余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓

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【聖者の薔薇園-開幕】

237.大嫌いな君と

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 聖者が息を吞む。
 この数千年、自分しか見えていなかっただろうその瞳と、たった今初めてまともに目が合った気がした。

 聖者の口がはくはくと開閉を繰り返す。何か言葉を紡ごうとしているようだけれど、声にならないみたいだ。焦燥混じりのその表情が珍しくて、何だか僕の方まで鼓動がドクドク早まってしまう。
 何か言わないと。僕の方から。そんな衝動に駆られて、反射的に飛び出た言葉は紛れもない本心だった。彼にずっと伝えたかったこと。こんなにも遅くなってしまったけれど。


「僕たちは分かりあえたよ。最初からちゃんと話していれば、きっと君のこと…」


 自分でも理解出来ない激情を、ただぶつけるんじゃなくて。それを僕に直接話してくれていたら、或いは何かが違ったかもしれない。僕達は分かり合えたかもしれない。
 受け入れることは出来なくても、納得は出来たかもしれない。お互いが妥協し合える答えに辿り着けていたかもしれない。

 聖者は何も言わなかった。だから、そもそも答えを探すことすら出来ていなかった。
 訳も分からず激情を押し付けられて虐げられたって、聖者の本音は分からない。いくら神と言えど、本当に彼はそんなことすらも分からなかったと言うのだろうか。


「でも…もうだめだよ。僕は、君のことを許せない。僕は君が大嫌い」


 震える腕の中からポロポロと零れ落ちるのは、焼け焦げた大切な友達の体の一部。灰になってしまったところはほとんどが床に散ってしまって、一部残った部分も最早原形を留めていない。
 どう足掻いても形が元通りにならないのは明白。大切な友人が目の前で燃やされてしまった光景は、いつになっても忘れることはない。忘れられない。

 どんな本音を並べられたって、この気持ちが揺らぐことはないという確信がある。何があっても、聖者の本心が何だって、僕はもう許せない。
 ごめんねアベル。僕は君が思うほど、優しくない。だって僕は君を絶対に許せないから。大嫌いを覆すことが出来ないから。



「大嫌いなの。ごめんね。僕は君を愛せない」

『僕はお前を…絶対に愛さない』



 ふと蘇った記憶。一度目の人生、断罪の直前に聖者に放った言葉。
 聖者も同じ記憶を思い出したのか、僕がはっとすると同時に氷の如く硬直した。
 あぁ本当に…今世は前世のやり直しだ。模倣、と言った方が正しいかもしれない。恐れた二の舞が、もう既に現実になっているのかもしれない。
 僕と聖者はまた、同じ運命を歩むのだろう。百回も繰り返して尚、飽きもせず。


「そ、それ、お気に入りだった…?新しいやつあげる…っ!もっと綺麗なやつあげるからっ!嫌いなんて言わないで…っ」

「……」


 ほんの少し抱いた期待が一瞬で散ってしまった。

 やっぱり、聖者は分かっていない。分からないんだ。僕がどれだけ心の底から抱いた感情を叫んだって、本心を訴えたって。
 彼の心には何も届かない。


「ねぇお願いフェリアル…今までだって全部くれたでしょ…?フェリアルの愛、全部僕にちょうだい?」


 お願い。そう語る聖者の表情は必死で、けれど不安の色は微塵も無かった。
 まるで僕が本気で聖者を嫌うことなんてない、そう高を括っているかのように。心底僕を所有物扱いしているのだと理解して、期待も全て砕け散った。

 やっぱり繰り返す。何も変わらないまま、繰り返してしまう。


「ね、フェリアル…っ」


 伸ばされた手を直前で振り払う。
 絶望の色に染まった表情を見ても、驚くほど同情心なんてものは湧かなかった。あるのは怒りと、友達を守れなかった自分に対する自己嫌悪だけだ。

 これ以上は許せない。これ以上大切なものを失うのは御免だ。僕はもう覚悟を決めた。聖者だって…いや、マーテルだって、これなら文句は無いはず。
 泣きそうな顔をする聖者の正面に膝をついて、肩にぽんと手を置いた。


「僕が嫌だって言っても、君は僕をどうとでもできるでしょ?魂が繋がってる限り、僕は君と離れられないよ」


 僕の魂は既に寿命が尽きている。
 何千年も輪廻を繰り返して魂は消耗され、もはや色が見えないくらいに脆いものになってしまった。
 本来なら輪廻を終えているはずの魂が今もまだ生きていられるのは、マーテルの執着による呪いのお陰だ。
 マーテルという神の存在に僕の魂を無理やり結びつけることによって、僕の魂は消滅を免れている。

 だから、マーテルはその気になれば、僕を本気で脅すことだって可能なのだ。
 例えば今マーテルが呪いを解けば、僕の魂はその瞬間消滅して死んでしまうのだから。


「僕は君が嫌い。君が僕に何を強制したって、それは僕の意思じゃないよ。好きだからじゃない、忘れないで」


 今、僕の表情にはどんな色が宿っているだろう。もしかしたら色すら無いかもしれない。淡々とした無表情かもしれない。

 マーテルは僕の言葉を聞くと、顔を歪めてぽろぽろと涙を流し始めた。
 困惑の色が僅かに残っているのを見る限り、僕がどうして怒っているのか未だに理解が追い付かないのだろう。ただただ、何故自分の我儘が通らないのかと困惑している。
 何を言ったって無駄なのかも。僕の言葉は届かないんだ。それなら、事実だけ突き付ける。


「僕はマーテルを倒すよ。そしたら、僕は君と一緒に死んじゃう。でもそれは君のためじゃなくて、自分のため」

「っ……」

「大好きなみんなを守りたいっていう僕のわがまま。そのために、僕は大嫌いな君と死んであげる」

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