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攻略対象file5:狡猾な魔塔主
128.一方その頃
しおりを挟む「シモン。だいじょうぶ?」
「大丈夫じゃないです。ぎゅーしないと死にます」
「大変。死ぬのだめ。ぎゅー、ぎゅー」
泣き腫らした瞳が痛々しくて抱き締めていると、シモンに強く抱き締め返されて半ば拘束されるように腕の中にがっちり閉じ込められてしまった。
傍で見守っている間ずっと魘されていたから、何か怖い夢でも見たのだろう。そう思い抵抗はせずぎゅーを受け入れていると、シモンの要求が珍しく欲深くなっているのを感じて首を傾げた。
気のせいだろうか。心なしかシモンの押しが強くなっている気がする。抱き締める腕も何となく震えているような。
そんな気がしたものだから、僕も素直にシモンの望みに応えることにした。悪夢を見た後は誰かに甘えたくなるものだし、それはカッコいいお兄さんのシモンでも変わらないだろう。
そうしてしばらくぎゅーしていると、不意にシモンが我に返った様子で顔を上げた。
「そういえばフェリアル様、ここは何処ですか?転移を発動した記憶はあるんですが、それ以降の記憶が曖昧で…」
やっと現状に対しての疑問を抱いてくれた、とほっと息を吐く。いつ話を始めるべきかと若干そわそわしていたところだ。
寝起きでしかも泣き腫らした直後だから、いくらシモンといえど少し鈍っていたのかも。あとでたくさんよしよしぽんぽんしてあげよう、と決心して問いに答えた。
「シモンが寝てるあいだに、いろいろあった。シモンが来たとき、血だらけで心臓がとまるかと思った」
「なっ!?俺の所為でフェリアル様の尊い鼓動を無にしてしまうところだったんですか…!?」
「許されざる大罪!切腹して償わせていただきます!」と覚悟を滲ませた表情で断言するシモン。慌てて「だめ。死ぬのだめ…!」と抱き着くと、すかさずシモンの抱き締める力にもぎゅーっと力が籠った。
「嘘です。死にませんよ」
「……、…?」
「うん?どうしました?そんな可愛らしいきょとん顔をして。ほっぺすりすりしちゃいますよ?」
ふにゃっと緩んだ顔ですりすり頬擦りしてくるシモンをぽーっと見つめる。
やっぱり何か変だ。今朝のシモンとは何かが大きく変わっている気がする。シモンの中の何かを大きく変えてしまうくらい、悪夢の内容は酷いものだったのだろうか。
いつものシモンなら、嘘だと否定することも死なないと断言することもなかったのに。
僕が本気で紡いだ『死なないで』なら死なないと答えるけれど、それ以外なら生死について断言することは決して無かった。
鼓動がドクンと大きな音を立てる。心なしか以前よりも僕に向ける視線が変わっているような…愛情というか、慈愛というか。そういうものの度合いが、大きく増しているような気がする。
「フェリアル様。お話の続きを聞いても?」
「あ…うん、わかった」
ぷにぷにと頬をつつくシモン。何が楽しいのか、何故か僕の頬をむにむにするシモンの表情はとっても幸せそうだ。
過剰な気もするその反応に首を傾げながら、シモンが眠っている間に起こった出来事をぽつりぽつりと語り始めた。
* * *
「嫌いじゃない!べ、別に嫌いとかじゃないからね!!」
「アラン。つんでれ」
「は!?誰がツンデレだって!?」
「つんつん。……しゅん」
「え、あ…別に怒ってないし…そんなしゅんってしなくても…」
「でれでれ。やっぱりつんでれ」
「デレ要素あったか?」
最後にアディくんがツッコミを入れたところで話が一旦区切られる。僕のツンデレ誘導に見事にはまったアランは、ツンデレという言葉に照れた様子で顔を真っ赤にして俯いた。
