余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓

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【聖者の薔薇園-開幕】

244.ローズ・シュタインの結末(後半ローズside)

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「流石に数が多いなぁ。そろそろ疲れてきた…」

「……」

「ローズ大丈夫か?すっげぇ険しい顔してっけど」

「……黙れ。俺は疲れてなどいない」

「なるほど疲労を自覚しないよう逃避してんだな!邪魔して悪い!」


 殺人鬼みたいな険しい顔のローズと全部言っちゃってるトラード。そしてローズの腕の中でぬくぬくしてしまっている僕。
 何もしていないだけに心が痛む。完全にお荷物になっている自分が恥ずかしい。せめて何か少しだけでも…!と思いローズの額から滴る汗を服の裾でふきふき。ぺしっと払い落されないのを見るに、どうやら汗ふきふきはしても大丈夫らしい。

 既に二十を超える数の聖騎士達を倒して突破している二人。
 いくら戦闘に慣れているとはいえ、それは隠密的なもので一対一が常だろう。正面からの複数人相手の戦闘には慣れていないはず。
 二人共あまり顔には出ていないけれど、基本無表情を絶対に崩さないローズですらこの険しい表情だ。疲労はとてつもないものに違いない。僕を抱えながらのローズなら尚更。


「ローズ、トラード。負けそうになったら僕を置いて逃げて。そこからは僕一人でがんばるから」


 二人の様子に焦燥感が湧き上がって思わず告げた言葉。
 それにおかしそうに笑うトラードと呆れたように溜め息を吐くローズ。首を傾げると、危機的な現状にそぐわない自信に溢れた声が返ってきた。


「俺らガキの頃から裏社会で生き抜いてきたんだよ。正当に潔白に成り上がってきたお偉い騎士共なんかに、今更そう簡単に負けないし殺されないから」


 絶対的な自信と、そうでありたいという願望が籠った声音。
 トラードは元々貴族や高い位の人間を嫌う人だったことを思い出す。初めのころはそんな気持ちが前面に出ていたけれど、今は優しいお兄さんみたいな人だから忘れていた。

 正当に潔白に。不条理な弊害のない正しい道を進んで強くなった騎士と、理不尽な壁ばかりに当たってそれでも愚直に生き抜いて強くなった二人。
 普段は隠していても、心の底に渦巻いているプライドや本心はこういう時に現れて、捨てられないのだろう。今のトラードのように。

 ぐっと喉を鳴らして口を噤む。もう僕を置いて逃げてなんて言えなかった。覚悟を決めた人を止められる人間なんていないってこと、僕が一番よく分かっているから。
 改めてぎゅっとローズにしがみついた直後、不意に二人がハッとしたように立ち止まった。



「そこまでだ!神聖な神殿を穢す悪魔共め!」



 高らかに響く声。驚いて振り返ると、向かう先、進行方向に大勢の騎士がずらりと並んでいた。
 その真ん中に立つ大柄な男。周囲の聖騎士より一際異彩を放った、見るからに強者だと分かる人物。下手をすればギデオンよりも遥かに巨体かもしれない。

 目視出来るだけでも二十人は優に超しているだろう。それに加えてあの強そうな騎士…ここを正面突破することは難しいと僕でも察した。
 二人もそれは何となく察したようで、険しい表情を浮かべて大柄な騎士を見据えている。蒼白顔の僕を抱き締めて一歩後退るローズ。それと同時に、大柄な騎士がまたもや高らかに声を上げた。


「聖騎士団団長!オーガ・ウォードだ!!ここを通りたくば死を覚悟せよ!!死にたくなければ今直ぐ悪魔の子を差し出し降伏するが良い!!」


 地面に大剣の先端を勢いよく刺して宣言する騎士。どこか聞き覚えのある家名に一瞬首を傾げたけれど、この状況で呑気に考え事をすることは出来ず直ぐに思考を打ち消した。

 ローズが僕を地面に下ろし背後に隠す。短剣を構えるローズの背後から恐る恐る顔を出し、彼らの様子をぱちくりと窺った。
 威圧感のある聖騎士団長のオーラに気圧されていると、そんな圧に一切屈する素振りのないトラードがハッと嘲笑を浮かべる。わざとらしく耳を指で押さえて口角を上げたトラードが声を上げた。


「うるせぇオッサンだなぁ」

「……喧しいのは嫌いだ」


 本格的に戦闘態勢に入る二人。どうやら逃げるという選択肢も、ましてや降伏するという選択肢も二人にはないらしい。
 背後であわあわと混乱していると、ふと僅かに振り返ったトラードが小声で囁いた。


「…殆どの聖騎士達がここに集まって来てる。今なら警備は手薄だ。ここは俺らが何とかするから、フェリちゃんは先に行って」


 トラードの言葉に息を呑む。すかさず「でも…っ!」と声を上げるけれど、トラードはにこりと笑って首を振るだけ。提案を撤回する様子は微塵も無い。
 ローズもそのつもりのようで、もう僕を振り返ることはしなかった。

 どう見てもこちら側が劣勢。疲労に蝕まれた暗殺者が二人、相手は万全な状態の騎士が数十人、中には聖騎士団の団長までいる。
 口にはしなくても、結果は分かりきっている。二人だって当然察しているはずだ。それなのにどうして。愕然と眉を下げたまま硬直していると、背を向けたままのローズが不意に小さく呟いた。


