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【聖者の薔薇園-プロローグ】
185.不穏と平穏(後半???side)
しおりを挟む「さて、あとは焼くだけですね」
林檎をぽんぽんつめて形を作り終えると、シモンがそれをひょいっと持ってオーブンの場所へ向かった。それを慌ててとたとた追いかけ、服の裾をちょんと摘まんで引き留める。
きょとんと振り返ったシモンは、眉が垂れ下がった僕の表情を見るなりハッとしたように動きを止めた。
「そうでした!やきやきはフェリアル様のお仕事でしたねっ」
あわあわと台の上にパイを置き、シモンが僕の両脇を掴んで軽々と持ち上げる。パイを持ってふんすと頷くと、気を取り直してシモンがオーブンの前に立った。
うにくんを足元の影からうにょうにょ出してオーブンの蓋を開け、僕がその中にパイをそーっと入れてぽすっと置く。できたできた、わーいわーいと万歳すると、背後から「凄いです!天才です!」と絶賛の声が届いてふふんとどやってみた。
あとはシモンがひょいひょいっとオーブンをいじってやきやきが始まる。持ち上げられたままオーブンの前できらきら瞳を輝かせ、わくわくその時を待った。
「シモン。あとなんびょう?」
「そうですねぇ。十五分くらいですかね?」
「む…」
「その間に少し休憩しましょうか。ミルクをいれますよ」
「うむ。ミルクのむ」
ちょうど喉が渇いてきたところだ。ふむふむと頷くと床に下ろされ、近くの椅子にとこんと座る。
シモンはどこからか綺麗なティーセットを取り出して優雅にミルクをいれると、それをコトッと置いて何やら厨房の入り口に向かった。
どうしたのだろう。なにか忘れ物かなとぱちくりしながら見ていると、すたすたシモンが出て行った直後に「気付いてたのかよ!」と聞き慣れた声が聞こえてぎょっとした。
シモンに半ば引き摺られるようにして入って来たのは、気まずそうに顔を顰めたガイゼル兄様とディラン兄様。思わずかたっと立ち上がって駆け寄ると、二人は顰め顔をしゅんと崩した。
「にいさま。どうしてここに…?」
お腹空いたのかな、と時計を見る。そこであれ?と首を傾げた。兄様達は今日、学園に戻るはずじゃあ…。
そんな疑問を表情から感じ取ったのか、更にぐっと言葉を詰まらせた二人が渋々といった様子でごにょごにょ語り始めた。
「お、俺ら…なんかしちまったか…?」
「気が付かない内に、フェリを不快にさせていたかもしれない」
「謝ろうと思ってよ…そしたらなんか作ってっし…」
「手作りで凝った菓子を作り始めるのは想い人が出来た証拠と『必見!乙女男子のホンネ100』に書かれていた。何処のどいつだ殺す」
しょんぼり謝罪の言葉を紡ぐ兄様達をあんぐりと見つめる。ディラン兄様だけ後半なんだかおかしかったけれど…たぶん気のせいだろう。
しょぼぼんする二人を見るのは僕も悲しいから、あわあわ両手をぶんぶんして首を振る。
まさか僕が兄様達を嫌いになったと思われていたなんて。僕が大好きな二人を嫌いになるわけないのに。いつもと違う挙動不審な動きをしたせいで、こうして二人を悩ませてしまっていた自分をぽかぽか叩いてあげたい気分。
「兄さま悪くない!僕…ぎゅーだめだから、兄さま傷つけた…ごめんなさい」
「待て。どうしてぎゅーが駄目なんだ」
予想外に食いついたディラン兄様にきょとんと首を傾げる。何かおかしなことを言ってしまっただろうか。そう思いちらりと見渡して、ガイゼル兄様もシモンもみんな訝しげに眉を顰めていることに気付きぱちくりする。
やっぱり、僕は何かいけないことを言ってしまったみたいだ。
