余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓

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【聖者の薔薇園-開幕】

254.結末まであと、

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 遠くから微かに聞こえた聞き慣れた大人達の声。
 パパにお父様。心なしか仲が悪そうに聞こえたけれど、気のせいだろうか。会話というより口論に近かったような…。
 しょんと眉を下げて困惑。状況の把握が追い付かず助けを求めるようにライネスに視線を向けると、そこには呆れたような苦笑があった。


「全くあの二人は…」

「ライネス。どういうこと…?どうしてパパとお父様が?」


 神殿内に一斉に入っていく騎士達の姿が窓から見えて呆然とする。騎士団と神殿は暗黙的に不可侵のようなものがあったはず。民達の信仰を集める神殿には事実上手を出せなかったはずなのに、どうして。
 隠し切れない困惑を顕にしながら問い掛ける。ライネスは得意気に笑って答えた。


「神殿への不可侵が暗黙の了解になっていたのは、民の信仰心を独占されていたからだ。つまり、民の信仰心を不信感に変えてしまえば、神殿はただのハリボテになってしまうんだよ」


 何処か腹黒い色のある笑顔。つまり…どういうことだってばよ…?

 きょとんぱちくりと困惑が抜けない僕に、ライネスは苦笑しながらも教えてくれた。
 どうやら神殿の強力な立場と権力は意外に脆いもののようで、主にライネスとパパはその脆い部分を確実に突く策を実行したようだ。

 神殿に害を及ぼせないのは、帝国民の殆どが神殿を擁護するから。
 当然だ。生まれつき信仰している絶対的な女神が愛する、光属性の神官達が多く属している神殿。そんな場所が害されれば、民は怒りを顕にして神殿の敵を糾弾するだろう。前世の僕が実際にそうなったように。
 神殿は帝国において、裏の支配者と呼ばれるほど絶対的な地位を確立している。けれど言ってしまえば、向けられる数多の信仰心を全て無にしてしまえば、神殿の影響力など実質ゼロも同然となるのだ。


「信仰を不信感に変えるという行為は、実はそう難しくない。神聖且つ潔白、そんな神殿のイメージを覆してしまえば権威を失墜させるなんて簡単だ」

「いめーじ?」

「そう。神殿は罪とは無縁だというイメージ。一言で言ってしまえば、神殿の汚い罪を白日の下に晒してしまえばいいだけ」


 神殿の罪。ライネスが言うには、神殿は以前から水面下で多くの犯罪に手を染めていたらしい。ただ、それを裏付ける証拠がなかった。だから今まで神殿に手を出せないでいたようだ。

 転機は例の拉致事件だと言う。神官の変態お兄さんに連れ去られて貞操の危機に陥った例のあれだ。
 あの事件の後、何やら逆鱗を刺激されたらしい騎士団と大公家が本気で動いてくれたみたい。うーむありがたやー。
 その際に事件が神殿と繋がっていることが判明し、騎士団は秘密裏に疑いのある他の事件の捜査もやり直すことに。そうして芋づる式に神殿の罪が発覚し、その切り札を今回使ってくれたようだ。


「父上が率いているから、言い逃れなんて絶対にさせないはず。あの薄気味悪い大神官ももう終わりだ」


 その時、ライネスの黒い笑顔とパパの魔王みたいな不敵な笑みが完全に重なって見えた。
 優しいお兄さんなライネスと俺様なパパは正反対だと思っていたけれど、やっぱり親子だ。こうしてみるととっても似ている。


「大事なものに手を出された借りはしっかり返さないとね」


 頭をなでなでされて首を傾げる。
 優しい手の温もりを感じながらきょとんと瞬いた。


「ライネス。大事なもの、傷付けられたの…?」

「そう。一番…と言うより、唯一大切なものを傷付けられちゃったんだ。私だけじゃない、沢山の人にとっての一番大切なものをね」


 だからこうして今、大勢の人達がここに集っているんだよ。そう語るライネスの瞳はとっても穏やかで、その視線に射抜かれると何だか擽ったい気持ちになった。

 何となく身を捩って、擽ったい感覚をそっと払う。たくさんの人が大切にするもの、それって一体何なんだろう。大勢が大切だと言うくらいだから、きっととても素敵なものなのだろうけれど。
 いつも笑顔で人に優しいけれど、基本的には何事にも興味を示さないライネス。そんなライネスに一番…いや、唯一大切だと思えるものがあったなんて。

 想像するとほんのちょっぴり寂しくなって、けれそ直ぐにその感情を掻き消した。新しい目標が増えて良かったと喜ばないと。
 僕の最終的な目的はマーテルを倒し、数千年続いたこの物語を終わらせること。そして、大切な人達のハッピーエンドを守ること。
 ライネスを守って、ライネスの大切なものも守る。そうすればライネスも幸せな結末を迎えられるはずだ。


「さぁフェリ、皆が待ってるよ。一緒に帰ろう」


 差し伸べられた手をじっと見つめる。
 本心では優しい手に縋ってしまいたかったけれど、それは駄目だと警鐘が鳴ってぐっと堪えた。

 ここで縋っちゃいけない。僕には僕の役割がある。
 もう自己犠牲だなんて思わない。これは物語を終わらせてハッピーエンドを迎えたいという僕の我儘。みんなの意思も好意も全て無碍にするような決断。
 僕の身勝手な答えでしかないけれど。


「……うぅん。まだ、帰れない」


 まだなんて、その場しのぎの言葉を付け加えてしまった自分に苦笑する。
 案の定ライネスは訝し気に動きを止めて僕を見下ろした。心配の色が滲む瞳に胸が痛くなった瞬間、本当に鋭い痛みが心臓に走った。


「ッ…ぁ…」

「フェリ!?」


 ビリッと、まるで電流が轟いたような痛み。思わず手を当てて確認してみるけれど、鼓動には特に異変が無い。心臓というよりも、これは…魂の痛みだ。

 蹲った僕に目線を合わせるようにライネスも膝をつく。慌てた様子で背中を撫でる大きな手がぽかぽか暖かくて、途端に緩んでしまいそうな涙腺を必死に堪えた。
 零れそうな涙は痛いからじゃない。原因は痛みじゃなくて、咄嗟に理解した事実に対してだ。


「ライネス…僕は帰れない…先に行って…」

「フェリ…?どうしてそんなこと言うの?痛いなら一緒に帰ろう。一緒に帰って、お医者様に診て貰おう?」


 ただ力無く首を横に振る。応えたくても、その頼みには応えられないのだ。
 心臓を…魂が溶け込んでいる辺りにぐっと拳を当てる。痛みはさっきの一瞬で収まったけれど、今度はまた別の症状が現れた。
 開いた両手を見下ろす。その視線を追ったライネスが目を見開いて息を呑んだ。


「フェリ…手が…っ」


 見えるのは肌の色じゃなく、その先にある真っ白な地面。完全にでは無いけれど、半透明になって白が透けて見えている。

 僕の魂は本来とっくに寿命を迎えている。今生きているのはマーテルが呪いによって僕の魂を縛っているからに過ぎない。けれど今、透明な魂の影響がついに体に現れ始めたらしい。
 透けた手を見て全てを理解する。マーテルが僕を追わず、待つという柄じゃない選択をした意味をようやく理解した。

 マーテルはただ待とうとしたんじゃない。僕が自分の元に来るという確信を持ってそれを選択したんだ。透明な魂の影響が現れ始めたのがその証拠。


 彼も僕と同じ。魂の寿命がもうすぐそこまで迫っているのだ。

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