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【聖者の薔薇園-開幕】
233.悪役の我儘
しおりを挟む「むぅ……」
ごろごろりーん。
ベッドで寝転んで天蓋を見つめる。この虚無の遊びも何度目だろうか。神殿に軟禁され始めてから数日が経ったけれど、このところ毎日虚無の遊びをしている気がする。
ぱたぱたと手足を動かしてバタフライごっこ。これもそろそろ飽きてきた頃合いだ。何か別の遊びを探さないと退屈でおかしくなってしまいそうである。
本を読みたいと言って渡されたのは聖書だし、ちょっぴりだけお散歩したいと言ったら逃亡を疑われて更に軟禁の具合が強くなるし。もうなんにも言えないのであるものだけで遊ぶことにした次第だ。
幸いクマくんがいるお陰で正気を保つことが出来ている。クマくんがいなかったら退屈と孤独で今頃とっくにおかしくなっていたに違いない。
とは言え、そのクマくんも退屈でちーんとなっているわけだけれど。
「つまんないクマ…つまんなくて死んじゃいそうクマ…」
「死んじゃだめ。お気を確かにだよクマくん」
隣に寝転んで僕と同様天蓋を見つめるクマくん。
同じ体勢で死んだ目をしている僕達は、傍から見たらかなり異様だろうなぁと不意に思った。その場合異様だと思われるのは、ぬいぐるみに話しかけてちーんしている僕だけなのだけれど。
「ご主人様。もう一回かくれんぼでもしないかクマ?」
「うーん…いいけど、クマくんどうせテーブルの下に隠れるんでしょ?すぐ終わっちゃうよ」
「なッ!なんでクマの隠れる場所分かったクマ!?エスパークマ!?」
戦慄、という言葉をそのまま浮かべたような表情で固まるクマくん。ものすごく驚いたらしく、背景にぴしゃーごろごろと雷が落ちそうなくらいの衝撃顔だ。
びっくりクマくんにはごめんなさいだけれど、そんなに凄いことでもない。何故なら僕がエスパーというわけではなく、単にクマくんが分かり易いからという理由だからだ。
クマくんはかくれんぼの時、大抵テーブルの下に丸まって隠れることが多い。そこにいなければあとは椅子の下だ。それ以外は特になし。
せめてクローゼットとかに隠れれば良いのに、と思ってはいけない。クマくんは扉を開けられないのだ。押戸やら引戸やらが理解出来ないからこそ、クマくん的には難しいらしい過程を挟まない隠れ場所にしか隠れられない。
何度も勝負したかくれんぼでそのことについては熟知している。それとなーく伝えてやんわり断ると、案の定クマくんはガーンしてしょぼぼんしてしまった。
「むぅ…やっぱりかくれんぼはだめクマ。他の遊びを探すクマ」
切り替え早いのねふむふむ。
ぴょんっと起き上がって何しようかなクマーと踊り出すクマくんをじっと見つめる。どんな時でもぽてぽてポジティブな言動をするクマくんに小さく笑いが零れた。
「……」
数日…ここに来て数日が経った。けれど未だに聖者に会うことが出来ていない。
ここに来たら聖者に会って、たくさん話して、彼の目的や本音について聞き出したいと思っていたのに。やっぱり、廊下の外で聖騎士達が噂していた内容は事実なのだろうか。
浄化活動。悪魔の呪いを受けた人を聖者が浄化しているという噂。
僕に関わった人達から優先的にということだから、公爵家や大公家、皇宮には当然聖者が訪れただろう。もしかしたら、一度目の二の舞が起こっている可能性も無くはない。
兄様達が僕に冷たい眼差しを向けるかもしれない。レオが僕に歪んだ殺意を向けるかもしれない。
ライネスも…僕とはもう、花火を見たいなんて思ってくれないかもしれない。
僕の大切な人たちはみんな、既に聖者に奪われているかもしれない。
「ご主人様?大丈夫クマ?なんだか元気なさそうクマ」
「……大丈夫だよ。心配してくれてありがとうクマくん」
不意にひょいっと覗き込んできたクマくんにふにゃりと笑みを向ける。
本当に、クマくんがここに居てくれて良かった。クマくんがいるお陰で僕は正気を保っていられる。ひとりぼっちの不安と恐怖に、完全に堕ちないでいられる。
「大丈夫…大丈夫、決めたもの」
どんな結末でも、みんなのハッピーエンドだけは渡さないって。
僕が聖者をやっつけて、みんなを守るって誓った。帝国を元通りにするんだって。聖者が設定したハッピーエンドなんて全部壊して、物語を本当のハッピーエンドに導くんだって。
「僕は大丈夫」
大丈夫じゃないと、何も出来ないから。
だから僕は大丈夫。
数千年続いた呪いを終わらせる。マーテルと僕の魂は繋がっているから、どちらかが消滅するということは無い。
どちらも消える。マーテルを倒せば僕も死んでしまうけど、倒すならそれ以外無い。
自己犠牲は美談じゃない。
分かっている。けれどこれはもう、自己犠牲なんて生易しいものじゃないのだ。
ただの我儘。僕の身勝手な望みでしかない。みんな為にじゃなく、自分の為の犠牲。
マーテルを倒すことならきっと出来る。方法だってある。だけど魂はどうにも出来ない。僕とマーテルが繋がっていることだけは、どう足掻いても変わらない事実なのだ。
選択権なんて無い。やるべき事は一つしかない。
結末は、もうすぐそこだ。
「ご主人様!決めたクマ!鬼ごっこするクマ!」
突如ぴょんっと跳ねたクマくんにびくっと肩を揺らす。
わくわくした様子のクマくんを見てふわりと微笑み、ゆっくりと体を起こした。
「どっちが鬼?」
「クマが鬼クマ!ご主人様はがんばって逃げるクマ!」
「ん、わかった。頑張る」
もふもふを撫でて息を吐き、ベッドから下りて立ち上がる。
わくわくしながら「じゅークマ、きゅークマ」と十秒数えるクマくん。捕まらないようそそくさその場を離れた。
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