触れると魔力が暴走する王太子殿下が、なぜか私だけは大丈夫みたいです

ちよこ

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午後の紅茶と、そよ風のような人

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それは、風の気持ちよい午後だった。



王宮の南庭に面したテラスに、小さなテーブルと椅子がふたつ。

紅白の小花が咲く鉢植えがそっと置かれていて、まるでそこだけが春の箱庭のようだった。



「ご足労いただきありがとうございます。お席へどうぞ、リュシア様」



シルヴェスター王太子の声は、やさしい音色だった。

誰かを責めることも、急かすことも決してしない。

それは、あの日の確認室で初めて聞いたときと、何も変わっていなかった。



リュシアは、少しきょろきょろと周囲を見回してから、控えめに席についた。



「殿下がお茶を淹れてくださるんですか?」



「ええ。今日は私のお気に入りのブレンドで。南庭で採れたカモミールと、ベルガモットの花びらを少しだけ」



「……すごい。香りが良いです。」



「よかった。季節のかわり目ですから、少しでも気分がやわらげばと」



ティーポットから注がれた紅茶から立ちのぼる香りに、

リュシアは自然と目を細めた。

それだけで、心がふわりとゆるむ。



二人の間に流れる時間は、静かで、温かくて、やさしいものだった。



リュシアはカップを両手で包みながら、そっと言った。



「……殿下って、とてもやさしいんですね。話していると、すごく安心します」



「そう感じていただけたなら、嬉しいです」



「うまく言えないんですけど……なんというか、風みたいだなって」



「風……ですか?」



「はい。そばにいても重たくなくて、静かに寄り添ってくれる風です。

優しい風って、気づいたときにはそばにいてくれて、心地よいですよね」



その言葉に、王子は一瞬だけ驚いたように目を瞬かせた。



そしてすぐ、いつものように穏やかに微笑んだ。



「私にとっては、新しい表現です。けれど、そうですね……風のように、在れたらいいなと、思いました」



ふたりはふわりと笑い合った。



それはとても静かで、特別な意味を込めたものではなかったけれど——

午後の紅茶に似合う、小さな優しい共感だった。



リュシアは、ふと思い出したように口を開いた。



「あの、殿下。あの日、手をつないだときに、なにも起きなかったのって、ほんとうに珍しいことだったんですね?」



「はい。奇跡のようなことでした」



「私、草を育てるのが得意なだけで、魔力も特別ではないのに」



「ええ、だからこそ」



王子は紅茶に目を落としたまま、そっと言った。



「何も特別でない方が、私にとって特別になるなんて、不思議ですね」



「……?」



「いえ。私の話です」



そう言って、彼はカップを傾けた。

琥珀色の液体が、光にきらきらと揺れていた。



会話の合間に沈黙が流れても、それは決して気まずくなかった。

むしろ、その沈黙さえも心地よさに包まれていた。



誰かと一緒にいて、何も話さなくても安心できる。

そんな時間が、この世界に本当にあるんだ——と、リュシアは初めて思った。



「あったかいですね」



「え?」



「今日の紅茶も、風も……それに、殿下も」



その素直な言葉に、王子はふわりと息を漏らすように笑った。



「リュシア様は、とても……面白い方ですね」



「えっ、おもしろい?」



「良い意味です」



そうしてまたふたりは笑った。



午後の陽射しがやわらかく差し込むテラスで、

ふたりの距離はほんの少しだけ、自然に近づいていった。



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