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【聖者の薔薇園-プロローグ】
177.好きの意味
しおりを挟む「けっこん…?」
「えぇ。結婚しましょう」
頭の中がはてなでいっぱいだ。
すっきりしたようなレオの顔。ぎゅっとした拘束にハッとして離れようとしたけれど、がっちり抱え込まれていて抜け出せる気配がなかった。
はわわ…と青褪める僕を満面の笑みで見下ろし、レオがにっこりと口を開く。
「どうしました?ずっと傍に居てくれるのでしょう?」
「あわ…それは…お友だちだから、その…」
「友達なら物理的に無理でしょう。結婚すれば、ずっと一緒ですよ」
「あわわ…」
どうしたものかと目をぐるぐる回す。これは予想外…というか、理解の相違があったようだ。
てっきりレオの『ずっと一緒』は、これからも仲良しでいようねーという意味だとばかり思っていた。まさか物理的な意味を含んでいたなんて。
確かに結婚すれば、一緒に住むからずっと一緒だ。レオの言い分は確かに筋が通っているし、尤もだと思う。でも、結婚というのは好きな人とするもので…って。
あれ…?もしかして、レオは僕のことがすき…?いや、違うかな。ただ僕とずっと一緒にいたいだけで…あれ、でもそれは結局、好きということになるんじゃ…?
む…好きってなんだっけ。結婚はどんな人とするものだっけ。結婚は好きな人とするもので…僕はレオが好きで、レオも僕が好き。レオはずっと一緒がいいから、僕と結婚したい。
それじゃあいいのかな…って、いいわけない…!
「あわ、あわわ…」
「おっと。混乱してしまいましたか」
情報の処理が追い付かない。つまり、簡単にまとめるとどういうこと…?
考えすぎて知恵熱みたいな熱さが全身を巡り、頭のてっぺんからぷしゅーと湯気が出そうになった時。不意にレオがひょいっと僕を抱っこして立ち上がった。
「む…」
「ごめんなさい。一気に伝え過ぎてしまいましたね」
ぽんぽんと背中を撫でられて少し落ち着きを取り戻す。
ぽわわっと熱くなった頬を隠すように、レオの肩に顔を埋めてもごもご問い掛けた。
「レオ…僕のこと、好き?その、すきは…その…」
どういう聞き方が正しいのだろう。僕もレオが好きだけれど、その好きじゃなくて、違う方の好きを聞きたいけれど…あわわ、またこんがらがってきた。
うりうりと擦り寄りながら悩んでいると、ふと頭上からクスクスというような笑い声が聞こえてきた。そろりと視線だけ上げると、レオの愉しそうな笑みが見えて目を瞬く。
不意に唇に親指をふにっと当てられ、きょとんと目を丸くした直後。レオがぽつりと囁いた言葉にぴしっと固まった。
「好きですよ。ここにキスしたい方の好き、ですけれど」
ぷるぷる震える僕をぎゅっとして、レオは突然ぐっと距離を近付けてきた。
まるで言い聞かせるみたいな、ゆっくりと諭すような柔い声音が鼓膜に響く。
「ずっと一緒を受け入れたら、結婚はもちろんのこと、キスもしますし、ぎゅーも今より深くて生々しいものになります。夜は一緒のベッドで眠りますし、湯浴みも一緒です。もちろん、お互い服なんて邪魔なものは剥いだ上で」
「っ……」
「それでも、ずっと一緒を受け入れますか?」
ぶんぶんっと首を横に振ったところまでは覚えている。
ぼぼっと火山の噴火みたいに顔を真っ赤にして、首を振ったのを最後にこてんっと意識を失ってしまった。
* * *
「はっ…!」
ぱちっと目を覚ます。
ぴしりと固まったまま状況を確認し、思わずほっと息を吐いた。視界に映る範囲には誰も…そう、レオもいない。よかった、どうやらレオのぷろぽーす的なあれは夢だったようだ。
よかったよかった、あんしんあんしん。なんてぽそぽそ呟きながら起き上がろうとした時、ふと違和感に気が付いた。
「む…?」
どうして起き上がれないのだろう。というか、体に何かが巻き付いているような…。
「何が良かったのですか?」
「ぴゃっ!!」
びっくりしすぎておかしな声が飛び出てしまった。
驚愕が収まらずがくがくしながら体を見下ろして気付く。お腹に二本の腕ががっしり回ってぎゅぎゅっとされている。もぞもぞ抵抗しても外れる気配がない。
