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【聖者の薔薇園-プロローグ】
165.まいごのレオ
しおりを挟む「ごめんフェリアル…兄上、今日に限って庭園に行っているみたいで…」
手を合わせて謝罪を口にするアラン。それにふるふると首を横に振って、大丈夫だよと頷いた。
人との接触を避けている今のレオに僕が来ることを告げれば、もしかすると逃げられてしまうかもしれない。そう思ったアランは、僕の訪問をレオに伝えず内緒にしていたらしい。
けれどそんな今日に限って、レオが数日ぶりに引き籠りをやめて外に出た。アランも想定外だろうし、元はと言えばレオに手紙のひとつもなく来てしまった僕が原因。アランが気にすることは何もない。
ぽんぽん、とアランの肩を撫でて「ちょくせつ会いに行く」と告げた。
レオが外出した先が城の外ならともかく、庭園なら僕が直接行けば普通に会えるから。
「本当にごめんね…フェリアルにこんな役押し付けて…」
「いいの。僕もレオ心配。お悩みあるなら、助けたい」
まかせて、とグーサインすると返ってくるほっとしたような微笑み。
ありがとうの言葉にこくこく頷き、レオに会いに行くべく庭園へ向かった。
* * *
「あわ…あわわ…」
緊急事態が発生してしまった。
僕は今、皇宮の庭園で迷子…いや、回り道をしているところである。
蝶々さんをおっかけ、猫をおっかけ、犬をおっかけ。そうしてレオはどこかなーと歩き回った末。
庭師や使用人をひとりも見かけないくらい奥の隅へと来てしまったらしく、周囲には一切人の気配がしなくなってしまった。これでは道を聞こうにも人に話しかけることさえ出来ない。
「どうしよ…レオまいご…」
レオが迷子になってしまったんだ。だから僕はこれだけ歩き回っても一向にレオに会えないんだ。
考えれば考えれるほどレオが心配になってきて、半ば泣きそうになりながらしょんぼりと足を進める。ただその場に留まっているだけでは、僕はお兄さんとしての役割も果たせないから。
ベテランお兄さんは迷子を探し出してこそ辿り着けるものだ。かなしいかなしいとしくしくしながら待っているであろうレオのために、僕は一生懸命レオを探す旅にでるのである。
「レオ。まってて…!」
お兄さんの僕がしっかりと見つけ出して辿り着いてみせる。そうしたらレオは、僕のことをベテランお兄さんとしてしっかり認めてくれるはず。
そうしたら僕はレオにこう言うのだ。『ふふん。おにいさんの僕になんでも相談してみたまえ』と。そうすれば、レオの大人な悩みだって僕がクールに聞いてクールに解決してあげられる。
レオのお悩み解決へ乗り出すべく、ここは手早く探して本題に入らなければ。
と、そうなると問題は…。
「ふむ。レオどこ?」
きょろきょろ。辺りを見渡してみても応えは返ってこない。
肝心のレオの現在地が分からないことにはどうにも出来ないけれど、現状そうも言っていられない。
心細くて泣いているであろうレオの為、僕は少しくらい無理をしてでもレオを見つけ出さなければ。べつに、僕が心細いからレオを探そうとしているとかそんなことはないよ。
鮮やかな新緑の垣根が子供の僕には高すぎて、周りを見渡して人影がないか確認する、という手段を取ることが出来ない。
だから僕は精一杯ぴょんぴょん跳ねて、垣根にところどころ空いている小さな穴を覗きながら進んだ。
「ふんふん。ふふん。ふふふん、ふん」
ひとりぼっちの寂しさを紛らわせるように鼻歌を歌う。小さい頃にはお父様やお母様が、今ではシモンが就寝前に歌ってくれる子守唄だ。
歌は苦手なので音程はばらばらだけれど、声を発しているだけで心細さは紛らわせるから結果おーらいだ。
シモンが居てくれればすぐにでもレオの場所を探し当ててくれたのだろうけれど、あいにく皇宮の庭園は出入り許可が下りた人しか入れない。
本来は皇族だけが出入りできる場所を、アランの許可で特別に許されている状況。流石にわがままで侍従まで連れていくことは出来なかった。
「まいごのまいごのレオ、どこどこー。あ、蟻さんだ」
迷子のレオはどこじゃろかーと歩いていると、ふと行く手を遮る小さな虫たちの群れと鉢合わせて立ち止まった。
虫は苦手だけれど、蟻の行列はみていて興味深いから思わずじっと見つめてしまう。やっぱり好きにはなれないけれど、嫌いでもない。
「蟻さんがんばれ。がんばれ」
ふれーふれーとエールを送って列を見送り、残りはそーっと跨いで先を進む。
よいしょよいしょと小走りに進むと、やがて何だか開けた場所にでた。
「噴水…!」
だばばーっと勢いよく流れる水。絢爛な作りの大きな噴水。はわーっと思って見蕩れていると、ふと水の向こうに人影が見えてハッとした。
水の壁の向こうにぼんやり見える動く何か。間違いない。この噴水の向こうに、僕以外の誰かがいる。
そろりそろりと慎重に回り込み、その正体に気がついた途端ぱあぁっと瞳を輝かせた。
なんと運の良いことに、その人影の正体はたった今捜索中のレオだったのだ。
なぜかしょんぼりと項垂れていて、護衛のギデオンと何やら話をしている最中のようだった。
「レオ!」
思わずふにゃふにゃ頬を緩めながら声をかける。
レオはそんな僕の呼び掛けにぎょっとした様子で顔を上げると、ぴたりと硬直した末にバッ!と勢いよく立ち上がった。
来てくれるのかなとぱちぱちしていると、レオは瞳を大きく揺らして、かと思うと顔を真っ赤にして踵を返す。そのままたったったと走り去っていく背中を見てぽかーんと目を丸くした。
「……」
「……?」
無表情でその背中を見送るギデオンと、ぽかん顔の僕。
やがてはっと我に返り、慌ててとたとたとレオを追いかけた。
「レオ…!まって…!」
どうして逃げられたのだろうと混乱しながらも、とにかくとたとたと足を動かす。
けれど当然ながらレオの走る速度には敵わなくて、早々にはぁはぁと息切れしてきた。
どうして逃げるのだろう。僕が嫌いなのかな、顔も会わせたくないのかな。そんな考えが湧き上がって、視界をうるうる滲ませながらも必死に走る。
どんどん小さくなっていくレオの背中。悲しみに耐えきれず涙がぽろぽろ零れ始めた、次の瞬間。
「わっ!」
小石に躓き、ぺしゃーっと地面に倒れ込んだ。
「…ぁ…うぅ…っ」
いつもなら。いつもなら、ちょっと転んだくらいで泣くことなんてない。僕はもうしっかりしたお兄さんなのだから、転んでも泣かないで立ち上がる。
でも今回はだめだった。レオに避けられるという衝撃の展開の後、突然のぺしゃーっ。悲しい気持ちをしっかり抑えるには、レオに避けられた件がショックすぎた。
ぽろぽろ。ぽろぽろ。
大粒の涙を流しながらゆっくりと起き上がる。足に力が入らなくて、ぺたりと地面に座り込んだまま目を擦った。
泣いちゃだめ。僕はもうお兄さん。転んだくらいで泣いちゃだめ。いつもは泣かないのだから、今も泣いちゃだめ。
ぐすぐすと必死に嗚咽を堪えていると、不意に酷い焦燥が窺える大きな足音が近付いてきた。
「フェリ!!」
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