余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓

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攻略対象file5:狡猾な魔塔主

130.魅了の解呪法

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「えーっと…つまり…叔父は今…?」

「たぶん、馬車のなか」

「わぁ……」


 シモンが眠っていた間のことを全て話し終える。
 シモンはぽかんとしたり眉を下げたりしてじっと聞いていたけれど、最後のサムさんの件に入るなり何とも言えない表情を浮かべた。確かに、自分の叔父がそんなことになっているなんて知ったら困惑もするか。

 今の話で僕が次に頼むことを既に察したのか、シモンは「じゃあ行きましょうか」とさらっと言って立ち上がる。ちなみに僕のことは抱き上げたままだ。
 ぱちぱちと瞬く僕を見下ろしたシモンが首を傾げる。


「叔父のところに行くんでしょう?」

「う、うん…でも…シモン、体は大丈夫なの…?」


 ぺたぺたと胸元に触れながら問うと、にこっとしたいつもの笑顔が返ってくる。


「何だそんなことですか。大丈夫ですよ。傷も無いですし、普通の寝起きと変わりませんから」

「そっか……はっ!それ、傷ないって…!どうして…?」


 普通に納得しかけて慌てて首を振った。そうじゃない、危うく一番気になっていたことを聞き忘れるところだった。
 血塗れで現れたのに、どうして傷が一切無かったのか。怪我を負ったわけではないのなら、どうして血塗れだったのか。気になっていたことを問うと、シモンは「あぁ、それは…」と切り出して苦笑した。


「話せば長くなるんです…帰ったら、俺の長話を聞いてくれますか?」

「…!うん…わかった」


 シモンの笑顔に何処か憂いが混じる。シモンがこういう笑い方をするのは、大抵何か大きなことに巻き込まれた後だ。
 その『長話』というのは、きっととても重要で大切なものなのだろう。そう判断して、今は頷くだけに留めた。


「そういえば、俺が起きるまで待つって言ってましたけど…時間どれくらい経ちました?結構経っちゃいましたよね」

「うん?ううん。全然経ってない。馬車から戻ってきたのも、ついさっき。来てすぐにシモンがおきた」

「……え、そうなんですか?」


 予想外、と言わんばかりに目を丸くするシモン。馬車に向かうべく進んでいた足も、心なしか速度が落ちたような気がする。

 シモンが眠っていたのは本当に少しの間だけだったから、その反応は僕も予想外で思わずぴたりと固まる。
 もしかすると、夢を見たから体感時間に引っ張られているのかもしれない。実際には十分しか経っていなかったとしても、夢の内容次第では体感時間が酷く長くなるから。


「こわい夢、とっても長かった?」

「怖い…夢?」

「こわい夢、見てたでしょ?うーって、魘されてた」


 うーっと酸っぱい顔をして真似すると、シモンはたちまち眦をふにゃあと緩めて頬や頭を撫で回してくる。
 瞳に柔らかい色を宿すと、やけに穏やかな声音で答えた。


「えぇ。とっても壮大で、心動かされる悪夢でした」





 * * *





「あける、あけるよ、シモン。あけるよ?」

「やっぱり怖いんでしょフェリアル様。俺が開けますよ」


 ぐぐぐ…と仰け反りながら馬車の扉に手を伸ばす。
 指先がこつんと当たっている程度で開けられる訳がないけれど、流石に病み上がりのシモンをこき使っている自覚はあるので、最初の作業くらいは僕が遂行しなければいけない。
 きゅっと目を瞑って「あけるよ」を連呼する僕に焦れたのか、シモンはくすくす笑いながら僕をひょいっと抱き上げた。


「僕…開けれるもん…」

「開けられますよね。もちろん分かってますよ。でも…今回は俺が開けたいんです、だめでしょうか?」

「うぅん…いいよ?特別ね」


 特別。シモンがどうしても開けたいって言うから、特別。
 決して怖いからどうぞという訳じゃなくて、どうしてもって言うから。お兄さんの僕は扉を開けるだけの流れに恐怖を抱いたりしないのだ。

 でもシモンがどうしてもと言うから。
 お兄さんの僕が特別に譲ってあげると、シモンは微笑ましいと言わんばかりの柔い笑みを浮かべて扉に手をかけた。何だか全て見透かされているみたいで擽ったい。


