余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓

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【聖者の薔薇園-終幕】

310.本命(シモンside)

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 壁際の影に潜んでいた時、不意に「シモン?そこに居るよね?」と名を呼ばれ心臓が大きく揺れる程驚いた。影の中にいる時に気配を悟られたことなんて一度も無いというのに。
 皇宮に忍び込んだことがバレれば大問題だ、と柄にもなく体を強張らせて気が付いた。この声には聞き覚えがある。


「公子……?」

「やぁシモン。えぇっと、取り敢えず出ておいでよ。この辺りには私以外誰も居ないから」


 彼の言葉通り、耳を澄ましても感覚を研ぎ澄ましても気配は彼以外感じない。安全を確認して恐る恐る、影からにょろっと実体を出す。
 影をじーっと見つめるように立っていたのは案の定公子だった。影から脱皮するように現れた俺を見てぱちくり瞬いた後、きょとんと首を傾げる姿にサラッと問いを投げかける。


「公子。こんな所で一体何を?」

「いやあの……それ絶対私のセリフだと思うんだけれど……」


 困惑した様子で眉を垂れ下げる公子。確かにこの状況で明らかに怪しいのは俺の方か。
 それもそうですね、と適当に返事をすると公子は微かに苦笑した。無断で皇宮に忍び込んだ挙句影の中に隠れるという行動に出た意味、納得できる説明をしなければ騎士に突き出されてしまうかもしれない。そう思い首の後ろを誤魔化すように掻きながら問いに答えた。


「フェリアル様が心配で……せめて姿が僅かでも見える所に行こうかと……」

「フェリ?フェリが皇宮に来ているの?珍しいね」


 珍しいとは言うが、それなら公子はどうして皇宮に来ていたのだろう。
 大公と皇帝の仲があまり良くない影響で、大公家自体がそもそも皇族とあまり関わらないようにしているはずだが。

 そんな考えが表情に出てしまっていたのか、公子が困ったように笑んで語った。


「私の方は……その、実は妙な噂を聞いてね。それを少し詳しく知りたくて。それからレナードと直接話がしたくて来たんだ。大公位継承の件で忙しくて、前触れも一切無く来てしまったけれど……」

「妙な噂?殿下と話がしたいって、珍しいですね」


 噂の調査で来たということは、その噂を流した人間は皇宮内に居るのだろうか。
 それに、アポ無しで来るほど殿下と話したい事の内容とは一体何なのだろう。気になって首を傾げた瞬間、不意に公子が何か重大なことを思い出したかのように目を見開いた。


「……待って。シモンさっき、皇宮にフェリが来ているって言ったよね?それはどうして?」

「え?えぇ来てますけど……皇帝陛下が、二年前の事件の功績でフェリアル様に褒美を与えるって」

「陛下?それじゃあフェリは今、陛下と会っているの?」

「まぁそうなりますね。あ、いや。正確に言えば陛下とフェリアル様と皇太子殿下の三人、ですけど」


 なんで皇太子殿下まで居るのかは分かりませんけど、と笑い飛ばすように言ったところで気が付いた。公子がさーっと顔面蒼白して黙り込む様子に。
 何となく不穏な空気にぐっと口を噤む。フリーズする公子に「あの……?」と小さく声を掛けると、公子は不穏な面持ちのまま低く呟いた。


「……さっき言った噂って、レナードとフェリの婚約についてなんだ」

「…………は?」


 こんやく……婚約?フェリアル様と、殿下が?

 そんなまさかと脳が否定する。
 二人の恋愛沙汰についてはとっくに決着がついたはずだ。今世の殿下は変わった。まさか前世のように病んだ愛の価値観は持っていないはず。外堀を埋めて無理やり関係を持つなんて、前世と違い正しい愛情を持つ殿下がする所業とは思えない。

 そんな噂、真実であるはずがない。だがだとすれば今回の呼び出しは一体何なんだ?こんな根も葉もない噂が流れている中、どうして陛下は配慮もせず……。


「まさか……」


 噂は出鱈目だ。殿下もきっと関わっていない。だとすると、恐らくその噂の出処は陛下だ。皇太子殿下が表立って逆らえない人間を挙げるなら、それは皇帝陛下以外有り得ない。


「陛下が何か企んでいるんでしょうか……?」

「分からない……けど、もしかすると父上が言っていたのはこの事なのかもしれない」

「大公が何か言っていたんですか?」

「遠征に発つ前に……──」




『魔物の繁殖期でも無いってのに、このクソどうでもいいタイミングで合同遠征か』

『何か気になることでも?』

『……さぁな。それよりお前、俺が居ない間皇宮から目離すんじゃねぇぞ』




 公子が語った大公との会話の内容。確かに聞いてみると、大公は遠征に発つ前から陛下を警戒していたように感じる。
 大公は陛下の企みを予想していたのだろうか。


「父上の言葉が気になって、ここ数日皇宮内部を監視していたんだ。皇宮内で広まり始めた噂なんて、注視していなければ普段ならまだ気付いていなかったよ」


 そうか、だから公子は珍しく皇宮に……。
 大公が警戒する程となると、陛下の企みは余程の事なのかもしれない。今更考えても事は既に起こっているのだから手遅れだが、本当にフェリアル様を陛下の元へ行かせて良かったのだろうか。
 今になって湧き上がる不安と疑心。皇帝という最高地位を持つ人間が、まさかフェリアル様に直接害を与えるような馬鹿な真似はしないだろうが……それでも不穏な予感が消えることはない。


「噂については既に父上に報告した。父上……と言うより公爵がかなりご立腹みたいでね……遠征の日程を内密に切り上げて、明日中には戻ってくるらしい」

「えー……陛下、大丈夫ですかね……?大公も公爵も暴走しませんか……?」

「……まぁ、全てはレナード次第だ。私もその為に皇宮へ来た。レナードが本気でフェリとの未来を考えていて、フェリもそれを受け入れたなら……外野がとやかく言う事は出来ないからね」


 そう語る公子の瞳の奥に微かな哀感が籠っていることを察した瞬間、不意にすぐ傍で強い風が吹いた。
 慌てて影の中へ潜り込む前に、強い風を纏って大きな体躯の男が現れた。


「残念ですが、たった今外野がとやかく言える出来事が起こってしまいましたよ」

「ギデオン……!?」


 殿下の犬が何故ここに。というか普通に姿を見られてしまったが良いのだろうか。いや、いいか。この男は殿下が良いと言えば何でも良しにする男だ。


「シモン……と、これはこれはヴィアス公子。貴方も居ましたか」

「レナードの護衛騎士が何の用かな。主から離れてこんな場所まで来るなんて」

「その主の命令でしてね。そこの侍従だけ必要だったのですが……公子、もしやシモンではなく貴方が本命ですか?それなら話が変わるのですが」

「本命……?一体何の話を……」


 まぁ、どちらでも構いませんが。
 そう淡々と語ったギデオンが現れて早々に起こした二度目の風。それに強引に引き寄せられ、抵抗するより先に転移魔術が展開された。
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