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攻略対象file5:狡猾な魔塔主
129.護衛の行方
しおりを挟む「アディくん。ほんとにここ、使っていいの…?」
「ん?あぁ、いいよ別に。兄貴いねぇし。どうせ後で掃除すんだから大丈夫大丈夫」
「うぅん…そっか」
そういう問題かな…という疑問はぐっと堪えて口に出さなかった。アディくんがいいと言うならいいのだろう。
侯爵家の人間ではない、加えて使用人という立場のシモン。そんなシモンを躊躇なくハインツ兄様の寝室に運んだアディくんは、血塗れになった兄のベッドを見ても特に何を言うことも無かった。
突如玄関に血塗れで現れたシモンを見下ろし、アディくんが「とりあえず一番近い寝室に運ぶぞ」と言ったのが事の発端。その一番近い寝室というのが、まさかのハインツ兄様の寝室だったのだ。
流石に侯爵家嫡男の部屋を使うのは…と思ったりもしたが、アディくんも侯爵夫妻も「緊急事態なんだから」と言ってくれたので、こうして有難く使わせて頂いているというのが今の状況。
気のせいかもしれないけれど、侯爵家の人たちは昔からハインツ兄様の扱いが少し雑な気がする。
「結局、傷は無かったんだよな?」
「うん…お医者さまが、傷は見当たらないって。でも、血はシモンので間違いない、っていってた…」
侯爵様が呼んでくれたお医者様に診てもらったけれど、やっぱりシモンの体には傷が一切無かった。
明らかに致死量と言える出血は間違いなくシモンのものだけれど、命に別条もないと。とにかくシモンが目を覚まさない限り、何があったのかは皆目見当もつかないとお医者さまもお手上げのようだった。
「シモン…大丈夫かな…」
「……」
シモンの眠る姿はとても静かで、寝息も耳を澄ましてようやく聞こえるくらいだ。だからだろうか、少し青褪めたシモンの寝顔は、最悪の事態を考えてしまいそうで何だか恐ろしい。
お医者さまも大丈夫だと言っていたのだから、不安になることなんて何もない。分かっているのに、言語化できない酷い恐怖がどうしても止まない。
ぎゅっとシモンの手を握り締めると、隣に立っていたアディくんがふと無言でぽんっと頭を撫でてきた。
「心配すんな。この人、何だかんだ言って一番フェリアル馬鹿だし。怯えてるフェリアル置いて勝手に居なくなったりとか絶対しないと思う」
「っ……アディくん…」
「色々あって疲れたんだろ。ちょっと寝かせてやれば直ぐ起きるって」
な?と微笑むアディくんを見上げた途端、胸のざわめきが少し落ち着いた。
「うん…」と小さく頷くと、アディくんは僕の頭に乗せていた手を褒めるようにわしわしと動かす。それに甘えてじっと座っていると、不意に寝室の扉が控えめにノックされた。
アディくんが返事をしたあとに恐る恐る入って来たのは、心配そうに眉を下げたアラン。アランは足音を立てずにそろりと歩いてくると、シモンの様子を覗き込んで小声を発した。
「……大丈夫なの?この人…」
「うん。傷もないって。今は眠ってる」
「そっか…それなら良かったけど…」
ほっと息を吐いたアランの言葉がふっと途切れる。そわそわしだすアランに首を傾げると、僕達の会話をじっと聞いていたアディくんが呆れた様子で溜め息を吐いた。
「ちょうどいい機会だろ。照れてないで言ったらどうです?今日の本命はそれでしょ」
「っ…い、今はそんなっ…呑気に話してる場合じゃ…」
「怪我人も診察終えて今は寝てる。緊急事態はとっくに過ぎた。今が一番いい機会だと思いますけど?」
「ぐっ……」
目上の人には敬語を欠かさないアディくんの言葉遣いが、珍しく少し崩れている。どうやらアランとアディくんは、僕が知らない間にいつの間にか仲のいいお友達になっていたらしい。
アディくんにぴしっと言われたアランは顔を真っ赤にしながらも、ぷるぷると震えてその言葉自体を否定する気配が無い。
一体何のことだろう、と一人状況に追い付けずきょとんとしている僕に、アランはもじもじと体を揺らしながら小さく呟いた。
「……お礼」
「うん…?」
「舞踏会の時の、お礼…っ!ずっと言わなきゃって思ってて…でもタイミング逃しちゃって…」
頬を染めて精一杯語るアランに息を吞む。そういえばそんなこともあったっけ、なんて。最近は色々と大きなことが起きすぎて、舞踏会のこともすっかり忘れてしまっていた。
そういえばあの日は倒れてそのまま邸に帰ってしまったから、アランとはそれ以来一度も会うことが出来ていなかった。その間に二人は交流を深めて、アディくん経由で僕と会おうと思ったのか。
「その人にも、お礼言おうと思ってたんだけど…」
「フェリアルが来るならシモンさんも絶対来るって思ってたんだけどな。違う人が来た時、正直ちょっと焦ったんだぞ。まぁ…こんな感じで再会するってのも、全然予想してなかったけど」
違う人…アディくんの言葉を聞いてふと思い出す。
そういえば、サムさんはどこに行ったんだろう。シモンのことで場が混乱していた時、思い返せばサムさんの動きを一切見ていない気がする。
「サムさん、今どこに…」
「サム…あぁ、護衛の人?そういえばさっきから見ないね。邸の中には入ってなかったと思うから、外にいるんじゃない?」
シモンが、自分の甥がこんな状態になっているのに、外にいる…?
