日も彼氏じゃなくて郁瑠とすごすんじゃ……」
 危機感を覚え、不安になってきた。そんな一登に、郁瑠は口角をあげる。
「それまでに俺は恋人作る」
 誰かそういった気配があるのだろうか。妙に自信がある様子だ。
「だよね。いつまでも幼馴染でくっついてるのもね」
 ふたりでお雑煮に入っているお餅を食べる。
 郁瑠とは気が合うし、一緒にいて気を遣わなくていいから楽なのは本当だ。でも彼氏とだってすごしたい。今年の誕生日こそ、彼氏とすごしてやる。


「なんで?」
 カレンダーとにらめっこをして、笑ってはいないけれど情けない顔になった。
 二月四日、ついに明日は一登の誕生日だ。というかあと一時間ほどで日付が変わる。彼氏の気配はない。
 さすがに焦りを覚える。もしかして、このままひとりですごすのだろうか。いや、今年は無理でも来年こそは――今年が無理なら来年も無理なんじゃない? 頭の中で自問自答する。
「決めた」
 マッチングアプリを使おう。誕生日だけでも一緒にすごしてくれる相手を見つける。郁瑠はあんなふうに言っていたけれど、今回は大丈夫なように気をつける。
 ホーム画面のアイコン列一番うしろに移動されたままのアプリストアを開く。『マッチ』まで入力したところでスマートフォンが鳴動した。郁瑠からの着信だ。
「は、はい」
 慌てて通話ボタンをスライドし、裏返りそうな声を必死で留める。郁瑠から止められたマッチングアプリを使おうとしていたと、ばれたくない。
『どんな感じだ』
「まあ、普通?」
 なんと返事をしたらいいかわからず、斜め上を見ながら適当な返事をする。これではいつもの郁瑠だ。
『とりあえず、玄関』
「え?」
『おまえの部屋の前にいる』
「えっ」
 思わず時計を見ると二十三時をまわるところだ。こんな時間では終電もなくなる。でもどうしてこんな時間に来たのだろう。なにかあったのか。
『早く』
「う、うん」
 急いで玄関のドアを開けると、本当に郁瑠がいた。どうしたの、と聞こうとした一登の顔の前に白い紙箱がずいっと差し出された。驚いて頭を引きつつ、目をまばたく。
「なにこれ」
「ケーキ」
「なんで?」
「日付変わったら誕生日だろ」
 それはそうだけれど、意味がわからない。紙箱を受け取り、まじまじと眺める。開けたらばね仕掛けのおもちゃが飛び出してきたりして、とありえないことを想像する。郁瑠がそんなにお茶目なことをしたら、びっくり箱よりそれ自体に驚く。
「さっさとあげろ。寒い」
 あげろ、と言いながら一登を押しのけて郁瑠は部屋に勝手にあがっている。郁瑠なら別にいいけれど、本当に意味がわからない。
「あー、さむ」
 エアコンのきいた室内でコートを脱ぎながら、郁瑠が息をついている。冬のこんな時間では寒くて当然だ。
「で、なんなの?」
「日付が変わったら、すぐに『おめでとう』言ってやる」
「なんで郁瑠が?」
「なんでだろうな」
 一登が聞いているのに、郁瑠自身もよくわかっていない様子で首を傾けている。郁瑠本人がわからないのなら、一登にわかるはずがない。ふたりで首をかしげる。
「ただ」
「なに?」
「正月に一登と雑煮食べてて、来年もその次の年もその次も、この先ずっと一登と一緒に正月迎えたいと思った」
 お正月、と繰り返してまた首をひねる。よくわからない。ふたりでお正月をすごすなんてはじめてではなかったのに、突然なにを言い出すのか。
「どういう意味?」
 お正月を一緒に迎えたいから誕生日を祝う。まったく意味がわからない。
「俺、いい男なんだろ」
「うん」
 それは間違いない。いつも冷静すぎるという難点もあるけれど、基本的には優しくていい男だ。
「じゃあ俺にしとけ」
「え?」
「一登が変な男に引っかかること心配してるより、俺が一登の彼氏になるほうが精神的に平和だ」
 そう言いながら郁瑠は、一登の履くボトムスのポケットからスマートフォンを取りあげた。いきなり腰をまさぐられて驚いたが、いつもと同じポケットに入っているスマートフォンを郁瑠は難なく見つける。
