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攻略対象file5:狡猾な魔塔主
150.侍従と兄と皇太子(後半シモンside)
しおりを挟む『全ての人間があなたを嫌悪しても…神があなたを疎んでも…俺だけは、あなたを愛し続けます』
シモンの話を聞いてふと脳裏に過ぎった言葉。過ぎった表情。
最期を悟ったような儚い空気を纏って、切実な声音で。深夜の噴水に写る月を見つめていた僕の元に、見知らぬ彼は突如現れたのだと。不意に思い出した。
懺悔の色が滲んだ瞳がやけに印象に残って、それは死ぬまで忘れることはなかった。
そういえば彼は元気だろうかと、どこかで幸福に生きているだろうかと。死の直前にふと考えた記憶が蘇る。
あなたが自分の全てだと叫ぶ切実な姿が忘れられなかったから、彼は僕無しでも果たして幸せになれたのだろうかと心配で。
そう。そうだ。そうだった。
あれは夢でもゲームでもなくて、憑依でも何でもなくて。初めから僕は僕で、魂は一つしかなかった。
シモンとの出会いの記憶が、その話を聞き入るほどに鮮明に蘇る。それはゲームでも夢でも無かった記憶で、けれど確かに現実で起こったことだというのは漠然と分かるから。
彼が死の直前に現れた、最初で最後の味方だった。それまでは全てを受け入れるだけで、抵抗も反抗もしなかった僕に、最期くらいは抗おうという意思を与えてくれた人。
彼は脇役なんかじゃなかった。悪役でもなかった。それはきっと、僕も同じ。
望んでもいない役に選ばれて、それを無理やり演じさせられた人達が、きっと僕達以外にもいるのだろう。
ゲームじゃないなら、初めから決まっていた結末ではなかったのなら。ただ、たった一人の神の我儘だったと言うのなら。
──その運命には…果たして従う義務があるのだろうか。
* * *
俺の話を聞いた所為なのか、それとも小さな体で許容外の量の涙を流してしまった所為なのか。
ともかくあのあと泣き疲れて眠ってしまったフェリアル様は、案の定と言うべきか…発熱で寝込んでしまった。
慌てて転移で公爵邸に戻してもらったはいいが…今回ばかりは流石の公爵夫妻もかなりお怒りのようだった。
最近になってよく倒れるようになった我が子、そして世間的には未知で不気味といった印象が先行している魔塔と接触した今日の件。何か危険な事に手を出しているわけではなかろうかと激怒…いや、不安に駆られる公爵を宥める苦労は中々のものだった。
とは言え、お二人が抱える不安は実に尤もだ。
ただでさえ幼い頃は精神病を患っているのかと疑うほど感情が無かった我が子が突然変貌し、様々な交流をするようになり、それだけならまだしも頻繁に体を壊すようになったのだから。
フェリアル様の意思で力のことをお二人が知ることは今のところ無いが、正直何も知らない立場の人間が一番不安だろう。
「……まぁそれも…何も知らない立場なら仕方ない、という条件の下の話なんですが…」
思わず零れた溜め息をそのまま全て吐き出す。
真っ赤な顔で時折涙を滲ませ、苦しそうに呼吸しながら眠るフェリアル様。そんな大変な状況の主のベッドに群がる、三人の馬鹿…いや、過保護な保護者達に同情より呆れが勝ってしまう。
「またかよ!ったくこのチビは…!」
「黙れ愚弟。病人の前で騒々しくするな」
「まぁ二人とも。少し落ち着きましょう」
何度目のデジャヴなのか。
勉学、という学生には最も重要な任務を放り出して当然のように駆け付けた彼ら。弟想い、友人想いなのは結構だが、ここまで来ると流石に感動も半減するというものだ。
本業の勉強はきちんと進んでいるのかと問い質したい気持ちを抑え、笑顔で彼らの背後に回る。
「皆さん。フェリアル様は今が一番辛い状況なんです。多くの気配を近くに感じるだけで病状が悪化し兼ねません」
笑顔を無理やり深めてそう言うと、彼らは「なに!?」とでも言うような見開いた目で素直に引き下がった。己の心配よりもフェリアル様の状態を優先するところは好印象だ。