ぷしゅーと頭のてっぺんから湯気すら出しそうなアラン。流石に焦ってあわあわと慌てて、咄嗟に鞄から取り出したレモン味の飴をすっと差し出した。
「飴あげる。元気出して」
「……飴?」
「うん。アランには、特別にハートのかたちの飴あげる」
「……僕だけ?」
「うん。お友達だから、特別」
特別…と紅潮した頬でほくほく呟くアラン。どうやらレモン味の飴をお気に召して頂けたようだ。
「アランは、レモン味の飴がすき…」と脳内メモにかきかきする。そんな僕を見て何故か呆れ顔を浮かべたアディくんが「いや…嬉しがってんのそこじゃねーだろ…」とぼそぼそ呟いた気がしたけれど、たぶん気のせいだ。
飴の入った瓶を鞄に戻し、流石にそろそろ中入ろうぜと促すアディくんにこくりと頷く。何だか緊張している様子のアランと手を繋いであげると、元から赤面していた顔が更にぼんっと真っ赤になった。
何してんだお前ら、と言わんばかりの視線を向けてくるアディくんに慌てて駆け寄る。アディくんが扉に手を掛けたその瞬間、不意に全身の血がざわめくようにほんの一瞬熱くなった。
「っ…!……?」
ドクンと鼓動が大きく鳴る。思わず足を止めて、その場で心臓の辺りに拳を当ててぎゅっと握り締めた。
「フェリアル?どうした?」
「どこか痛いの…?」
すぐに僕の異変を察して背中を撫でたり顔色を確認したりしてくれる二人の友人。
お友達って感じの反応で嬉しいなぁ、なんて呑気なことを考えた直後、正面に立っていたアディくんが僕の背後を見て青褪めた。
「なっ…!フェリアル、後ろ…!!」
「へ……?」
目を見張るアディくんにつられて振り返り、目前に現れた光景に思わず硬直する。
足元の影から黒い何かがうにょうにょと伸びて、それは徐々に人の形を作り上げた。
纏った膜が剥がれるように影が溶けていく。やがてその中から現れたのは、全身を血に染めたシモンだった。
「シモン……!?」
さーっと青褪めて駆け寄り、ぐったりと地面に伏せるシモンの傍に膝をつく。
突然の出来事に混乱して何も出来ないでいると、背後から「フェリアル!早く止血しないと!」というアランの叫び声が聞こえてハッとした。
装飾の少ない上着を脱いで駆け寄ってきたアディくんは、一切躊躇うことなくそれを胸の辺りに押し当てる。
裂けた服にこびり付いた血を軽く拭うと、止血の為にシモンが着ていた服を脱がせ始めた。こういう時、直ぐに状況を把握しててきぱき動くアディくんが、この場にいてくれて良かったと心底安堵する。
「僕、人呼んでくる!」
混乱した様子を見せながらも急いで邸に入るアラン。こういう時、真っ先に動くことが出来ない自分に嫌気がさす。
明らかに瀕死のシモンを目の当たりにすると、足が震えて体を一切動かせない。呼吸も感覚が短くなって、蒼白した顔で、とにかくシモンの血塗れの手をぎゅっと握り締めることしか出来なかった。
「……あ…?これ…どうなってんだ…?」
血で滑る服を何とか脱がせたアディくんは、惨い傷跡があるであろうシモンの上半身を見て不意に小さく呟いた。
一体どうしたのかと顔を上げ、その違和感に気が付いて目を見開く。ぺたりと肌に触れ、視覚が狂っている訳ではないことを確認した。
「傷がない……」
確かに血は出てるのに、どうして。そう言って一瞬硬直したアディくんは、やがて恐る恐るといった様子でシモンの唇に耳を寄せた。
「呼吸は正常だな……寝てるだけみたいだ」
「ねてる……?」
張り詰めていた空気がじわじわと溶けていく。
さっきまで混乱と焦燥で騒がしかった空間に静寂が訪れる。一切の声が辺りから消えて、アディくんと同時にじっと耳を澄ます。
すぅ、すぅ……と規則正しく吐き出される寝息が、胸を穏やかに上下させるシモンから確かに聞こえた。
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