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【聖者の薔薇園-開幕】
239.もう二度と
しおりを挟む「で、そいつ誰?フェリちゃんの友達?」
一通りクマくんの紹介が終わった後。ふとトラードが紡いだ問いにぴたりとのほほん空気が消え去った。
三人とも聖者をじーっと見つめて武器を構える姿勢に入っている。主にギデオンのせいで聖者が完全に変態扱いだ、否定は出来ないけれど。
呆然としていた聖者がやがて我に返ったのかのろのろと立ち上がり、乱れた髪を後ろに払いながら僕達を…三人を見下ろした。侮蔑と嫌悪の滲んだ瞳で。
「……ローズ、トラード…役立たずの暗殺者共か」
低く呟く聖者。名指しされた二人が訝し気に首を傾げると、聖者はその様子を見て軽い嘲笑を零した。
「あのガキ共、殺しておけば良かったな。人質なんて生易しい事しないでさ」
軽快に語られたそれで、二人は早くも目の前の人物の正体に合点がいったのだろう。
一瞬で恐ろしいほど表情を歪めた二人が強い殺気を身に纏う。あのトラードでさえ、いつもの笑顔の片鱗さえ見えないくらい表情を黒く染めていた。
二人の雰囲気が一気に変化したことにクスクス笑い声を零す聖者。今にも襲い掛かってきそうな二人を見据えて楽しげに口角を上げると、愉悦の混じった声音で不意に語った。
「ふぅん…お前らもフェリアルに寝返ったんだ?ほんと…人間って気が変わり易い生き物だよね。一度は愛した人間を今は憎んで、虐げた人間を愛してるんだから」
「それは君が魅了をかけたから…!」
「だからって都合良すぎじゃない?僕なんて何千年も心変わりしないでフェリアルを愛してたんだよ?それなのに、都合の良いそんな奴らは許すんだね」
さっきとは違い、自嘲気味な笑みを浮かべる聖者に少しだけ息を呑んだ。単なる我儘、嫉妬なのか、それともほんの僅かな後悔くらいはしているのか。
分からないけれど、自分を滑稽に見るみたいな目が少し意外だと思った。神である自分に絶対的な自信を持っているであろう聖者だけれど、ちょっとくらいは人間の前で自己嫌悪に駆られたりもするのだろうか。
何にせよ、聖者の言葉はやっぱり見当違いだ。さっきまでと同様、自分中心の我儘に過ぎない。そういうことじゃないって、何度言えば彼は理解してくれるのだろう。
「……僕はそもそも、二人を恨んだことも憎んだこともないよ。だから、許すとか許さないとか無いの。でも、君は違う。僕は君が大嫌いで憎んでるから、許さないの」
この違いが聖者には分かるだろうか。
聖者はそもそもの前提を間違えている。さっきから、前提がおかしいばかりに話が嚙み合わないのだ。みんながみんな自分と同じ土俵に立っているか、そんなわけがないのに。
僕が二人と一緒にいて、二人と仲良くなりたいと望んだことに、一度目の人生は微塵も関係ない。ただ今世の僕が彼らを望んだだけ。それだけ。
聖者が嫌なのは、単に聖者が嫌いだから。憎んでいて、その上で許すことが出来ないから。憎むほど嫌いな人と仲良くなりたいだなんて思わないし、許そうとも思わない。
聖者とローズ達はそもそもの土俵が違う。聖者は彼らと同じ土俵に立ててすらいないのだ。
「っ…!そいつらと僕っ…何が違うのさ!どっちも屑だろ!一度目にお前を虐げたのはそいつらも同じだ!僕だってお前に許される権利がある!!」
同じことの繰り返し。案の定というべきか、やっぱり聖者は理解しようとすらしていないみたいだ。
許される権利なんて、そんなことは許される側が言えることじゃない。それに何度も説明している通り、そもそも許す許さないの話じゃない。
僕はローズ達を憎んでいないから、前提として許すだとか許さないだとかの議論すら生まれないのだと、本当に何度言えば分かるのか。
何度言っても、分からないのだろうな。
小さく溜め息をついたと同時に、ふと二人が呆れた様子で黙り込んでナイフを下ろした。
聖者の在り方が想像と違ったのだろうか。二人が聖者に向ける視線は酷く冷えていて、それでいて蔑みと同情に満ちている。
「確かに俺らはクズだけど…なんかなぁ……聖者ってこんな感じだったっけ?」
「……出会った頃から嫌味な奴だった。だがそれでも悪化しているな」
「俺らより話通じねぇじゃん。これまともに会話とか出来んの?」
「……無理だな。実際今でも通じていないだろ、無理だ」
ひそひそ。さっきとは違い全然ひそひそしていない内緒話を繰り広げる二人。
聖者がぴくっと肩を震わせる。あわあわとチラ見すると、笑顔に青筋を浮かべた聖者が上がった口角を痙攣させていた。
「はっ…本当、殺せばよかったよ……お前らも」
途端、聖者が二人に向けて手を翳す。
ぼうっと現れた炎を見るなりハッとして、強く「だめ!」と叫びながら二人にぎゅっと抱きついた。
「うおっ!」
「っ……!」
驚いた様子で倒れ込む二人。僕が突然突き飛ばしてくるなんて思っていなかったのか、いつもはビクともしない体は案外簡単に倒れた。
その頭上スレスレを熱い炎が通り過ぎる。ドーン!と強い衝撃音を響かせて、炎の玉は壁の一部を豪快に壊した。
「はぁ!?何だ今の!?」
「……」
びっくり顔のトラードとぱちくりするローズ。
視界の端で聖者が再び手を翳そうと動く瞬間が見えて、慌てて二人の手を引きながら「逃げなきゃ!」と強く叫んだ。
いくら二人がとっても強い暗殺者で、とっても強いギデオンも居るからって安心出来ない。
相手は神で、尚且つ今の炎は既に僕の友達を一人灰にしてしまっているのだ。そんな神の前に三人を立ち向かわせるなんて。
今は聖者に対抗する気概よりも、大切な人達を失う恐怖の方が強かった。
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