余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓

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攻略対象file5:狡猾な魔塔主

133.好きじゃない(ローズside)

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「ほんっっっとうに、申し訳ございませんでした!!」


 緊急事態のため道端に停まった馬車。そこから更に道を逸れた場所で、トラードが仁王立ちのフェリアルに向かって深い土下座をしている。
 我が相棒ながら何とも情けない状況だが、今回はトラードの愚かが過ぎたのでフォローは一切しない。フェリアルに殴られて然るべき問題だ。


「……僕、ごめんなさいしてなんて、言ってない。ごめんなさい言う相手、僕じゃない」

「ですよね!!今すぐディランくんのとこ行ってきます!!」

「だめ、まって。ディラン兄さま、病み上がりだから無理させちゃう」

「はいですよね!!俺が行ったら逆効果ですね!!」


 ……何とも、情けない状況である。

 俺は暗殺しか能が無いから、トラードのように社交的な方法を使うことは出来ない。だからか、実質帝国の裏社会を支配しているのはトラードだ。俺は単独任務が常だが、トラードは多くの部下を従えているらしい。
 そういう実情を知っているからか、目の前の光景が余計にカオスに見えてしまう。

 常にのらりくらりと舐めた態度で人生を送り、ふざけた会話ばかりで胡散臭い笑顔を浮かべているトラード。
 そんなトラードが十歳の少年に屈服し、地面に顔を押し付ける勢いで土下座を繰り出しているこの状況。正直言って、実に愉快だ。


「兄様は、大切なひと。大切なひとを傷つけるひと、好きじゃない」

「っぐぅ!!」


 トラードは公爵家についてはともかく、フェリアルの趣味嗜好や性格については粗方調べつくしているだろう。
 だとすれば、フェリアルが滅多に人を嫌わないという情報も当然把握済みのはず。今の一撃は相当重かったに違いない。
 俺でさえ、この温厚な少年に『嫌い』などと言われたら硬直するだろうという確信がある。

 そもそも、この子の中に人を好かないという概念があったこと自体軽く衝撃だ。無いわけがないのに、フェリアルならもしやと勘繰ってしまうのは何故なのか。


「トラード、好きじゃない」

「がはッッ!!」


 絶対に嫌いだろうに、嫌いとは言わないところがフェリアルらしい。嫌われることに地雷でもあるのだろうか。

 痛みを知る者は他者に優しくなるとはよく言うが、実際その通りである事例は多い。やさぐれたり捻くれたりする者が殆どだとしても、大抵は身の内に隠れた良心を見失うことはない。
 そんな過去を持つ家族たちとやけに重なって見えたことに、自分でも有り得ないと首を振った。

 輝かしい人生を送っているであろう公爵家子息のフェリアル。この子供が痛みを知る機会など無に等しいはず。


「さっきのごめんなさいは、なに?どうして笑うの?なにか楽しい?なにが楽しい?」

「ひゃ、ひゃい…ごめんなさい…」

「……ごめんなさいの、相手」

「ディランくんです!!ごめんなさいの相手間違えてごめんなさい!!」


 ぐりぐりと地面に額を擦り付けるトラードが哀れの骨頂過ぎて見ていられない。あそこまで怯えるトラードも珍しいが、今回ばかりは確かに恐ろしいので無理はない。

 俺達は純粋な怒りや殺意を向けられることがあまり無い。向けられる者がいない、と言った方が正しいだろうか。
 人間は本能的に格上の存在に対して畏怖を抱くもので、俺たちはそれをよく理解している。向けられるものには勿論怒りや殺意が存在するが、それとは別に必ず恐怖という感情も含まれる。

 格上に出会ったことのない俺達は当然、純粋な殺意と怒りに慣れていない。


「で、でも!急所は外したし、ディランくんにも同意を得て…」

「いいよしか言えないときに言ったいいよは、いいよになるの?」

「ならないです……はい……」

「すごく痛いところを刺されなくても、痛いところを刺されたら、それはただの痛いだとおもう」

「おっしゃる通り……」


 子供ならではの…いや、フェリアルだけかは分からないが。
 ともかく、幼い子供特有の正論ラッシュが捻くれた駄目な大人には直球で刺さったらしい。トラードは見るからに沈んだ雰囲気を纏って項垂れた。