「結末を下すんだろ。ここで俺達の結末も決まるはずだ」


 ハッと目を見開いた。そうか、ローズも僕と同じ。自分の結末を下そうとしているんだ。
 物語の最終章。主人公である聖者と悪役が戦い、結末が決まる。その後は何もない。ただのハッピーエンド。僕と聖者が対峙するということは、他の登場人物達や帝国そのものの結末も確定するということ。
 ここから先はそれぞれの物語だ。干渉出来る人間なんていない。僕が僕の勝手で結末を下そうとしているように、ローズにはローズの結末がある。

 結果が分かりきっていても進む、それが物語というものだ。


「……再会の場が地獄でないといいな」


 最後に見えたローズの顔には、人間味溢れる楽し気な笑みが浮かんでいた。




 * * *




 負け戦などしない。常に冷静に、物事の全てを見据え、周到に、卑劣に卑怯に。
 考え尽くされた策の下、確定された勝利を掲げて進むのが常だった。感情が無いフリをしても一丁前にプライドはある。愚か者になるのが怖かった。
 何もない自分が奇跡的に手に入れたもの。それを失うのが嫌だった。奪われることが許せなかった。

 俺は生きたまま死んでいた。それで良いと思っていた。それが俺の生き方であると受け入れていた。だが、それが俺の生き方であると、一体誰が決めたのだろう。
 前世の記憶だなんて非現実的なもの、信じてなどいない。それでも記憶は確かにあった。いつからだろうか、確かあの妙な子供が現れてから、それは益々明確になったと思う。
 例の聖者に惚れこみ、ただでさえ空っぽの自分が他人の色に染まる。そんな気味の悪い光景を何度も夢で見るようになった。

 心底、吐き気がした。俺は最初から最後まで、中身の無い人形でしかなかった。
 俺はずっと、俺という個人で在りたかった。人形でいるつもりなど毛頭なかった。ただ、それが俺の運命であると盲目的に受け入れていたのは事実。
 それを最期まで突き通したのが前世の自分だ。

 あぁ本当に…気味が悪くて反吐が出る。何を恐れていたのだろう。俺は初めから愚か者だったというのに。



「ローズ!!」



 不意に聞こえた声で我に返った。背後から振り下ろされた剣を寸前で躱し、振り向きざまに無防備な体勢を蹴り上げて崩す。そうしてまた一人、騎士が地面に伏せて沈んだ。

 フェリアルがこの場から離れてどれ程経ったろうか。体感ではかなりの時間が経ったような気もするが、周囲を取り囲む聖騎士の数はまだ半分程しか減っていない。
 そんな状況下で、体力の消耗と疲労は着実に積もっていた。恐らく平気な素振りで短剣を振るっているトラードも同様に。

 最大の壁であると警戒していた聖騎士団長の男は、予想外なことに一切手を出してきていない。部下達が命懸けで戦う様子を腕を組んで見据えるだけ。
 その姿に眉を顰める。己が手を出すまでもないと言いたげな様子に不快感が募った。それほど部下達を信頼しているのか、それとも己の実力を絶対的に信じているのか。
 どちらにせよ、きっとあの男が手を出す頃には俺もトラードも力尽きているだろう。それだけは揺れるプライドの狭間で察していた。

 トラードが数人を纏めて沈めたのを横目で視認する。斬りかかる最後の騎士を落とすと、漸く聖騎士団長の男が重々しく大剣に触れた。


「我が同士に斬りかかる悪魔共!!ここまでの悪逆非道を貫き、罪の意思を一切抱かぬか!!」


 初めに斬りかかってきたのは己だというのに、まるで全ての非が此方側にあるかのような言い様に眉を顰める。
 真顔のまま涙を流す男。この男は何処かズレている、そんな感覚が漠然と湧いた。自らを正義と信じ、己の敵は全て悪だと判断するその凝り固まった思想に違和感を抱いて止まない。


「最早同情の余地は無い!!この手でお前達の処刑を執行する!!」


 高らかに宣言しながらも、男は頬を伝う涙を一切拭うことなく鞘に手を掛けた。
 静かに剣を抜き構えるが、数秒じっと硬直したまま動かない。表情も真顔のままで、ただ鋭い眼光だけが輝きを帯びて目が逸らせなかった。
 まるで時が止まったかのような錯覚の後。



 ふと男が一つ瞬いた瞬間、雷鳴のような警鐘が脳内に響いた。



「っ……!」


 この男は危険だ。体を強張らせて察した直後、ほんの僅かな瞬きの間に男が視界から消え去った。
 直ぐ横を切る風の気配。速い。微かに視認出来た残像を辿った先にはトラードが居る。

 無意識に足が動いた。宙を切る己の手を他人事のように見つめる。
 数秒意識が飛んでいた。そんな感覚が確かにあった。気付くと正面には、唖然とした絶望の色を表情に滲ませたトラードが尻餅をつくように倒れ込んでいた。


 何故か喉奥を熱い何かが支配して、次の瞬間鈍い嗚咽を発しながら何かが吐き出される。手で触れて見たそれは、いつか齧った林檎のような赤色。

 腹と心臓の丁度間辺り、ぽっかりと風穴が空いたような感覚が不思議で視線だけ下ろす。


 背から腹を貫くように、大剣が突き刺さっていた。

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