サムさんはずっと護衛の為に傍にいたから、シモンが血塗れの状態で現れた時もその場にいたはずなのに。そうでなくても、あのサムさんなら怪我人が目の前にいたら真っ先に動くに違いない。
それなのに、どうしてさっきから気配を消しているんだろう。
考え始めるとすごく気になって、衝動的に足を動かした。
「二人とも、ごめんね。シモンのこと、ちょっとだけ見ててくれる?」
「いいけど…どこ行くんだ?危ないことするつもりじゃねぇだろうな?」
「しないよ、大丈夫。アランもありがと、お礼のためにまた会ってくれて」
ふにゃりと頬を緩めて言うと、アランは再びぽっと頬を染めて俯いてしまった。
二人と別れて部屋を出て、すぐに玄関へ足を進める。すれ違う侯爵家の使用人さんに挨拶しながら外へ出ると、門のすぐ傍で待機している馬車に駆け寄った。
扉に手をかけた瞬間、馬車の表から微かに聞こえた声にはっとする。そっと表を覗き込んで目を見開いた。
「ダンテさん…!?」
御者のダンテさんが、何故か馬車に寄り掛かるようにぐったりと倒れている。慌てて駆け寄って体を揺らすと、すぐに「うぅ…」という唸り声と共にダンテさんが目を覚ました。
「ぅ…?はっ!フェリアル様!?さ、サミュエル様は…!!」
「ダンテさん、深呼吸。すーはーすーはー」
一旦落ち着こう、と肩をぽんぽんして宥める。僕も鼓動がどっくんどっくんしているから、自分のクールダウンの為にもとりあえず落ち着く時間がほしい。
起きるなりあわあわと混乱していたダンテさんがやがて落ち着きを取り戻す。困り切った様子で眉を下げる姿に「何があったの?」と問い掛けると、くわっと勢いよく答えが返ってきた。
「じ、実は…!邸の方が急に騒がしくなったんで、遠くから様子見ようと思ってこっから降りて…そしたらサミュエル様が戻ってきてっ…!突然襲われたんです!殺されるかと思いましたよ!!」
「……おそわれ…?」
「そうです!何かの報告にでも戻ってきたのかなって油断してたら、急に首をきゅっと!ほんとに死ぬかと!!」
自分の首を両手できゅっと締める真似をして、俳優さながらのリアルな表情を作るダンテさん。こんな時なのに『ダンテさんは演技派』という小さな情報を頭に刻んでしまった。
「……サムさんが…?ほんとに…?」
「疑ってるんですか!?ほんとなんですマジのマジなんです!!信じてくださいぃぃ!!」
「わ、わかったわかった。信じてるよ、だいじょぶ」
「フェリアル様ぁ!!」
キラキラした視線を向けてくるダンテさんには申し訳ないけれど、正直少しだけ疑っている。
あのサムさんが誰かを襲うなんて考えられないし、どちらを信じるかと単純に聞かれたら…それは答えられない。
ダンテさんは御者だし、まともに話したのだって正直今が初めてで…だから、頭では理解していても、心が疑心を隠せない。
「それで、サムさんはどこ?」
「わかんないです…」
「……うん?」
「分かんないんです…あの…フェリアル様と一緒じゃないんですか…?」
「……」
「……」
気まずそうに答えるダンテさん。
僕はダンテさんの表情をじーっと見つめて、申し訳なく思いながら小さく尋ねてしまった。
「……あの…ほんとに、嘘ついてない…?」
「ほんとなんです!!すっごい怪しい言い方だったなって自分でも思いましたけど!!マジなんです!!」
泣きそうな勢いで叫ぶダンテさんを見て流石に口を閉ざす。単純かもしれないけど、こんなに迫真の表情で信じてくれと連呼されれば疑心が掻き消えてしまう。
何となく、こんなに必死な様子に嘘は無いように思えた。
とりあえず疑う段階は後回しにして、サムさんに話を聞く方が先だと判断して立ち上がる。
サムさんは僕と一緒に馬車に乗って来たから、そう遠くには行っていないはずだ。案外その辺にいるかもしれないから少し探してみようかな、なんて思っていると、不意にダンテさんが馬車を見てぱちぱちと瞬いた。
「あれ?そういえば、カーテンってずっと閉めてましたっけ?」
「うん…?来たときは、閉めなかったよ…?」
前方の小窓と側面の窓。全てが閉め切られていることに気が付き、二人揃ってきょとんとはてなを浮かべる。
数秒無言が続き、やがてダンテさんと同時にさーっと顔を蒼白させた。
もしかして、と小さく呟いたダンテさんが馬車の扉に手を掛ける。目配せにこくこく頷くと、ダンテさんの背にきゅっと張り付いて前を覗き込んだ。覗き込んで、ダンテさんが扉を開ける寸前のところで思わず「まって…!」と声を上げる。
「どっ、どうしました!?」
「……あの…やっぱり、人をよんできてから、の方がいいと思う…」
「…。……奇遇ですね、俺も同じこと思ってました…」
直前で日和ってしまった僕達は、馬車の中を確認せずに人を呼んでくることに決めた。
「自分も連れてってくださいぃ!!」と懇願するダンテさんを何とか宥めてその場に残し、僕だけ邸に戻ることに。もしも本当に中にサムさんがいるなら、万が一途中で出て来た時にそれを監視しておく人が必要だから。
ダンテさんの証言通りなら、今のサムさんはいつもの穏やかさを失って凶暴になっている可能性がある。ただでさえ伝説の騎士と噂されるサムさんを抑えられる人物といえば…それはもう、一人しか思い浮かばない。
「おきたかな…」
今はぐっすり眠っているから、無理やり起こすことは出来ない。
なるべく早く起きてくれることを祈りながら、ハインツ兄様の寝室で眠るシモンの元へ走った。
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