 勝手にロックを解除して画面を見た郁瑠に「やっぱりな」とため息をつかれた。たぶんアプリストアの検索窓に『マッチ』まで入力したのが残っているのだ。まさか『マッチ売りの少女』なんて検索するわけがないし、目的はばれている。
「でも、郁瑠はノンケじゃん」
「そうだな。でも俺がノンケだってことが一登を好きになったらいけない理由にはならない」
「え?」
 わかるようなわからないような理論に、今度は疑問符が頭に浮かぶ。先ほどからわからないことばかりだ。
「なんだろうな、……本当になんだろう。俺はゲイじゃないし、可愛い女が大好きな異性愛者だ」
「うん」
 それはよく知っている。郁瑠は綺麗系の女性より可愛い系が好きなのだ。好みは昔から変わっていない。
「でも俺が作った雑煮食べてる一登が、どんな女よりも可愛く見えたんだ。安心しきって緩んだ顔とか、とぼけた顔して餅食べてる顔とか、可愛くてしょうがなかった。こんなに可愛いやつがすぐそばにいたのかってびっくりした」
「えっと……?」
 とりあえず褒められている、のだろうか。本当によくわからない。なにが言いたいのか、はっきりしてほしい。
「一登は彼氏ほしいんだろ。俺、いい男なんだろ」
「う、うん」
「よかったな。誕生日を彼氏とすごせるぞ」
 ぼうっと突っ立ったままの一登の手から、白い紙箱を郁瑠が取りあげる。ローテーブルに置いた郁瑠は、重なっている蓋部分をゆっくりと開く。中にはホールのいちごショートケーキが入っていた。ふたりで食べるのにちょうどいいくらいの、小さいサイズだ。
「一登、昔からいちごのショートケーキ好きだろ。のってるいちごは全部食べていい」
 そういえば、郁瑠は自身もいちごが好きなのに、いつもケーキのいちごを一登にくれた。そんな郁瑠の優しさが嬉しかった。
「あ……」
 ケーキには『Happy Birthday』と書かれたチョコレートのプレートがのっている。
「え、え……っ!?」
 チョコのプレートにはさらに『My Sweet Kazuto』と書かれていて、目を丸くする。ケーキと郁瑠を交互に見ると、郁瑠は柔らかく微笑んだ。郁瑠にこんなに優しい顔ができるのをはじめて知った。郁瑠の整った顔を見慣れている一登でも、ぽうっとなるほどの穏やかな表情だ。
「俺、男とつき合うのははじめてだから、リードしてくれよ」
 今度はどこか呆れを含む色の瞳を向けられる。驚きすぎている一登に呆れているのか。それとも男を見る目がない幼馴染を放っておけず、心配した挙句彼氏にまでなる自身に呆れているのか。
「リードなんて、僕にできるわけないじゃん」
 一登に向かって手を伸ばした郁瑠が、遠慮がちに髪を撫でてくる。ぎこちない手つきがおかしい。前は手加減なく一登の頭をシェイクしたくせに。
 変なの、泣きそう。
 ゲイじゃないし男は無理と言っていたのに、こんなメッセージプレートをつけてもらったのだと思ったら、なんとも言えない温かさが胸に湧き起こった。いつもの冷めた表情で淡々と店員に頼んだのだろう。その姿が容易に想像できる。
「郁瑠ってけっこう馬鹿だよね」
 目尻を指の背でこすり、ごまかすように微笑みを向ける。すごく幸せな気分だ。その気分のままの笑みを郁瑠に向けたい。
「彼氏に馬鹿とか言うな」
 いつもどおりの郁瑠に戻ってきたのか、頭を小突かれた。
 いつもどおりの郁瑠でも違う。小突く手つきだって、本当にいつもどおりならもっと乱暴なのに、今は優しい。
「だって馬鹿だもん」
「変な男に引っかかるより馬鹿な男のほうがいいだろ」
 ケーキ食べるぞ、と自宅のように慣れた動きでキッチンの引き出しを開ける郁瑠の背に、小さく「ありがとう」と告げる。ねえ、本当に泣きそうだよ。
 幸せはすぐそばにあるというのは本当らしい。
 これまでにない最高な誕生日になるのがわかった。


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