恋人が出て行った

すずかけあおい

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恋人が出て行った②

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 あたり前だけれど、素史は帰ってこない。仕事が休みの日に少しずつ、素史が置いて行った荷物を片付け始めることにした。
 部屋のすべてに素史との思い出が詰まっている。ただの柱だって、素史が考えごとをしていたときに寄りかかっていた場所だったりする。
 そういうひとつひとつを思い出していたら、片付けが全然進まない。少し片付けては泣き、少し片付けては泣く。そんな自分が笑えてくる。

「あ、これ…」

 素史が俺のために買ってくれたココア。また視界がじわじわしてくる。本当に片付けが進まない…。

 まだ素史が好き。好きだから片付ける。
 俺にできるのは、素史の残していったものを片付けることだけ。いつまでも残しておいて、見る度にめそめそしていたら素史だって気持ち悪いだろう。

「…そのままだ」

 素史の部屋はほとんどそのまま。でも、素史が気に入ってよく着ていた服とか、スポーツバッグがなくなっている。持って行ったんだろう。
 どう片付けたらいいんだろうと溜め息が出てしまう。だけど片付けなくちゃ。気持ちに区切りをつけるために。

 区切り?
 区切りってなんだろう。
 忘れる?
 忘れるなんてできない。
 俺の中に素史を刻み付けるために片付ける。逆説的だけど、それが俺の確かな気持ちなんだろう。

 ソファには素史が出て行く朝まで着ていた寝間着がそのまま置いてある。なんとなく手に取って抱き締めると、嗅ぎ慣れた素史のにおいがした。涙が頬を伝っていく。手の甲で涙を拭って、寝間着を畳んで他の衣類と一緒にゴミとしてまとめる。

 俺が素史に贈った写真立てもそのままパソコンデスクに飾ってある。入れてあるのは、素史と俺で撮ったふたりの写真。付き合い始めてふたりで初めて過ごした素史の誕生日、なにが欲しいが聞いたときに「ふたりで撮った写真を飾りたい」と素史が写真立てを希望して、ふたりで選んだ。

「これ、置いてったんだ……そうだよな」

 素史の心は、もう俺のほうにはない。
 ぐっと胸が苦しくなって、また涙が溢れてしまう。ふたりの思い出もゴミ袋に入れた。





 休みの度に片付けて、部屋を整理していく。でも心の整理はつくはずがない。
 素史が帰ってくることはない。だからある程度の心の整理はしないといけないのに、いつまでも素史を待っている自分が確かにいる。

 ひとりのセミダブルベッドは冷たくて、眠りが浅くなった。
 同棲を始めるとき、「ベッドはひとつでいいよね」と言ったのは素史。俺のにおいが落ち着くからと、俺の部屋にベッドを置きたいと言ったのも素史。セミダブルなのは、「シングルで小さすぎると千温が落ちないか心配、でもダブルで大きすぎるのは千温と距離があって寂しい」と真剣な表情で理由を言っていた。寂しがりやなところもあった。

「……寂しかったのかな」

 俺は素史に寂しい思いをさせていたのかもしれない。お互い時間を作ってそばにいたけれど、それでもやっぱり寂しかったのだろうか。
 …わからない。
 考えたって仕方ないし、答えが出たって素史は帰ってこない。毎日が苦しくて、孤独と辛さに潰されてしまいそうだった。素史がいなければ、他の誰がいてもだめなんだ。

 素史は今頃どうしているだろう。
 新しい恋人と仲良くしているかな。

「………寝付けない」

 少し風に当たりたくてベランダに出る。欠けた月が雲の中に浮かんでいる。
 俺はもう、ひとりぼっち。
 ぼんやり空を見上げた。


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