「……帰る」


 どんよりした鬱陶しいオーラを纏うトラードが面倒になったのだろうか。フェリアルは不意に小さく呟くと、トラードに背を向けて馬車に戻った。

 無言で扉を開ける侍従、恐る恐る様子を窺っていた御者と護衛、全員が物々しい雰囲気でまさに地獄だ。
 これは俺もトラードと共に姿を消すべきか、と最善の選択を考えていると、振り向いたフェリアルが真っ直ぐに俺を見て口を開いた。


「ローズ。ローズも、のって」

「…、……あぁ」


 俺はいいのか。いや、状況説明が済んでいないから嫌でも乗せなくてはならないの間違いか。

 トラードにすら高頻度で「お前はデリカシーが無い」と言われることを思い出し、なるべく何も言わないよう口を閉ざす。
 フェリアルの隣をすれ違った直後、ふと裾を控えめに引っ張られた。


「……どうした?」


 見下ろすと、プラチナブロンドの髪が艷めく旋毛が視界に映る。
 思わず撫でてしまいたくなる頭をしているな、とどうでもいいことを考えていると、風の音で掻き消えそうな声音が微かに耳に届いた。


「……ごめんなさい…」

「…?何故謝る」


 突然の謝罪の意味が理解出来ず首を傾げると、突如フェリアルが勢いよく顔を上げた。
 ぽろぽろと溢れる大粒の涙に硬直する間も無く、今度は強く抱きつかれて困惑が更に増す。

 訳も分からず取り敢えず小さな体を抱き締め返し、慣れない手付きで頭を撫でてみる。柔らかなそれを握り潰してしまいそうで少し恐ろしい。
 そんなどうでもいい事で怯えていると、フェリアルがふと驚愕の一言を発した。


「ローズの、大切なひとを傷つけた。ごめんなさい」


 凍てついた空気が溶けていく。

 侍従のシモンとやらは何故か鼻から血を垂らして、視界に焼け付けるように目を大きく開いてフェリアルを見つめていた。瞬きすらしていないのが少し恐怖だ。
 ついさっきまで怒りに支配されていたフェリアルが、今は人を傷付けてしまったと小動物の如く泣いている。
 普段なら理解不能と片付けてしまうだろうこの状況が、何故か今は酷く気になって仕方がなかった。


「大切な人とは、まさかトラードのことか?」

「……うん。僕は…トラード好きじゃない。でも、トラード傷つけた、から…ローズは、やな気持ちになった、とおもうから」


 つまり、こういうことか。
 大切な人間を傷付ける奴は嫌い。だが、それは自分以外の人間にも当てはまるのだということを、フェリアルは理解している。
 優しいフェリアルはその対象にトラードも含んでいて、兄の事とは別件でトラードに罪悪感を抱いている、と。

 珍しく他人に敵意を向けて怒ったかと思えば、今度はその怒りによってそいつを傷付けたことを反省するとは。

 ……何と言うべきか、この子は優しいにも程がある。


「安心しろ。トラードは大切な人ではないから、俺がお前を好きじゃなくなる理由はそもそも無い」

「え、ちょ、相棒??」


 喧しい声が聞こえてくるが無視だ。大切な人では無いので、わざわざ構ってやる必要も無い。


「いいか、好きじゃない相手には敬意など払わなくていい。世の中には慈悲を不要とする状況というものが存在するんだ」

「じひ…いらない…?」

「あぁそうだ。人はその状況を"自業自得"と呼ぶ」


 まさに今のトラードを指す。そう教えると、フェリアルはまたひとつ賢くなったと言わんばかりに瞳を輝かせた。



「何事にも例外は存在する。自業自得の愚か者は好きじゃなくなって当然だ。憐れみも慈悲も必要無い。馬鹿は死ななきゃ治らない」

「ちょ、待てよ、相棒???」



 めもめも…と謎の言葉を零して、フェリアルは「じごーじとくはれいがい」と眉を寄せて呟いた。

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