溺愛じゃおさまらない

すずかけあおい

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バレンタイン小話

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Xとぷらいべったーに掲載していた小話、本編後です。


*****


 陽介さんがソファでバレンタインギフトのカタログを凝視している。仕事中みたいな真剣さで一つ一つ見ては「これはだめ」、「これも違う」とぶつぶつ言っている。俺が見ていることに気がついているだろうか。
「誠也、シャワー終わったのか」
「うん、ありがとう。なに見てるの?」
 わかっているけれど聞いてみる。すると溶けてしまいそうなくらい甘く甘く表情を綻ばせて手招きしてくれる。誘われるまま近づいて隣に腰掛ける。
「誠也へのバレンタインのプレゼント探し」
「そんな……えっ」
 なにこのカタログ……桁が一つ違う。掲載されているものすべてゼロが一つ多い。二つ三つ多いものまである。チョコだよね、とまじまじと写真を見ると陽介さんが肩を抱いてくれる。
「これがいいか?」
「こんな高級品無理!」
「誠也にプレゼントするものに値段なんて関係ない」
 この可愛がりっぷり、[[rb:市川 > いちかわ]]課長と同一人物とは思えない。頬にキスをされて心臓が甘く高鳴った。
「で、でも、こんなに高いものもらえないよ」
「誠也は控えめで本当に可愛いな」
「控えめとかじゃなくて……」
「心配するな。冬のボーナスはこのために取ってある」
「えっ」
 ボーナス!? バレンタインチョコの話だよね!?
 驚愕の表情を向けるとキスをされそうになって慌てて陽介さんの唇を手で塞ぐ。不満そうな顔をしているけど、俺だって不満だ。
「ボーナスなんて、冗談だよね?」
「本気だ」
「……」
 この人、大丈夫だろうか。そこまで愛されているということだけど、驚きのほうが上回っている。そういえば。
「陽介さん、俺のことで困りたいって言ってたよね?」
「言ったな。困らせてくれるのか?」
「うん……」
 頭をフル回転させて考える。この人のお金をこんなふうに俺につぎ込むような使い方をさせてはいけない。陽介さんが一生懸命働いて稼いだお金は、陽介さんのために使ってもらいたい。でもそう言ったところで受け入れてはもらえない。なんとかお金を使わないでくれる方法を……。
「予算百円」
「え……」
「予算オーバーした企画は却下です」
 市川課長と立場が逆転したみたいな発言だけど、きっぱり言い切る。これでどうだ。陽介さんは目をしばたたかせてから首を傾げる。
「予算は予算だろう。超えることだって――」
「予算オーバーは却下!」
 きっと強い視線で見つめると、きょとんとした後に苦笑された。俺の意図をわかってくれただろうか。
「……誠也には敵わないな」
「負けてくれる?」
「ああ、完敗だ」
 髪を撫でられ、へへ、と笑うと不意打ちのキスをされた。
「俺の予算が百円なら、誠也の予算も百円だからな」
「えっ」
「俺だけ予算内で収めさせるようなこと、誠也はしないよな?」
 そんなに甘く微笑まれたら頷くしかできない。どうしよう……自分の首を絞めたようだ。


 予算百円ってなにをしたらいいの? 駄菓子屋さんで一口チョコを買うくらいしかできない。なにこれ、仕事より頭を使う大変なミッションだ。
「[[rb:大野 > おおの]]」
「はい」
「この売上データの詳細が欲しい」
 陽介さん……市川課長から二つ折りされた紙を受け取り、その場で開こうとしたら止められた。
「デスクで確認しろ」
「はい……?」
 なんだろう、そんなに複雑なことなのか、大量の資料が必要なのか。市川課長はもう視線をパソコンに戻してしまっているので首を傾げながらデスクに戻ってメモを広げる。
「っ……」
 そこには『愛してる』と几帳面な字で綴られている。仕事中にどういうつもりか、と課長席を見ても視線は合わない。
「……」
 本当にどういうつもりなんだろう……そう思いながらも心が温かくなった。


 それから陽介さんはことあるごとに俺にメモを渡してくるようになった。それは仕事中だけでなく、プライベートでも同じで。
「陽介さん、これってなんなの?」
「百円でメモを二冊買った。社販でぴったり百円」
「えっと……?」
 テーブルに置かれた、うちの会社の商品で一冊二百五十枚つづりのメモを見せてくれる。安くて紙質がいいと評判のものだ。まさか……。
「そのときの俺の気持ちだ。バレンタインプレゼントだから、メモがなくなるまで続く」
 バレンタインプレゼント……やられた。こんなんじゃ俺の心臓が持たない。
 仕事中には甘い愛の言葉が書かれていることがほとんどだけど、プライベートになると「抱きしめたい」、「キスしたい」、それから「抱きたい」まで、字に書いて渡されるから恥ずかしさが倍増する。しかもそのメモを後から読み返してまた心臓が暴れるし。
「こんなの反則!」
「どうしてだ? バレンタインは好きな相手に気持ちを伝える日だろう。初心に戻って思いついたんだ。やめる気はないし予算内だから却下される謂れもない」
「う……」
 初心に戻りすぎていて、逆に新鮮で嬉しすぎて恥ずかしすぎてどきどきしすぎて……おかしくなってしまいそうだ。
「誠也は俺の気持ちを全部受け取ってくれると信じている」
「……もう」
 しょうがない人だ。
 陽介さんへの予算百円のプレゼントは同じメモ二冊を社販で買ったものにするしかない。俺の気持ちも陽介さんに全部受け取ってもらいたい。
 愛してる、と書いてくれたメモの文字を指でなぞった。
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