余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓

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【聖者の薔薇園-プロローグ】

175.許されたくない

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「レオ。どこまで、いくの?」

「直ぐそこまで。誰かに聞かれては面倒な噂が立ちますから」

「……?」


 パパと別れたのがついさっきのこと。「マーテルに関しての詳しい話は正式な場で話しましょう」と皇太子モードのレオが言うと、パパは少し面倒くさそうにしながらも渋々頷いていた。

 その後は何だか忙しなくて、レオは僕を抱いたまま、何故かこうして庭園の奥まで進み始めた。話があるとは言っていたけれど、誰にも聞かれないようにと警戒するほど重要な話だったとは。
 何処となくレオも緊張しているような気がするから、マーテルや聖者絡みの話題かなと推測。それにしたってこんなに緊張する程だろうかという疑問もあるけれど、結局は聞いてみないことには何も分からない。

 すんとお口チャックしてゆらゆら抱っこされていると、やがて枯れた小さな噴水の場所に辿り着いたレオが足を止めた。
 景観を拘っているわけでもなさそうな、もう使われていないのかもと予想できる静寂の空間。レオは僕をそっと下ろすと、無言で地面に膝をついた。


「レオ…?お膝、よごれちゃうよ…?」


 誰が見ても上物と一目で分かる服。綺麗な服に土やら何やらがつく様を見て、なぜか僕の方がそわそわ慌ててしまった。

 それをレオが「大丈夫ですよ」と安心感を誘う笑顔で抑えてくるものだから、すぐに焦燥は消えてそっかと頷く。レオがいいならいいのだ。
 少し冷静になり、そういえばと不意に思い出す。今の今まですっかり忘れていたけれど、ギデオンは大丈夫だろうか。風で死亡してから一度も姿を見ていない。

 パパの話の間はかなり時間があったと思うけれど、その間も戻ってくる気配がなかったし…やっぱり本当に死亡しているのでは?と突然不安になって、あわあわしながら思わず口にしてしまった。そういう状況ではないと空気が語っていることには気付かずに。


「レオ!ギデオンだいじょぶ、かな…?ぶわわー、痛かったのかも…」

「……。…えぇ。ギデオンのことですし、きっとこれ幸いとばかりに医務室でサボっているかと」

「は…!……た、たしかに…」


 ギデオンのことだから、で全て納得してしまった。そうだ、あのメンタル最強で図太い精神のギデオンのことだから、倒れたのをいいことに医務室へ直行することも全然有り得そうだ。
 それならそれでよかった、とほっとしてふにゃりと頬を緩めた。


「よかった。ギデオン、ぶじ…」

「フェリ」

「…うん?」


 無事でよかった。そう紡ごうとした言葉は、レオの強い呼びかけによってバッサリ遮られた。
 ぱちぱちする僕にレオが笑顔を向けるけれど、その笑みはどこか硬い色を宿しているような気がして眉を下げた。なんだか…レオの様子が少しおかしい。

 困惑を浮かべてそわそわする僕の手をぎゅっと両手で包んだレオは、にこりと笑って声を上げた。


「今から話す事は、かなりデリケートな内容なのです。今は…他の男の名前をフェリの口から紡いで欲しくありません。理解してくれますか?」

「う…うん…?」

「私の精神安定の為にも、お願いしますね」

「む…!うむ、わかった」


 精神安定。その言葉にぴしっと反応してこくりと頷いた。
 どういう理由なのかはよく分からないけれど、今のお願いを拒否することでレオが不安定になってしまうなら、それはいけないことだ。このお話の最中はレオ以外の男の人の名前を出さないようにしないと。

 むぐっと口をばってんして頷くと、レオはいいこいいことばかりに頭を撫でてくれた。
 事前にお願いをするほど大切な話。一体どんな内容なのかとそわそわする僕に、レオが「初めに…」と前置いて語った内容に、僕は今日レオに会いに来た本題を思い出した。


