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恋人が出て行った①
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『自分を見つめ直す旅に出ます。
探さないでください。 素史』
仕事から帰ると、そんな書き置きがリビングダイニングのテーブルにあった。素史の姿はない。ついにこの日がきたか…力が抜けていく。
同棲している恋人が、書き置きを残して出て行った。
“旅”なんて、俺を傷付けないための嘘だろう…素史は優しいから。“探さないでください”の言葉から、もう帰ってくるつもりはないという気持ちが出ている。他に好きな人でもできたか。
まあ、俺なんかじゃな…付き合って四年、同棲三年、よくもった。なんの特徴も、秀でたところもない俺じゃ、いつかはこうなっただろう。今日まで来られたことのほうがびっくりだ。
素史とは大学で出会った。素史が三年、俺が二年のとき。素史のほうがひとつ上だけれど、講義が同じで声をかけられた。「ごめん、ペン貸してくれる?」がきっかけ。それから不思議と仲良くなった。
素史の印象は“自由な人”。今にも翼が生えて空を飛びそう、という雰囲気だった。別に俺はなにかしがらみがあるわけじゃないけれど、ネガティブな自分自身には縛られていたかもしれない。対照的に素史はのびのびしていて眩しく見えた。
好きになるのに時間はかからず、でも告白する勇気なんてない。かっこよくて人を自然に寄せ付ける素史と、地味で目立たない俺。告白したところで振られるのはわかり切っている。それでも、切れ長の明るい茶の瞳に俺が映る度にどきどきしていた。
「もっと一緒にいたいな。付き合おうよ、千温」
素史と、素史のお友達と俺とで食事に行った帰り、そう言って手を握られた。からかわれているんだと思ったけれど素史の瞳は真剣で、俺はゆっくり頷いた。
「面倒なのと付き合うことになったなー」
付き合うことは誰にも言わないのかと思ったら、素史はすぐにお友達にさらっと話した。するとみんな口を揃えてそう言う。その意味が俺にはわからなかった。俺が面倒なのかなと思ったけれど、素史のお友達は俺に「なにかあったら相談に乗るから」と言う。ますます謎だった。
でも、付き合うようになると素史は思ったより自由な人ではないと知り、素史のお友達の言葉の意味がわかった。考え込むとどんどん考え込んで食事もしないことがある。俺は気が付くとすぐにそれを止めた。そのときの素史は心細そうな背中をしていたように思う。
初めてその姿に気が付いたとき。
「そんなに自分を追い詰めないで」
恐る恐る抱き締めたら素史は驚いていた。ちょっと偉そうだったかもしれない。でも、そう言ってあげたかったんだ。
素史はなにもないところで自由にしているんじゃなくて、自分で作った柵の中で飛んでいるだけなんだと知った。その姿は繊細で、きらきらとガラス細工のように、俺の目にはもっと輝いて見えた。
素史は隠しごとをしないし俺は単純なので、お互いをよく知るのは早かった。
俺達の距離は、すぐに縮まっていった。
翌年、俺が部屋の契約更新だと言ったら、素史に「だったら一緒に暮らそうよ」と言われた。
一緒にいると心地いいし楽しい。
ふたりで暮らしたらきっともっと人生最高。
そう言われて、迷うことなくオーケーした。素史の人生が最高になったら、そんなに嬉しいことはない。俺はそんな大層な存在じゃないけれど、素史がそう言ってくれるなら…と、ふたりで物件を探して同棲を始めた。
「……俺なんかのどこがよかったんだろう」
素史が大好き。
でも、俺なんかが素史に愛されていていい自信はない。そういうところが俺の悪い癖だと素史によく注意された。「俺なんか」の口癖も。
テーブルの書き置きを見つめて、少し右上がりの癖がある字をそっと指でなぞる。俺なんかが素史のような男をいつまでも繋ぎ止めておけるはずがない。
「…また“なんか”って思っちゃった」
涙が溢れるけれど、流れるままにする。
「俺はまだ、大好きなんだけどなぁ…」