「そ、そんなにチビは弱いのか…?気配感じるだけで死ぬのか…?」
「馬鹿か愚弟。フェリは妖精だから弱々しくて当然だ。愛らしく神秘的なものというのは総じて壊れやすく弱々しいことが大抵だろう」
「一理ありますね。子兎が弱々しく、宝石が壊れやすいことと同じようなものでしょうか」
部屋の隅でしゃがみこんで輪になり、何やらコソコソと真剣に話し合う馬鹿トリオ…いや、過保護なお三方。
呆れるには呆れるが…一度目の彼らを思い出した今では、この状況に安堵を抱いて止まない。魅了に抗い、本当に愛する者を自覚している今なら、きっと彼らは大丈夫だろう。
なんて、微笑ましい気持ちを抱えていられたのは一瞬だった。
「あ、そうだ。なぁシモン、俺ら学園退学しようと思うんだけどよ。いいよな?」
「……は?」
そんな…一緒に飯食いに行こうぜ!みたいなテンションで突然言われても理解が追い付かない。
何故急にそんな判断を?まさか俺らという括りに皇太子殿下まで含まれているわけ…。それよりそもそも何故俺に報告する必要が?一秒の間に怒涛の情報と疑問が巡って脳がパンクしそうになった。
いけない、俺としたことが混乱を隠し切れなかった。
侍従たるもの…いや、ベテランお兄さんたるもの、いついかなる時もフェリアル様の憧れに相応しい冷静さを保たなければ。
「えぇ…っと…何故、突然そのようなことを…?」
「チビが心配だからに決まってんだろ。あと今の学園は逆に危険だからな」
「フェリを守る側の俺達が守られているのが現状だ。何より、俺達や殿下が聖者に陥落されるような事が万が一あれば面倒だろう」
「特に私ですね。私が聖者に堕ちれば、最悪国ごと乗っ取られかねないので」
「……」
実際に殿下を堕とされて帝国ごと魅了にかかった世界線を記憶している立場から考えれば、彼らの発言をあっさり切り捨てることは出来なかった。
確かに、彼らの判断は最善と言える。
殿下を守る為、フェリアル様の愛する家族を守る為。魅了の影響が現状帝国で最も広がっているのは学園だ。その学園に彼らを置いておくのはあまりに危険だろう。
とは言え…流石に帝国一の貴族であるエーデルス家の双子と国の皇太子、頂点の立場に立つ三人が同時に退学というのは体裁がかなり悪い。何が嫌かと問われれば、必然的にエーデルス家の令息で皇太子殿下の友人であるフェリアル様にまで悪評が及ぶ可能性に不安しか湧かない。
フェリアル様の『公爵家の天使』という噂を崩さない為にも、彼らには是非努力して頂いてほしいところだ。そもそも噂でも何でもない事実だし、公爵家には天使がいる、断言する。
そして何より、世間の目と評判が結末を大きく曲げるということは、前回を記憶している俺が一番よく分かっているから。
「…いや、評判が悪くなるので退学はやめた方がいいです。というかやめてください。あなたたち悪餓鬼…こほんっ、問題児トリオの悪評に俺のフェリアル様を巻き込まないでください」
「誰が悪餓鬼だ!!あとお前のチビじゃねぇよ!!」
「悪評など無い。不服だ。それに貴様のフェリじゃない勘違いするな」
「私以上に品行方正が似合う人間はいませんよ。というか君のフェリじゃないので口には気を付けてくださいね」
この悪餓鬼三人にどう説明してやるべきか…。とにかく退学だけは現状絶対に止めなければならない。フェリアル様がびっくりしすぎて腰を抜かしてしまったらどう責任を取るつもりなのか。
ただでさえ最近のフェリアル様は、神のいざこざに巻き込まれたり聖者に理不尽な憎悪を向けられたりと忙しないのだ。あまり騒がしい環境に放り込むのは…なんて考えが第一だが、愛する家族と共に過ごす時間が何よりの幸福なのではないかという迷いもある。
前世、フェリアル様は逃げるという選択肢を取らなかった。あの時無理やりにでもフェリアル様を連れて逃げていれば何かが変わったのだろうが、それではきっとフェリアル様は幸せにはなれなかっただろう。
フェリアル様にとっての幸せとは一体何なのか。改めて考えるまでもない。