少し恥ずかしいけれど、聞かれてしまったなら答えるしかない。もじもじと両手の指を動かしながら、ぽぽっと頬を染めて小さく答えた。
「あんまり人に、むぼーびにぎゅーしちゃ、めっ。危機感を、もたなきゃ、めなの」
「……」
「……」
沈黙が流れる。やっぱりおかしいのかな。恥ずかしいな…。そんなことを思いながら真っ赤な顔を思い切って上げて目を見開いた。
ディラン兄様は無表情を崩してぽかんと固まり、ガイゼル兄様は何やら戦慄したような面持ちで震えている。シモンはと言えば、感動と一抹の寂しさを含んだ表情で涙を浮かべていた。
三人が各々「成長だ」「チビが成長した…」「う、うぅ…ぐっ…うえぇ…っ」といった言葉をぼそぼそ呟く。シモンに関してはただの嗚咽だけれど。どうしたのだろう。何が悲しかったのだろう。
「そうか…フェリももう、そんな年頃か…」
「俺ら…老けたんだな…」
「改めて考えると、今年で18だからな…」
「正式に侍従に任命されたのが13…今は20を超えて…時間とはなんて残酷なんでしょう…」
何やら世界の全てを悟ったかのような顔をする三人。まるで菩薩のような穏やかなオーラを纏っている。けれどどこか寂しげな感じがするのはなぜなのだろう。
三人の虚無な空気に介入することが出来ずあわあわすることしか出来ずにいると、やがてオーブンがちーんと鳴ってハッとした。
三人はまだどよーんとしていたけれど、勇気を出して「あっぷるぱい、いっしょに食べる…?」と恐る恐る聞いてみると徐々に復活。
ちなみに、残念ながら冷たいみるくは少し温くなってしまっていた。がっくし…。
* * *
「……対象は外出時、常に侍従一人のみを連れているようですね」
「護衛を一切置いていない辺り、流石平和ボケした貴族のお坊ちゃまだな」
まぁ、こっちはやりやすくて助かるが。
情報屋から送られた資料を軽く流し読んで机に放る。これほど簡単な任務だと言うのに、なぜ報酬金が相場の数十倍を優に超えているのか。
恐らく後の不安を考えての事だろう。
どれだけ簡単な任務でも、一応対象はエーデルス公爵家の末っ子。有名なエーデルス家の双子が過保護に溺愛するガキだ、全てが終わった後の追跡はそう簡単には収まらないはず。
だが最悪、隣国にでも逃げ切ってしまえばこっちのもの。任務さえ達成してしまえばそれで良い。
「しかし主様…どうも報酬が高額過ぎる気が否めません…この一人割り当てられた侍従、実は相当な手練れなのでは…」
「あぁ?ビビんなよ、人数じゃこっちが圧倒的に有利だ。それに実行するときは侍従を対象から引き離す。過剰な杞憂なんざ必要ねぇ」
「……そうですね…申し訳ありません」
不安を滲ませた表情が鬱陶しい。こいつはいつもいつも心配性が過ぎるのだ。だからいつまで経っても上に行けねぇ。陰鬱な空気背負いやがって、こっちにまで不安が移ったらどうする。
「……依頼主は何を考えているのでしょう…こんな…まだ幼い少年に勝手に恋情を抱いた挙句、無理やり手籠めにしようとするなど…うっぷ…子供を対象にした強姦が一番胸糞悪いです…吐きます…」
「吐くな汚ねぇ。ったくお前そのクソ真面目をいい加減どうにかしろ。こっち側に向いてねぇぞ」
「こちら側と言えど…流石にここまで落ちぶれるとただの下種です…人間の屑です…」
「お前意外と口悪いよな」
とか言いながら、ちゃっかり任務を遂行する辺りコイツも相当なクズだが。
内ポケットに常備している袋を取り出し盛大に吐いている部下を横目に、資料を再び手に取り溜め息を吐いた。
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