「まずは、フェリを避けていた理由についてきちんと説明しなければいけませんね」

「……!」


 そうだ。僕もその話をしにきたのだと不意に。
 本題を忘れていたなんてことを口に出来るはずもなく、僕もその話をするつもりだったよと神妙な顔をして頷いてみた。わわわ、わすれてなんかいないんだよ。


「実は…前世の話を聞いてから、思うことがあって…最近、よく妙な夢を…聞いた前世の内容と被る夢を、見るようになったのです」

「……ゆめ?」


 そわそわをぴたっと止める。
 前世の話と言うのは、シモンから聞いた前回の自分の姿のことだろう。レオは完全に聖者側についていたから、確かに今のレオに思うところがあってもおかしくない。

 夢、というのは…僕が昔見ていたような前世の記憶のことだろうか。
 シモンから聞いた話がきっかけとなって、レオも断片的に記憶を取り戻してきているのかもしれない。


「私が…私が、フェリに酷い言葉を浴びせる夢や…フェリを、非道な手口で陥れるような夢まで…夢とは思えないほど生々しいのです。目が覚めた直後には、現実と夢の境目が分からなくなるくらい…」

「……」

「あれは…本当に現実なのでしょうか?私は本当に、あんな惨い真似をしたのでしょうか…」


 僕に問い掛けるというよりは、自問自答のような声音だった。まるで答えを求めていないかのような。それは、レオが既に答えを知っている何よりの証拠だ。
 夢が夢でないことを、レオは既に知っている。

 僕の手をぎゅっと包み込むレオの手。いつもは大きくて温かいその手は、今は氷みたいに冷え切って震えていた。
 ぎゅっとされていた手をやんわりと抜き取って、今度は僕がレオの震える手をぎゅっと両手で包み込む。こうすれば、凍えるような冷たさも少しはぽかぽかになるだろう。

 やがて震えが収まり、蒼白だった表情にも冷静な色が戻る。レオは包み込まれた手を見下ろし、力無く呟いた。


「……フェリに、合わせる顔がなかったのです。あんな記憶を思い出してしまえば、のうのうとフェリに関わることすら図々しく思えてしまって…」


 レオが避けていた理由。そういうことかとようやく合点がいった。
 真面目で優しいレオだから、前世のことを聞いたら酷く心を痛めるだろうと予想は出来ていたはずなのに。なんのフォローも出来なかったのだから、僕の方が合わせる顔なんてない。

 どれほど苦しかっただろう。自分が自分じゃないみたいな、悲劇の人生を現実のものとして語られて、それを受け入れるようにと夢が追い打ちをかけるように強制して。
 夢から覚めて、ひとり涙を流すレオの姿が容易に想像できる。レオは繊細な人だから、積もり積もった激情を抑えるだけでも精一杯だったはず。だから、それが爆発しないようにと引き籠っていた理由も、ようやく全てを理解できた。


「レオ」


 手を離す。いつもよりも小さく見えるレオの背中にぎゅっと腕を回して、よしよしと頭を撫でてみた。
 レオはされるがままで、抱き締め返すことはなくすりすりと頬擦りしてくるだけ。むぎゅっと抱き締めたまま小さく答えた。


「レオ。僕、レオすき。だいすき。嫌いじゃない。レオに会えないの、つらい」


 微かに啜り泣くような音が腕の中から聞こえてくる。ぎゅっとしていた拘束をやんわり外され、レオが俯いていた顔をゆっくりと上げた。
 そこにあるのは涙で少し滲んだ瞳と、穏やかなくらい凪いだ微笑み。


「…えぇ。分かっていましたよ。フェリはきっと私を恨まないだろうって。わかっていたから、余計に…恨まれていないからいつも通りで、なんてことは…自分自身が受け入れられなかったので」


 ふと思い至る。恨まないということも、時に相手を傷付ける刃物のような判断になってしまうのかもしれない。それは時に、恨むこともよりも残酷なものなんじゃ…。


「フェリ。私はフェリに…許されたくなかった」


 許されたいのではない。
 純粋に恨まれる方が心は安寧を保ったままだったと、レオが語る言葉に息を呑んだ。

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