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【聖者の薔薇園-終幕】
304.報告
しおりを挟む「皇帝から手紙が届いただと?」
ディラン兄様の執務室。珍しく不機嫌そうに顔を顰める姿にびくびくと体が震えた。
皇帝陛下から手紙が届いた件。一応家族に報告した方が良いというシモンの助言を聞いて、一先ずディラン兄様の執務室に赴いたわけだけれど……何だかあまり良くない空気だ。
お父様に報告すべきかと考えたけれど、お父様に加えガイゼル兄様も含めた三つの騎士団の団員達はちょうど今日から遠征に向かっている。お母様も社交の一環と言って出掛けていて、邸に残っているのはディラン兄様だけだった。
そんなディラン兄様に手紙の件を報告してすぐ。どんよりと重たくなった雰囲気に耐えるように身を縮ませていると、兄様は低い声で呟いた。
「……父上も大公も不在……まるで狙ったようなタイミングだな」
きょとん。ディラン兄様の呟きにぱちくりと首を傾げているのは僕だけみたいで、斜め後ろに立つシモンとグリードはディラン兄様と似たような表情で黙り込んでいる。
陛下からの手紙はそんなにマズイものだったのかな。眉をへにゃりと下げてそわそわし始めると、それに気づいたディラン兄様がはっとしたように険しい表情を崩した。
「何でもない、フェリは気にするな」
「でも……」
でも、それじゃあどうしてそんなに深刻そうな表情をしているのか。
何も語らずとも考えが読めたのか、兄様は小さく微笑んで頷いた。それに自然とほっとしている間に、今度は兄様がシモンに視線を移して目を細める。視線を向けられたシモンは一切動じる様子を見せず、困ったような顔で首を振った。
「陛下の意図が読めませんね。まさか褒美を与えるだけが本題という訳では無いでしょうし」
む?ちがうの?なんて目を丸くしている間にも二人の会話は続く。
「その褒美とやらも怪しいぞ。あの皇帝のことだ、どうせ碌でもない褒美を用意して自賛しているに違いない」
「殿下が同席する事も気になりますね。皇帝としてでなく皇族として招待するなら分かりますが、それなら第二皇子と皇后も同席していなければおかしいですし」
何やら難しいお話が始まったので、ソファに座った状態で足をぷらんぷらんして遊んでみる。ぷらんぷらん。
するとそれを察したグリードが、後ろからそっと口を寄せて「くっきーありますよ」と口パクで教えてくれた。どうぞと渡されたクッキーをぱぁっとした表情で受け取ってもぐもぐ。そのまま何枚かポリポリもぐもぐしていると、不意にディラン兄様に声を掛けられてハッと顔を上げた。
「フェリ。どうしても嫌なら兄様が何とかして断ってやるが、どうする?」
「へ、ううん、僕だいじょ」
「どうしても嫌なら断ってやるが、どうする?」
はわ……と一旦口を閉ざす。どうしても嫌ならと意思確認するような聞き方をしながら、兄様の瞳には圧が籠められ、声にも何だか強制的な色が滲んでいるような気がした。
嫌だと答えろ、そんな圧をひしひしと感じた。
「ぼ、ぼく……僕、ほんとに大丈夫……!」
「……フェリ」
ぷるぷる震えながら圧に負けず何とか答えを紡ぐ。
求めているものとは逆の答えが返ってきたからか、ディラン兄様はほんの一瞬驚いたように目を見開いてすぐ、無表情に戻って窘めるような声音を吐いた。
けれど僕だってもう子供じゃない。自分の意思をしっかり伝えるのだとふんすしながら、ディラン兄様にあわわっと説明する。
「皇帝陛下の招待を断るのは……あまりよくない、と思います。あの、その……僕、しっかりがんばるから……兄様に信用してもらえないのは、わかるけど、その……」
「待て。待てフェリ。信用していないとはどういうことだ」
「む……?僕が陛下に失礼なことしちゃうかもって、だから兄様、断るって……」
「何?そんな訳無いだろ。それを言うなら逆だ。フェリが皇帝に無礼を晒すならともかく、皇帝がフェリに無礼を仕出かすなら許さないが」
一瞬混乱でフリーズしてしまった。無礼を晒して許されないのは絶対に僕の方だと思うけれど……。
ぱちくり硬直すると兄様がやがて仕方なさそうに溜め息を吐き、シモンをじっと見据えて不意に尋ねた。
「シモン。お前、フェリの影に潜むことは出来ないのか」
「やろうと思えば出来ますが……少なくとも殿下には直ぐに気付かれてしまうかと」
苛立った様子で小さく舌打ちする姿は、上品で冷静沈着なディラン兄様にしては本当に珍しい。ぱちくり驚いていると、兄様はふと聞き間違いかと思う程とんでもないことを低く呟いた。
「……反乱の用意をしておくべきか」
「むっ……!?」
は、はんらん……!?
かちこちになってあわあわ硬直。助けを求めるように二人の侍従にぱっと視線を向けるけれど、どちらもにこやかに笑ったり苦笑したりで求めた反応はしてくれなかった。
「皇太子殿下が皇位継承するまで早くてあと数年です。フェリアル様の安全の為にも、数年程度は耐え忍ぶべきですよ」
「いざとなったら大公が何とかしてくれるんじゃないっすかね?」
「ふむ……それもそうか」
かなりとっても不敬な会話なのに。
どうやらあわあわ焦っているのは僕だけのようで、何だか少しだけ緊張が緩んだ。
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