きっといつまでも素史の影を追いかけるんだろうな。
メッセージアプリの素史の名前を削除した。
探さないでください。 素史』
仕事から帰ると、そんな書き置きがリビングダイニングのテーブルにあった。素史の姿はない。ついにこの日がきたか…力が抜けていく。
同棲している恋人が、書き置きを残して出て行った。
“旅”なんて、俺を傷付けないための嘘だろう…素史は優しいから。“探さないでください”の言葉から、もう帰ってくるつもりはないという気持ちが出ている。他に好きな人でもできたか。
まあ、俺なんかじゃな…付き合って四年、同棲三年、よくもった。なんの特徴も、秀でたところもない俺じゃ、いつかはこうなっただろう。今日まで来られたことのほうがびっくりだ。
素史とは大学で出会った。素史が三年、俺が二年のとき。素史のほうがひとつ上だけれど、講義が同じで声をかけられた。「ごめん、ペン貸してくれる?」がきっかけ。それから不思議と仲良くなった。
素史の印象は“自由な人”。今にも翼が生えて空を飛びそう、という雰囲気だった。別に俺はなにかしがらみがあるわけじゃないけれど、ネガティブな自分自身には縛られていたかもしれない。対照的に素史はのびのびしていて眩しく見えた。
好きになるのに時間はかからず、でも告白する勇気なんてない。かっこよくて人を自然に寄せ付ける素史と、地味で目立たない俺。告白したところで振られるのはわかり切っている。それでも、切れ長の明るい茶の瞳に俺が映る度にどきどきしていた。
「もっと一緒にいたいな。付き合おうよ、千温」
素史と、素史のお友達と俺とで食事に行った帰り、そう言って手を握られた。からかわれているんだと思ったけれど素史の瞳は真剣で、俺はゆっくり頷いた。
「面倒なのと付き合うことになったなー」
付き合うことは誰にも言わないのかと思ったら、素史はすぐにお友達にさらっと話した。するとみんな口を揃えてそう言う。その意味が俺にはわからなかった。俺が面倒なのかなと思ったけれど、素史のお友達は俺に「なにかあったら相談に乗るから」と言う。ますます謎だった。
でも、付き合うようになると素史は思ったより自由な人ではないと知り、素史のお友達の言葉の意味がわかった。考え込むとどんどん考え込んで食事もしないことがある。俺は気が付くとすぐにそれを止めた。そのときの素史は心細そうな背中をしていたように思う。
初めてその姿に気が付いたとき。
「そんなに自分を追い詰めないで」
恐る恐る抱き締めたら素史は驚いていた。ちょっと偉そうだったかもしれない。でも、そう言ってあげたかったんだ。
素史はなにもないところで自由にしているんじゃなくて、自分で作った柵の中で飛んでいるだけなんだと知った。その姿は繊細で、きらきらとガラス細工のように、俺の目にはもっと輝いて見えた。
素史は隠しごとをしないし俺は単純なので、お互いをよく知るのは早かった。
俺達の距離は、すぐに縮まっていった。
翌年、俺が部屋の契約更新だと言ったら、素史に「だったら一緒に暮らそうよ」と言われた。
一緒にいると心地いいし楽しい。
ふたりで暮らしたらきっともっと人生最高。
そう言われて、迷うことなくオーケーした。素史の人生が最高になったら、そんなに嬉しいことはない。俺はそんな大層な存在じゃないけれど、素史がそう言ってくれるなら…と、ふたりで物件を探して同棲を始めた。
「……俺なんかのどこがよかったんだろう」
素史が大好き。
でも、俺なんかが素史に愛されていていい自信はない。そういうところが俺の悪い癖だと素史によく注意された。「俺なんか」の口癖も。
テーブルの書き置きを見つめて、少し右上がりの癖がある字をそっと指でなぞる。俺なんかが素史のような男をいつまでも繋ぎ止めておけるはずがない。
「…また“なんか”って思っちゃった」
涙が溢れるけれど、流れるままにする。
「俺はまだ、大好きなんだけどなぁ…」
きっといつまでも素史の影を追いかけるんだろうな。
メッセージアプリの素史の名前を削除した。
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