「……はぁ。分かりましたよ。でも俺じゃなくてフェリアル様にもきちんと話してください。フェリアル様の意思が第一優先です」
「そう言うと思ったからお前に聞いたんだろうが」
「……は…?」
呆れ顔のガイゼル様に首を傾げる。だから俺に聞いた、というのは一体どういう意味なのか。
「まずお前が認めてくれねぇとチビも認めねぇんだよ。チビの奴、こういう話は絶対お前に頼るだろうが」
「悔しいが、フェリはお前を心底信頼しているらしいからな。お前が前向きな助言をフェリにするための前準備という訳だ」
「ほら、フェリのことですし。君が渋れば『シモンがだめっていってるから…』とか絶対言うでしょう」
「あぁ…そういう…」
やり方は小賢しいことこの上ないが、まぁフェリアル様が俺を心底信頼しているという発言は満更でもない。いつも失礼な悪餓鬼たちだと思っていたが、たまには良いことを言うじゃないか。
「……まぁ、俺は別にどうでもいいので。どっちでもいいって言いますよ。フェリアル様は意外と喜ぶんじゃないですか、知りませんけど」
「くっそ適当だなオイ」
ガミガミと答えに噛み付いてくるガイゼル様はいつも通り適当に流す。反対だと明言しないだけ優しいと気付いて頂きたいものだ。
そろそろ濡れタオルを変える頃合いだろうかと不意に思って振り返る。フェリアル様の額に乗せたタオルに手を当てると、案の定変え時の温かさになっていた。
三人の退学の件、フェリアル様にどう説明したものか…と考えていると、ふと背後から「そういえば…」という殿下の声が聞こえて軽く一瞥する。まだ何か衝撃発言があるのだろうか、出来ればそろそろ出て行ってほしいところなのだが。
「それどころじゃなくて聞き忘れてましたが…今回フェリが倒れた場所は魔塔ですよね。誰かの呪いを解呪でもしたのですか?」
「……」
ふと手が止まる。すぐに絞った濡れタオルをフェリアル様の額に乗せ、どうするべきかと迷いながら振り返った。
今回のこと…いや、前世のことまで全て。ちょうどいい機会だ、全て打ち明けてしまってはどうだろうかという大きな決断が迫る。
フェリアル様は眠る直前『おもいだした』と言っていた。きっとフェリアル様も前世の記憶を全て思い出したのだろう。それなら、今が好機なんじゃないか。
前世の敗因は簡単だ。ただでさえ相手は神だというのに、俺達は最大戦力すら用意出来ずにやられてしまった。
今回の勝機は彼らにある。正しく言うのなら、本来フェリアル様を愛するはずだった人達が、今世の鍵なのだ。リベラ様や魔塔がこちら側についている今、もしかしたら今世こそ。
……だが、勝っても負けてもフェリアル様に未来はない。
既に消滅しているはずの魂を無理やり維持しているのは聖者だ。それなら、結局マーテルを消せばフェリアル様も消える。それを果たして伝えて良いものだろうか。
「……少し長くなりますけど、それでも聞きますか。今日のこと」
「ったりめぇだろが。一から全部説明してもらうぜ、チビを泣かせた奴をぶっ飛ばしに行かなきゃなんねぇからな」
「最悪、魔塔ごと潰す」
「魔塔と皇族の交流は深いのですが…まぁ、フェリを泣かせたなら致し方ありませんね」
前世ではあれほど呆気なく魅了に堕ちたくせに、今世では随分頼もしいものだ。そんなことを考えて、あぁそうかと納得した。
彼らは前世とは違う。俺が違うように、彼らも変わった。もう以前のような悲劇は迎えない。その覚悟を現実にする為に、彼らの力は間違いなく必要になるだろう。
「そうですか。それじゃあ本当に、一から語らせて頂きますね」
フェリアル様はきっと怒るだろう。愛する人たちに重荷を背負わせた俺に怒って、けれどすぐに許すだろう。シモンも辛かっただろうからなんて甘いことを言って、容易く許してしまうだろう。
誰よりもそれを分かっているから、俺は全てを語ることに躊躇を抱かなかった。
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