275 / 423
【聖者の薔薇園-終幕】
310.本命(シモンside)
しおりを挟む壁際の影に潜んでいた時、不意に「シモン?そこに居るよね?」と名を呼ばれ心臓が大きく揺れる程驚いた。影の中にいる時に気配を悟られたことなんて一度も無いというのに。
皇宮に忍び込んだことがバレれば大問題だ、と柄にもなく体を強張らせて気が付いた。この声には聞き覚えがある。
「公子……?」
「やぁシモン。えぇっと、取り敢えず出ておいでよ。この辺りには私以外誰も居ないから」
彼の言葉通り、耳を澄ましても感覚を研ぎ澄ましても気配は彼以外感じない。安全を確認して恐る恐る、影からにょろっと実体を出す。
影をじーっと見つめるように立っていたのは案の定公子だった。影から脱皮するように現れた俺を見てぱちくり瞬いた後、きょとんと首を傾げる姿にサラッと問いを投げかける。
「公子。こんな所で一体何を?」
「いやあの……それ絶対私のセリフだと思うんだけれど……」
困惑した様子で眉を垂れ下げる公子。確かにこの状況で明らかに怪しいのは俺の方か。
それもそうですね、と適当に返事をすると公子は微かに苦笑した。無断で皇宮に忍び込んだ挙句影の中に隠れるという行動に出た意味、納得できる説明をしなければ騎士に突き出されてしまうかもしれない。そう思い首の後ろを誤魔化すように掻きながら問いに答えた。
「フェリアル様が心配で……せめて姿が僅かでも見える所に行こうかと……」
「フェリ?フェリが皇宮に来ているの?珍しいね」
珍しいとは言うが、それなら公子はどうして皇宮に来ていたのだろう。
大公と皇帝の仲があまり良くない影響で、大公家自体がそもそも皇族とあまり関わらないようにしているはずだが。
そんな考えが表情に出てしまっていたのか、公子が困ったように笑んで語った。
「私の方は……その、実は妙な噂を聞いてね。それを少し詳しく知りたくて。それからレナードと直接話がしたくて来たんだ。大公位継承の件で忙しくて、前触れも一切無く来てしまったけれど……」
「妙な噂?殿下と話がしたいって、珍しいですね」
噂の調査で来たということは、その噂を流した人間は皇宮内に居るのだろうか。
それに、アポ無しで来るほど殿下と話したい事の内容とは一体何なのだろう。気になって首を傾げた瞬間、不意に公子が何か重大なことを思い出したかのように目を見開いた。
「……待って。シモンさっき、皇宮にフェリが来ているって言ったよね?それはどうして?」
「え?えぇ来てますけど……皇帝陛下が、二年前の事件の功績でフェリアル様に褒美を与えるって」
「陛下?それじゃあフェリは今、陛下と会っているの?」
「まぁそうなりますね。あ、いや。正確に言えば陛下とフェリアル様と皇太子殿下の三人、ですけど」
なんで皇太子殿下まで居るのかは分かりませんけど、と笑い飛ばすように言ったところで気が付いた。公子がさーっと顔面蒼白して黙り込む様子に。
何となく不穏な空気にぐっと口を噤む。フリーズする公子に「あの……?」と小さく声を掛けると、公子は不穏な面持ちのまま低く呟いた。
「……さっき言った噂って、レナードとフェリの婚約についてなんだ」
「…………は?」
こんやく……婚約?フェリアル様と、殿下が?
そんなまさかと脳が否定する。
二人の恋愛沙汰についてはとっくに決着がついたはずだ。今世の殿下は変わった。まさか前世のように病んだ愛の価値観は持っていないはず。外堀を埋めて無理やり関係を持つなんて、前世と違い正しい愛情を持つ殿下がする所業とは思えない。
そんな噂、真実であるはずがない。だがだとすれば今回の呼び出しは一体何なんだ?こんな根も葉もない噂が流れている中、どうして陛下は配慮もせず……。
「まさか……」
噂は出鱈目だ。殿下もきっと関わっていない。だとすると、恐らくその噂の出処は陛下だ。皇太子殿下が表立って逆らえない人間を挙げるなら、それは皇帝陛下以外有り得ない。
「陛下が何か企んでいるんでしょうか……?」
「分からない……けど、もしかすると父上が言っていたのはこの事なのかもしれない」
「大公が何か言っていたんですか?」
「遠征に発つ前に……──」
『魔物の繁殖期でも無いってのに、このクソどうでもいいタイミングで合同遠征か』
『何か気になることでも?』
『……さぁな。それよりお前、俺が居ない間皇宮から目離すんじゃねぇぞ』
公子が語った大公との会話の内容。確かに聞いてみると、大公は遠征に発つ前から陛下を警戒していたように感じる。
大公は陛下の企みを予想していたのだろうか。
「父上の言葉が気になって、ここ数日皇宮内部を監視していたんだ。皇宮内で広まり始めた噂なんて、注視していなければ普段ならまだ気付いていなかったよ」
そうか、だから公子は珍しく皇宮に……。
大公が警戒する程となると、陛下の企みは余程の事なのかもしれない。今更考えても事は既に起こっているのだから手遅れだが、本当にフェリアル様を陛下の元へ行かせて良かったのだろうか。
今になって湧き上がる不安と疑心。皇帝という最高地位を持つ人間が、まさかフェリアル様に直接害を与えるような馬鹿な真似はしないだろうが……それでも不穏な予感が消えることはない。
「噂については既に父上に報告した。父上……と言うより公爵がかなりご立腹みたいでね……遠征の日程を内密に切り上げて、明日中には戻ってくるらしい」
「えー……陛下、大丈夫ですかね……?大公も公爵も暴走しませんか……?」
「……まぁ、全てはレナード次第だ。私もその為に皇宮へ来た。レナードが本気でフェリとの未来を考えていて、フェリもそれを受け入れたなら……外野がとやかく言う事は出来ないからね」
そう語る公子の瞳の奥に微かな哀感が籠っていることを察した瞬間、不意にすぐ傍で強い風が吹いた。
慌てて影の中へ潜り込む前に、強い風を纏って大きな体躯の男が現れた。
「残念ですが、たった今外野がとやかく言える出来事が起こってしまいましたよ」
「ギデオン……!?」
殿下の犬が何故ここに。というか普通に姿を見られてしまったが良いのだろうか。いや、いいか。この男は殿下が良いと言えば何でも良しにする男だ。
「シモン……と、これはこれはヴィアス公子。貴方も居ましたか」
「レナードの護衛騎士が何の用かな。主から離れてこんな場所まで来るなんて」
「その主の命令でしてね。そこの侍従だけ必要だったのですが……公子、もしやシモンではなく貴方が本命ですか?それなら話が変わるのですが」
「本命……?一体何の話を……」
まぁ、どちらでも構いませんが。
そう淡々と語ったギデオンが現れて早々に起こした二度目の風。それに強引に引き寄せられ、抵抗するより先に転移魔術が展開された。
373
あなたにおすすめの小説
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
シナリオ回避失敗して投獄された悪役令息は隊長様に抱かれました
無味無臭(不定期更新)
BL
悪役令嬢の道連れで従兄弟だった僕まで投獄されることになった。
前世持ちだが結局役に立たなかった。
そもそもシナリオに抗うなど無理なことだったのだ。
そんなことを思いながら収監された牢屋で眠りについた。
目を覚ますと僕は見知らぬ人に抱かれていた。
…あれ?
僕に風俗墜ちシナリオありましたっけ?
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。