151 / 423
【聖者の薔薇園-プロローグ】
195.ほんとのきもち
しおりを挟む「わ、わたし…私は…」
動揺でゆらゆらと揺れる瞳。徐々に後悔の色が滲む表情をじっと見ても何か思うことも無くて、悲しみだけがずっと止まないままだった。お兄さんが何か言おうと口を開く度びくっとなって、ライネスにむぎゅむぎゅ抱き着いてしまう。
沈黙が流れる中ぷるぷる震えていると、やがてお兄さんが再びぽそりと呟いた。
「ご…ごめんね…いや、ごめんなさい…わたしは、なんてことを…っ」
君を傷付けたい訳じゃなかった。そうお兄さんが語った瞬間、またもや三人の怒りがぷっつんしたらしい。最早怒りというより呆れのような視線を向けて、けれど聞くだけ聞いてやるかと言いたげに肩を竦める。
ぽろぽろと涙を流し、ぐすぐすと鼻を啜って嗚咽を漏らして、そうして思いのままに喋るお兄さんの姿は、まるで無垢な子供のようだと思った。
「初恋だったんですっ…九年ほど前に、神殿で君に出会って…運命だと、思ってしまいました…っ」
嗚咽ばかりで聞き取りづらい、けれど必死に語られたお兄さんの話は、かなり衝撃的なものだった。
お兄さんが僕を初めて見かけたのは、僕が三歳の頃。例の庭師小屋の火事のあと、神殿に運ばれた僕を治癒したのがまさかのお兄さんだったらしい。
その時、僕に一目惚れ…してくれた?した、みたい。神官になれば当然の如く女神を崇めて聖者を愛すると思っていたから、マーテルでも聖者でもない僕に好意を抱いてしまった事実を、運命と思い込んでしまったようだ。
多くの神官の中で、マーテルではなく全く別の人間を愛しているのは自分だけ。そう思えば思うほど、僕とお兄さんの関係が神が定めた運命だと確信するようになり。
いつ自分が僕の『運命の相手』であることを名乗り出ようかと。そう思っていた矢先、思わぬ事態が起こった。
「いつからか、光魔法の威力が弱まり始めて…不思議なことに、それは君への愛を育めば育むほど、悪化するのだと不意に気が付きました…いつしか光の魔力は完全に消え…私の属性は土に変わっていました…」
マーテルへの信仰を忘れ、代わりに増していく恋情。消えた光属性の力と、渋々といったように刻まれた新たな属性を前に、お兄さんはある結論に辿り着いた。
「君は悪魔の子なのだと…。悪魔の子を愛する私にお怒りになった女神が、私から光を奪ったのだろうと…!」
「……は??」
熱を増していくお兄さんの語り。それを容赦なく遮ったのは、低く地面を這うようなライネスの声だった。
完全にライネスを畏怖しているのか、お兄さんはぐっと黙り込んで恐る恐る視線を上げる。般若の形相を浮かべるライネスに「ひぃっ!!」と声を上げ、ぷるぷる震え始めた。
そんなお兄さんを侮蔑の眼差しで見下ろし、ライネスは一切の容赦なく淡々と吐き捨てる。
「被害妄想過ぎて笑えない。どうして悪魔は自分の方だという可能性を考えなかったの?誰がどう見てもフェリは天使側だと分かる筈だけれど。身の程を弁えず天使を狙う愚者に神が罰をお与えになったとは思わなかったの?」
「ぐはッ!!」
これがおーばーきるというものか。そんな感想がぽつりと湧いて、白目を剥いてぴくぴく痙攣するお兄さんがちょっぴり可哀そうになった。
流石のトラードも「うわぁ…」とドン引きしているし、ローズは無言でこくこく頷いている。僕は…うぅん…こわいからなにも言えないでござる…。
それに本当に、お兄さんの言っていることが理解出来ないから。どうして一目惚れで運命の相手だと思うのだろうとか、悪魔の子だという飛躍した結論を出せるのだろうとか。
あと…ただ、こわい。お兄さんがこわい…。
「っで、でも!!じゃあ私が女神ではなく彼を愛したのは何故ですか!運命でなければ何なんですかぁ!!」
「元々光属性の素質が無かったから、マーテルの影響受けずに普通に好きな奴を好きになれたんだろうな。実際光魔法、使えなくなってんでしょ?運命とかじゃなくてお前が無能なだけじゃね」
「……主に捨てられ愛する人間にも嫌われるとか、お前どうして生きてるんだ。生きる意味、あるか。死んだ方がお前も人類も救われるんじゃないか」
「ッかはァ!!」
ほんとうのおーばーきるを見てしまったでござる…。
涙をふきふきしながらあわあわ見守っていると、不意にバッ!と顔を上げたお兄さんが泣きながら僕に向かって声を上げた。
「私の天使!君は嫌いとかそんなっ、そんなこと思わないよね!?いや、思いませんよね!?君は優しいからそんなっ!!」
必死の表情に一瞬だけ心がぐらりと揺れた。
完全に追い詰められているような顔には、弱い。一方的に糾弾される姿を見るのは怖くて、苦手だ。
以前まではこういう姿に、一度目の人生での自分を重ねてしまうことが多かった。だから自分がされても、怒れない。本当の気持ちを言えない。嫌いは尚更、悲しい言葉だから。
けれど、最近は少しだけ考え方が変わった。全て一緒にしちゃだめなんだ。一緒じゃない時もあるんだって。ディラン兄様とトラードの件で怒りが湧いたあの時、僕はそのことをようやく理解した。
ローズに以前教わったことを、今でも鮮明に覚えている。
「ぼ…ぼくは…」
手が震える。本当に言ってもいいのだろうか。
嫌な言葉は、人を傷付ける。ここで本当の気持ちを言ってしまうのは、それは傷付けるために言うのと同じで…でも、傷付けるのは怖い…。それでも、それでも…。
震える手を、更に大きな手にぎゅっと温かく包まれる。視線を上げて優しい金色の瞳を見た途端、不思議なくらい恐怖と不安が掻き消えた。
悪くないんだよ、って言ってくれているみたいで。
「……僕、好きじゃない…怖い、だけ」
ぽつりと呟く。空気が…主にお兄さんの周囲を漂う空気と雰囲気が、その時ぴたりと凍り付いた。
「お兄さん、だれなの。僕しらない。ぜんぜん、覚えてない。こわい。好きじゃない。知らない人、ぎゅーとふにふに。うれしくない。きもち、わるい」
「ぅ……」
「きもちわるい」
「ぁ…ァ…」
かんかんかん、と試合終了の鐘が鳴ったみたいな、そんな空気の後。
白目を剥いて口から泡を吹いたお兄さんが、ちーんと倒れて抜け殻になってしまった。
487
あなたにおすすめの小説
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。