そして何より、背後から耳元で囁かれた今日一日で聞き慣れた声。ぎぎぎ…とロボットみたいにかくついた動きで振り返ると、至近距離に綺麗な顔が映ってぎょっとした。
翠色の瞳が甘く、けれど何処か妖しげに弧を描く。
ぴしりと硬直していた体をはっと解いて、もこもこ毛布をぶわっと蹴とばすように剥いで起き上がった。さっきまで石みたいに動かなかった拘束が、普通にするっと解けたのは少しムッとなったけれど。
「け、けっこんしてない!一緒にねるの、めっ!」
おしりで後退りながら声を上げる。
レオは乱れた髪を直しながら起き上がり、余裕気な態度を崩さずにこりと笑顔を浮かべた。
「友達だって一緒に昼寝くらいしますよ。結婚する仲なら全裸になります。脱いでいないのでセーフです」
「ぴゃっ…けっこんしたら、ぬぎぬぎして寝るの…?」
「えぇもちろん。毎日ぬぎぬぎして、一緒に運動してから眠りますよ」
な、なんてストイックなのだろう。結婚したら毎日寝る前に運動をするのか…。
つい数秒前まであった恥じらいよりも驚きが勝って、結婚するって大変なんだなぁ…なんてしみじみ思ってしまった。僕は体力が少ない方だと思うから、相手に迷惑をかけてしまいそうだ。
もしも誰かと結婚したら、僕はちゃんと毎日運動できるかな。すぐに疲れ切って相手に迷惑をかけてしまいそうだ。
やっぱり結婚はこわい…なんてしょんぼりしながら、ふと周囲を見渡してはてと首を傾げた。一緒のベッドで何故かレオと眠っている状況に気を取られてしまっていたけれど、そういえばここはどこなのだろう。
というか、どうして僕はレオと一緒にぐーすかしていたのだろう。
「む…ここどこ…?」
「うん?私の寝室ですよ。フェリが気を失ってしまったので、折角だから連れ込もうかなと」
「うむ……?」
折角だからの理由がいまいち理解出来ずに困惑してしまった。どうして僕が気を失ったから一緒に寝よう、という発想になるのだろう。
「それに、現状どの程度の時間なら理性を保てるのか把握しておきたくて。限界が来そうになったら直ぐに離れるつもりでしたから、そこは安心してくださいね」
「ふむ……」
何を安心すれば良いのだろう…なんだかレオがおかしい。今日会いに来た時は僕を避けていたのに、今はいつも以上にくっつこうとしてくる。やっぱり情緒が不安定なのかな…。
大丈夫かな。お熱でもあるのかなと不安になって、後退りをやめてもぞもぞと近付く。大丈夫…?と小さく問い掛けながら顔を覗き込むと、そこには爽やかなにっこり笑顔があった。
途端に嫌な予感を覚えて仰け反ろうとした時、光の速さで伸びてきたレオの腕に「捕まえた」とがしっと拘束されてしまう。むぐむぐ言いながら抵抗するけれど、さっきと違いまったく拘束が緩む気配がない。
「むぐぅ……」
「ふふ、ほんとチョロくて可愛らしいですね。自分から獣の懐に入っちゃうお馬鹿さんなフェリが大好きです」
「むっ…」
いま、僕にお馬鹿さんと言った…?
賢いお兄さんな僕にお馬鹿さんと言うなんて、ひどいひどいとぷくーする。膨らんだ頬の威嚇もレオには効かなかったようで、ふくふくぷにぷにと摘ままれるだけだった。むねん…。
「残念ですが、そろそろ時間切れですね。このまま囲いたいのは山々ですが」
「じかん、ぎれ…?」
ふにゅっとほっぺを伸ばしながらレオが不意に呟く。
時間切れって何のことだろう。まだ遅い時間じゃないのに…と窓を見てぴたっと固まった。気のせいだろうか、空がオレンジ色に暗く染まってきている。
そして遠くから近づいてくるドタドタという足音。レオはのんびりむぎゅむぎゅしているけれど、明らかにこちらに近づいてくる足音のことを気にしなくても良いのだろうか。
案の定この部屋に近づいてくる足音の主は、廊下にいるレオの護衛騎士だろうか、男性たちの制止の声を振り払ってバーン!と勢いよく扉を開いた。蹴破った、と言った方が正しいかもしれない。
黒いペリースを翻して突入してきたのは、額にぴきっと青筋を浮かべたパパだった。
「おい変態皇太子!!うちの嫁に何してやがんだ!!」
「おや伯父上。まだお帰りになっていなかったのですね」
「てめぇなんだこの状況は!事後か!?殺すぞ!!」
「既成事実を作るくらいとかどうのこうの言っていたくせに…」
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