「開けますよ?いいですか?」

「う、うん…ぎゅって、ぎゅーするよ」

「ぎゅーしますよ?ずっとぎゅーしてます。ぎゅーしてるので、開けても大丈夫ですか?」

「うん。だいじょぶ」


 むぎゅっとシモンに張り付いて準備完了。これも別に怖がっているわけじゃなくて、いざとなった時にシモンを守れるように盾になっているだけだ。

 シモンがそーっと馬車の扉を開ける。むぎゅむぎゅ張り付きながら恐る恐る中を覗き込み、視界に映り込んだそれにシモンと同時に息を呑んだ。


「サムさん!!」


 壁に身を預け、頭を抱えて座り込む一人の男性。
 見慣れた茶髪のハーフアップは所々乱れていて、剣は鞘ごと身から遠ざけるように放られている。まるで武器に触れることを恐れているみたいに。

 微かに体を震わせていたサムさんが、僕の声にピクッと反応してゆっくりと顔を上げる。そこにあったのは何か大きな衝動を堪えるような、酷い顔色。
 思わず駆け寄ろうとしたシモンをサムさんの掠れた声が制止した。


「来るな!!下がれ…!」


 震えの混じった、けれど切羽詰まった声。
 あまりに切実な声音に足を止めたシモンが、がたがたと震えるサムさんをじっと見つめてハッと目を見開いた。


「魅了か…!」


 魅了、という言葉に僕もぐっと息を呑む。
 シモンは瞬く間に顔色を変えて、床に落ちていたサムさんの剣を拾い馬車から飛び降りるようにして退いた。扉を閉めようとした時、シモンの背後から突如伸びてきた手が閉じかけの扉をがしっと掴む。

 突然現れた彼はサムさんを見てローズマダーの瞳を細め、硬直する僕達の更に後ろを振り返った。


「トラード。聖者の呪いだ、まだ完全じゃない」

「そんじゃ、まだ間に合うな。いっちょ人助けして恩売っちまうか」


 ぽかんと口も目も開いて硬直する。
 気配も前触れも一切なく現れた二人…暗殺者のローズとトラード。二人のうちトラードがシモンに視線を移し、何処からか取り出したナイフの切っ先を向けた。


「何を…!」

「あ、待て誤解すんなよ?別に殺り合おーって訳じゃないから!」

「は…?ならそのナイフは何ですか」

「血だよ血!血が欲しいの!あんたの血でそこのオニーサンの魅了解けるから!」


 トラードに警戒の目を向けて後退るシモン。確かにトラードは口調や言葉に胡散臭い印象があるから、温厚なシモンが強い警戒を向けてしまうのも無理はない。
 血で魅了が解ける、なんて。一度も聞いたことのない情報だ。とてつもなく重大な情報であることは理解出来るけれど、如何せんトラードが情報元というだけで信憑性が薄くなる。

 シモンと揃ってじとーっとした視線を向けると、トラードは涙目でぷるぷる震えてくわっと叫んだ。


「何だよ!好意で助けてやろうとしてんのに!失礼じゃねぇか!?」

「おい黙れトラード…煩い、頭に響く」

「暴言吐くなよ傷付くだろうが!だったらお前が説明しろよバカ!!こいつら俺の話じゃ信用できないらしいから!!」

「馬鹿はお前だ。お前は笑顔も口調も語る言葉も、全部が一々胡散臭い。いつも言ってるだろうが」

「えっ…さ、流石にそこまで言わなくたって…」


 容赦のないローズのばっさりした言葉にしょんぼりするトラード。
 しゅんと縮まった体が何だか可哀そうだったから、ポケットに予備でいれていたレモン味の飴をそっと差し出してみた。


「うん…?なにこれ…」

「飴。おいしいの。元気でるよ」

「え…あ、ありがとう……え、ごめん…純粋な好意とか久しぶり過ぎて…」


「急に…涙が…」と目元を手で覆う姿に眉を下げる。
 うぅん…何をしても胡散臭く見えるって、ここまでくると何かしらの才能のような気がしてきた。


「あの、血で解呪が可能とはどういうことですか?」


 トラードが泣いていてもお構いなしに、シモンがおかしな空気を断ち切るようにしてピシャリと問い掛ける。
 本当にトラードの事情については心底どうでもいいのか、ものすごく真顔だ。どうして二人がここにいるのかとか、そういう疑問を聞くのは後回しにするらしい。

 へにゃ、と複雑そうに表情を崩したトラードが渋々といった様子で答えた。


「……理屈は分かんねーけどな。血縁者の血を飲むだけで、完全に刻まれる前の魅了なら簡単に解呪出来るんだよ」

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