余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓

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【聖者の薔薇園-終幕】

283.大公と公爵(ディランside)

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「……公子、大公位の継承が決まったとお聞きしました。おめでとうございます」

「ありがとう。君もあと数年で公爵だろう?お互い忙しくなるね」


 今日も今日とて邸に訪れたヴィアス大公家の令息、ライネス公子。
 今年で二十五を迎える彼は、後継者教育を完全に終えたことに加え大公直々に剣術などの戦闘能力も認められた。それが決め手となったのか、一年以内に彼が大公位を継承するという話が最近では社交界で専ら人気の話題となっている。
 第五騎士団の団長を継ぐ話はまだ出ていないようだが、ここ二年での公子の飛躍的な実力の向上を見る限り、その話が出るのもそう遠くは無いだろう。

 そういえば、最近だと片割れの第一部隊長就任も決まったのだったと不意に思い出す。
 やる気は欠片も見えなかったが、あの子が…フェリが居なくなってからのガイゼルの落ち込み具合を痛いほど知っている立場からすると何とも言えない。


「今日も来てしまってすまないね。来る度に次は自重しなければと思うんだけれど……」

「構いません。貴方の気持ちは理解出来る。フェリは貴方に懐いていたので、寧ろ喜ぶはずです」


 申し訳なさそうに謝る彼の姿を見るのもこれで何度目か。
 公子がかなりの頻度で公爵邸を訪れるようになって早二年。最早公子が来ない日は要らぬ心配までするほど日常になりつつある。
 彼が邸に訪れてすることと言えば、フェリが気に入っていた噴水の縁に座ってただただぼーっとしたり、フェリが好きだと語っていた花をじっと見つめたり。そうしたことを一時間ほど続けたかと思えばふらりと帰っていく。そんな日々だ。

 もしかすればという可能性に賭けて訪れるのか、それともフェリの面影を忘れないようにしているのか。真意は分からないが、とにかく確かなのは彼がフェリを深く愛しているということ。
 二年も続けて遠いヴィアス領からここまで訪れるのだ。これだけでも異常な愛の大きさが窺える。とは言えそう簡単にフェリを渡す気は無いのだが。


「今年の誕生日も戻ってこないかな……」


 公子がふと呟いた言葉。庭園に咲く春の花々を見渡し、もうそんな季節かと息を呑んだ。
 去年はフェリの誕生日を盛大に祝うことが出来なかった。何せあの子本人が居ないのだから、パーティーを開くことも何も出来ない。しかしフェリ宛てのプレゼントは一部屋に収まらないほど帝国中から届いた。
 例の事件から二年。俺達の他にも前世を思い出す人間が増えたからだろうか。恐らくあのプレゼントの殆どがフェリへの罪悪感によるものだろう。

 一度は虐げた人間が帝国を救い英雄となった。本来であれば全てを恨んで見て見ぬふりをしても許されるだろうに、それでもあの子は逃げなかった。
 人々の罪の意識を増幅させるには、フェリの功績はあまりに有り余るものだった。


「今年は何が良いかな。去年は確か…」

「湖畔の別荘でしたね。土地を贈られたのは貴方だけでしたよ。殿下でさえ国宝級の宝石が嵌められたネックレスしか贈ってこなかったのに」

「あぁそうだった。良い邸だったろう?少し小さいけれど、フェリは自然が好きだから。花々が多く咲いている場所にしてみたんだ」


 少し小さいとは。邸ではなく城に住む人間からはそう見えるのか。
 流石の俺でもあれは本邸と変わらない大きさだと思ったが、この男にとっては別荘と断言出来る程度の邸でしかなかったらしい。
 相変わらず一途と言うべきか、盲目と言うべきか。


「……それ程愛していたなら、殿下のように伝えてしまえば良かったでしょうに」


 思わず呟いてハッとした。
 この男の実力は認めざるを得ないが、どうにも収まるべきところに収まらない曖昧さが少し苦手だ。フェリを愛しているのは誰が見ても明らかなのに、彼は常に一線を引いて距離を置く。
 深い関係のような言動をするくせに、殿下のように一番大切な部分には触れない。踏み込まない。のらりくらりとしたその姿が、優しいフェリに葛藤を与えているようで不快だった。

 失言を後悔して僅かに眉を下げる。しかし公子はただ微かに笑うだけで、俺の発言に苦言を呈すことはなかった。


「下手をすれば、私はレナードより重いよ。私は別に、あの子の愛の対象になりたい訳では無いからね」

「……ですが、貴方はフェリを愛しているでしょう」

「愛しているから愛されたいは必ずしもイコールじゃない。確かに多少の下心は有れど、本質はそこじゃない」


 語る公子の瞳には慈愛の色が満ちている。
 ふと、その瞳の奥に彼の愛の重さを垣間見た気がした。殿下の一直線の愛や執着とはまた違った、様々な感情や葛藤が複雑に絡み合った蜘蛛の巣のような愛情。この感情を曖昧と表現するには、俺もまだまだだったかもしれない。


「前世で、フェリと何かありましたか」


 これだけの重い感情。今世での交流だけで培われると言うにはどうも納得出来ない。
 小さく紡いだ問いに、公子は一瞬肩を揺らして困ったように微笑んだ。


「いいや、特に何も。私も……何も出来なかった愚か者の一人でしかないよ」

「……そうですか」


 数秒流れる重い沈黙の空気。断ち切ったのはやはり公子だった。
 指先で小さな花を撫でながら、そういえばと彼が切り出す。


「そういえば、シモンとグリードは元気かい?最近見ていないような」

「あぁ……奴らはフェリの侍従ですから。フェリの居ない公爵家には興味が無いのでしょう」


 あの二人はあまり邸に戻らない。ただ、フェリの部屋だけは丁寧に掃除をして早々に出て行く。そんな毎日が、あの子が居なくなってすぐからずっと続いていた。

 何処で何をしているのかは分からない。犬の方は夕食時には戻ってくるが、特に謎なのはシモンの方だ。あいつが謎なのは以前から変わらないが、フェリが消えてからはそれが顕著になった。
 基本的に昼と夜は姿を見せない。早朝、日が昇る前に何となしに覗いてみると、熱心にフェリの部屋を掃除しているシモンの姿が見られる。たったそれだけ。


「……好きにすれば良い。フェリが戻ってくればおのずと奴らも戻ってくるだろう」


 半ば吐き捨てるように紡いだ呟きに、公子は小さく苦笑した。

 さて、と公子が立ち上がる。そろそろ帰ろうかなと呟いた公子に頷き、せっかく外に居るのだから門まで送るべきかと同時に歩き出した。
 今日は少し早い。いつもならあと三十分ほど庭園を眺めるだろうに、もしかするとこの後何か仕事があるのかもしれない。


「ほぼ毎日来てしまって申し訳ない。次来る時はもっと良い手土産を持ってくるよ」

「そうですか。頼みますから手で持って来られるものにしてください。流石に土地を手土産に贈られるのは少々困ります」


 フェリの誕生日の時といい、この人は限度と言うものを知らない人間に見受ける。特に与えることに関しては過剰の域を超えることを全く厭わない。
 さり気なく告げると公子は一度きょとんと首を傾げ、そのままニコッと笑って「分かった。気を付けるよ」と頷いた。恐らく何一つ分かっていない。

 半ば諦観しつつ見送りの為に歩き出した瞬間。何処からか聞こえた蹄の音にハッと振り返った。


「ディラン様!!」


 視線の先には正門。警戒する門番を気にする余裕もなく慌てた様子で声を上げたのは、ガイゼルと同じ騎士の制服を着た第一部隊の騎士団員だった。
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