余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓

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【聖者の薔薇園-プロローグ】

191.ほーむらん

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「うーむ…」


 扉の前でうろうろ。格子がついているのでそこから覗いてみたけれど、見えるのは壁だけで、他は視角が狭くて確認することが出来なかった。
 けれど分かったことも少しある。ここはどうやら地下牢ではなく、かなり高い位置にある部屋だということ。石造りの室内にある唯一の窓からふと見えた列をなした鳥の群は、いつも見上げるよりも明らかに近く見えたから。

 扉がだめなら格子窓によじ登ってなんとか脱出しようと思ったけれど、ここが高所なら格子を外せたとして逃げ出すことはできない。ゆーかい犯さんはここまで想定済みだったのかな。


「ぐぬぬ…」


 石壁の僅かなでっぱりを駆使して窓に近付く。と言っても、窓まではまだ全然遠いけれど。
 よっこらせよっこらせと登っていたがために、部屋の扉がガチャリと開く音にも気が付かなかったらしい。スタスタと背後から足音が聞こえたかと思うと、直後に後ろから伸びてきた手にぺりっと壁からはがされ、ひょいっと軽く持ち上げられてしまった。

 なにもの、と反射的に振り返る。
 至近距離に現れた顔は、まったく知らない男性のものだった。にっこりと不自然なくらい満面に笑顔を浮かべる男性に、突然ベッドの上に戻されてぽすっと押し倒される。
 無言で覆い被さってきた男性にきょとんとすると、笑顔がようやく動き、男性が声を発した。


「今、何をしようとしていたんだい?」

「む…?おそと、みたいなと思った」

「正直だねぇ。いい子だけど、行動は褒められたものじゃないな」

「おじさんだれですか」

「おじさんじゃなくてお兄さんね」


 おじさんじゃない。お兄さんらしい。ごめんなさいしつつ「おにいさん」と呼び方を改める。お兄さんは満足気に頷いて、額に浮かべた青筋をすっと消した。


「私はマーテル様の遣い。悪魔の子である君の魂を浄化してあげる。本来神聖な光が闇如きに慈悲を施すことは無いけれど、君は美しいから特別。光栄に思ってくれていいからね」

「…………うん…?」


 どうしよう…なにを言っているのかまったく理解できないでござる…。

 発言からして、恐らくこの人はマーテルの味方…という解釈でいいのだろうか。僕のことを悪魔の子と言っているから、きっと良い印象を僕に抱いているわけじゃない。
 けれど特別と言うのなら、悪い印象を抱いているわけでもない…?うーむ、よくわからない…。


「一刻も早く儀式をしてあげたくて、少々強引な出会いになってしまったけれど…まぁ、別に構わないよね。闇属性の穢らわしい侍従も、あの悪魔の息子も。美しい君には毒でしかないのだから」


 するっと頬を撫でられる。いつもはあったかくて優しくて、心がぽかぽかする仕草のはずなのに。
 なぜかお兄さんに撫でられるとぽかぽかというよりも、ぞわぞわが勝って少し気分が悪い。こんなことを思うのは失礼だろうけれど。

 擽ったいのから逃れるみたいに、けれど実際はぞわぞわから逃れるために。さりげなく身を捩って手から離れると、お兄さんはそれを見てするりと目を細めた。


「ぼく…儀式いらない…」


 よくわからないけれど、その儀式というものに良い感覚を抱けない。眉をへにゃりと下げてか細く言うと、お兄さんの手がピクッと震えて硬直した。


「……だめだよ。君には儀式が必要だ。私が痛くないように優しく君を導いてあげるから、何も不安なんて無いからね」


 言いながら、お兄さんは緩やかに体をなでなでしてくる。薄い布の上から腰を掴んだり、服と肌の境界線をなぞるみたいに太腿に触れたり。
 これが儀式…?なんだか、とっても怖い。流石にこの状況だとぽややっとした思考も硬くなって、なにか悪いことをされているのだと本能が悟る。危機的状況になって初めて、消えかけていた前世の知識が微かに蘇った。

 これはいけないことだと、前世の自我が警鐘を鳴らす。


「い、いやなの…儀式しない。仲よくない人とぎゅーするのは、だめなの。僕、しってる」

「ッ……!!」


 はぁはぁって、お兄さんの息が徐々に切れていく。体力が無くなるような激しい動きはしていないのに、息切れに加えて顔が赤くなったり瞳が熱く潤んだり。
 なにかおかしい。なにか変だ。そう思った時、苦しそうに呻いていたお兄さんがふと硬直を解いて動きを再開した。


「はぁッ…最高だッ…くっ…大丈夫、私がきちんと奥まで浄化してあげるからね…」


 悪魔の子は浄化しないといけないから、これは神が御赦しになった不可抗力だから。
 そればかり、まるで僕だけじゃなく自分自身にまで言い聞かせるみたいにお兄さんがぶつぶつ呟く。


「だ、大丈夫だからね、怖くないからね…暴れちゃだめだよ、美しい君に手荒な真似はしたくないから…だから、ね?いい子にしていようね」


 境界線をなぞっていた指がするりと布の下に潜り込む。直で腰を撫でる手にぞわっと悪寒がして思わず声を上げそうになった途端。
 僅かに開いた口をがしっともう片方の手で塞がれ、悲鳴が外に出ることはなかった。

 ばたばたと強く抵抗しようと思ったけれど、あまりに突然で衝撃的な出来事に体が金縛りにあったみたいに硬直してしまう。
 滲む涙を興奮したような表情で見下ろすお兄さんの姿が怖くて、まるで悪魔みたいだと思った。この人は僕のことを悪魔の子だと言ったけれど、今の僕には、彼の方が恐ろしい怪物みたいに見えて仕方ない。


「っ…ん…ぅ…」

「あぁッ…涙も美しいなんて…ッ!奥まで暴けば…もっと美しい表情を見せてくれるのかな…?」


 ぽろぽろ。吐き出せない悲鳴の代わりに、不安と恐怖が涙になって零れ落ちた。
 腰を撫でていた大きな手は徐々に下に伝って、太腿の内側を執拗に撫でたり揉んだりし始める。風邪を引いたとき、具合が悪いときじゃなくても、吐き気や眩暈は起こるものなのだと。混乱のせいか、そんなことを冷静に考えてしまった。


「ん…うぅ…っ」


 ぽろりと涙を流しながら、それでも体全体にぐぅっと力を籠めていく。うごけうごけ、嫌ならせめて、何かちょっとした抵抗だけでも。そう思って、力を籠めて。

 不意に黙り込んで動きを止めた僕が、抵抗を諦めたと思ったのだろう。お兄さんが口を塞いでいた手を外した瞬間、金縛りの間に溜まった力が思い切り解放された。
 それはつまり、動かそうとしていた手足が勢いよく振り上げられるということで。



「ふんっ!」

「がッ…!?」





 ちーん。





 聞くだけで痛そうだと分かる、お兄さんの迫真の呻き声。
 思い切り振り上げられた右足、その膝頭。それがお兄さんの攻撃しちゃだめなところに、もきゅっとほーむらんした。


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