余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓

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【聖者の薔薇園-開幕】

236.ずっと君だけを

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 体に回っていた聖者の腕が力無く外れた。
 クマくんを抱えて抜け出し、少し離れた所で振り返る。憎しみの籠った視線を強く向ける僕を、聖者は絶望したような顔で見つめていた。


「嫌い…?ど、どうして…っ」


 心底理解出来ないとでも言うような表情。この状況で本当に分からないのだろうか、自分がしでかしたことの重大さを。
 僕がどうして憎悪を宿しているのか、それを聖者に向けているのか。彼は本当に分からないのか。

 改めて、聖者は確かに『神』なのだと思い知る。人間の微細な感情なんて、神の理解の範囲外なのだろう。今の僕の様子だって、ちっぽけな癇癪にしか見えないに違いない。
 違和感の正体がようやく分かった。マーテルがここまで歪で不器用なのは、人間に歩み寄ったことが一度も無いからだ。人間を愛して幾千年も見守っていたリベラ様とは違い、だからこそ人間のことが何一つ理解出来ない。

 訳も分からずただ泣いて、怒って、欲しいものを欲しいと望む。そこに付随する感情や想いなんて考えたこともない。マーテルはただ、衝動のままに全てを吐き出しているだけ。
 下手をすれば、自分の心さえ微塵も理解出来ていないのかもしれない。


「ぼ、僕は…僕は悪いことなんて何も…ただ邪魔者を消しただけ…それだけなのに…?」


 酷く困惑した様子の聖者。眉を寄せて体を震わせて、僕の怒りの理由を必死に考えているような様子に少し冷静さを取り戻した。


「……君は何がしたいの」


 ふと湧いた純粋な疑問。マーテルが困惑を中断して静かに顔を上げる。
 ボロボロに焼け焦げた綿と布、灰になった部分、太陽みたいな黄色い目の石。マーテルがゴミと認識しているそれを心底大事に抱えている姿が不思議なのだろう、彼は瞳を丸くして首を傾げた。


「何って…僕は、ぼくは…」


 聖者の目的。帝国を乗っ取ることなのか、帝国中の愛を手に入れることなのか、僕の大切な人達を全員奪うことなのか。
 そもそもマーテルをここまで突き動かす原因と目的は何なのか。それがいまいち理解出来ない。みんなを魅了して手籠めにしたいのかと思えば、今はそんなの無関心だとばかりに僕を襲おうとする。
 この世界の主役の座を欲したり、悪役のような行動をしたり。矛盾が過ぎる。彼の行動には一貫性が無い。

 まるで自分自身でも理解出来ていないような。目的が何なのかを探しながら、とにかく無我夢中に動いているかのような。


「優馬は、僕に悪役でいてって言ってた。君は僕を悪役にしたいんでしょ?」

「……?…悪役…お前を…?」

「違うの?それじゃあみんなが欲しいだけ?僕を嫌われ者にすれば、みんな君のものになるから?」

「……違う…下賤な人間共を、この僕が欲するわけないだろ…」


 やっぱり、あべこべだ。
 あれだけみんなを欲しがっていたくせに。僕を断罪されるまでに追い込んで、死に追いやって。それだけのことをして帝国を手に入れたくせに。今になってそんなわけがないだって?
 何千年も繰り返したことを、まるで他人事みたいに否定する聖者の姿にふつふつと後ろ向きな感情が湧く。気を抜いたら酷い言葉を浴びせてしまいそうで、咄嗟に力を籠めてぐっと堪えた。

 今はまだだめ。彼の目的と本音を聞き出すまでは。それまでは、堪えないと。
 不快感と嫌悪感の殆どは、ついさっきクマくんが僕の代わりに吐き出してくれた。それを無駄にしちゃいけない。クマくんのお陰で、僕はまだ堪えていられるのだから。


「僕は…ぼくは、ただ…僕を見てほしくて…」


 聖者を見てほしい…?その望みは、一体誰に向けられたもの?
 訝しげに眉を顰める僕から視線を逸らし、聖者はぶつぶつと呟き始める。自分に問いを投げかけて答えを出して、言い聞かせるみたいに。


「あ、愛があれば…見てくれるって…みんな消せば、お前の愛、全部僕のものになると思った…」


 お前の愛…?僕の、愛?

 鼓動が嫌な音を立てる。最悪の真実に確実に近付いてきている。それを実感しながらも、止めることは出来ない。勿論、逃げることも。
 僕は知らなければいけないんだ。彼が自分でさえ自覚出来なかった、数千年続いた呪いの真意を。


「独りぼっちの悪人にすれば、お前は皆に愛される僕以外頼れなくなる…僕は何千年も、何十回もその時を待ってた…なのにッ!!」


 癇癪を起こしたように頭を抱えて聖者が叫ぶ。


「いつまで経ってもお前は僕を見てくれない!!そんなゴミ屑如きにも慈悲を向けるくせに!!どうして僕のことは何度輪廻を繰り返しても憎むんだよ!!」

「っ…クマくんはゴミじゃない!クマくんはっ…!みんなは君とは違うの!!」


 聖者の叫びを思わず遮る。さっきから何度も何度も、クマくんをゴミ扱いして蔑む言葉が許せなくて。
 目的と本音は聞き出した。この先は僕の番だ。僕が抱える全部を、聖者に押し付ける番。

 涙を流した状態で丸く目を見開く聖者。
 僕は負けじと強く聖者を睨んで、けれど同じように大粒の涙を堪え切れずぽつりぽつりと零していく。雫は全て抱えたクマくんの元に零れ落ちて、灰の塊を徐々に湿らせた。
 自分でも酷く情けない表情をしているだろうと自覚している。それでも涙は止まらなくて、嗚咽混じりの震え声で何とか声を上げた。




「僕はずっと君を見てた…!優馬の時だって、今のアベルだって…勝手に僕を虐げて陥れてっ…!君に背を向けるように仕向けたのは自分でしょ…っ!」



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