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【聖者の薔薇園-終幕】
311.好きな人に(シモンside)
しおりを挟むこれは一体どういうことなのか。
ギデオンの風によって転移した先。窓の外の風景から推測するに、ここは恐らく皇宮の裏側に面する部屋の中だ。その部屋の広いソファの上で、華奢な体の少年と長身の青年が何やら妖艶な空気を纏って抱き合っていた。
腕の中にすっぽりと収まる体。理解を拒否する思考を無理やり巡らせ、その小さな体の正体を知る。
「フェリアル様……?」
ふわふわの髪は汗ばんで乱れ、ふっくらとした頬は林檎の如く真っ赤に染まっている。
俺の声に反応してちらりとこちらを向いた瑠璃色の瞳は、いつもの無垢な色を失い艶やかに潤んでいた。
そんなフェリアル様をぎゅっと強く抱き締めているのは、ついさっきまで話題の中心にいた皇太子殿下だ。
よく見ると殿下は一切動くことなく硬直しており、歯を食いしばってフェリアル様の髪に顔を埋めている。まるで何かの誘惑に必死に耐えるように。
そしてその誘惑の答えが……今まさに目の前にある。
「ん、んー……たりない……たりないよぉ……」
かくかくとぎこちない動きで腰を揺らして、愛らしいそれを服越しに殿下の体に擦り付けるフェリアル様。視角だけでも殺されてしまいそうなくらい、あまりに衝撃と刺激が強過ぎる光景。
そんな光景を前に真っ先にしたことと言えば、声を上げる訳でも何でもなく、ただ強く鼻の付け根を抑えることだけだった。
一瞬で溜まった鼻血。こんな時なのに……いや、こんな時だからこそ、頭が手軽に狂ってしまったのかもしれない。室内に充満する甘ったるい匂いとその匂いの原因に気付いてしまえば、もう正気を保つことは出来なかった。
何故、フェリアル様がこんなことを。ふらふらと朦朧とする意識の中必死に考える。この状況への理解が全く追い付いていない。
どうして。どうして。
「ッ……シモン!!」
ぼんやりと突っ立ったままの俺を呼んだのは殿下だった。不意にソファからガタッと立ち上がったかと思うと、物凄い速さで近寄ってくる。
殿下に抱かれていたフェリアル様をひょいっと手渡され、何が何だかと困惑したままとにかく愛おしい主を腕の中にぎゅっと収めた。
ちらりと視線を落とす。忙しなく体をくねらせたり俺の体に擦り付けたりするフェリアル様の動きを間近で見た瞬間、零れそうだった鼻血も引っ込んで顔色がサッと青白く引いた。
違う。フェリアル様じゃない。この動きは、フェリアル様の意思じゃない。それに気が付いた瞬間、あまりに悍ましい感覚が胸の内にじわりと沸き立った。
「……殿下、これは一体……」
フェリアル様の意思じゃない。冷静な頭で考えてみると、ただそういうことをしただけではこれほどの乱れ方はしないはず。フェリアル様のこの艶美な乱れは、フェリアル様ではない誰かが無理やり引き起こしたものに違いない。
例えば、媚薬か何かを使って。
そう悟った瞬間、同じタイミングでその事実を察したらしい公子が物凄い形相で殿下の胸倉を掴み上げた。
「こんな卑劣な方法でフェリを手籠めにしようとしたのか!?」
「なッ、ちが、違います……!」
見たことも無い強い怒りの色。普段穏やかな公子がこれだけ激怒するのを見るのは初めてかもしれない。なんて、不思議なくらい冷静な頭が他人事みたいに考える。
殿下は胸倉を掴む手を苦し気な顔で離すと、少し切れた息を整えながら小さく震える声で答えた。
「私は何も、していません……父上が……父上が、フェリに媚薬を……」
いっそ泣きそうなくらい歪んだ顔。自己嫌悪やら後悔やらが滲んだ瞳は一瞬僅かに潤んで、殿下はそれを直ぐに袖で拭うと、気丈な表情を作って顔を上げた。
「……すみません、私はそろそろ戻ります。誰かに姿を見て貰わなければ、アリバイが作れない……既成事実が成立してしまうので」
既成事実。その言葉が生々しい程真っ直ぐに現状を突き付けてくる。
呆然とする俺と公子の横を足早に横切り、殿下はギデオンを連れて部屋を出て行ってしまった。
残されたのは何も出来ずに呆然とする俺と、俯く公子と、俺の腕の中で妖艶に動き甘ったるい声を漏らすフェリアル様。
どうやら殿下が言っていた『何もしていない』という言葉は真実らしい。性的なことを何か少しでもしていれば、今頃体内に籠った熱も多少は発散出来て症状も軽くなっているはず。
けれど見る限り、フェリアル様の艶やかな動きは刺激を増す一方だ。表情もかなり苦しそうで、必死に俺の体に熱の大元を擦り付けている。
「くるし……いたぃ、あついよぉ……」
苦しい。痛い。熱い。聞いているこちらが苦痛で心臓を締め付けてしまうくらい、それくらい切実な弱々しい声音。
何より愛おしい主が苦しんでいる。葛藤も理性も、その事実の前ではこれっぽちの抑制にもならなかった。フェリアル様が苦しんでいるなら、俺はその苦痛を癒す為に手段を選ばない。
フェリアル様が常に心穏やかに過ごせるよう努めるのが、俺の使命だから。
「……シモン」
無言でソファに向かって、そこにフェリアル様を横たわらせた俺を見て何を思ったのか。
背後から掛けられた小さな声に一瞬ピクリと肩を揺らしたが、それ以降も結局何も言わず黙々とフェリアル様の服に手を掛けた。
ボタンの前は既に全て外され羽織るだけになっていたブラウスを、優しく脱がせて綺麗に畳みテーブルへ置く。
フェリアル様がずっと気にして擦り付けていた下半身の付け根、熱の真ん中。そこを楽にしてあげる為に、細いベルトを取ってハーフパンツを脱がせようとした、その時。
不意に横からガシッと手首を掴まれ、色の無い表情のままゆらりと顔を上げた。
「本当にするの?するならするで、そういうことはフェリの好きな人に……」
「フェリアル様の好きな人って誰ですか」
葛藤が渦巻く金の瞳に問い掛ける。公子は驚いたように……ハッとしたように目を見開いて黙り込んだ。やっぱりそうなのだろう、彼はそんなことを言いながら、フェリアル様の想い人の正体を知らないのだ。
知らないのに、彼は今、時間稼ぎの為にそんな無駄な問いをした。その理由を察せないほど鈍感じゃない。
「流石に最後まではしないですよ。とにかく熱を外に出してあげないと。その手伝いだけするつもりです。誰も名乗りを上げないなら、俺が、するつもりですけど」
何せ、フェリアル様が手放しで信用して頼れる人間は俺だから。俺はフェリアル様にとって、そういう存在なのだから当然だ。
そんなことを思いながら視線を向けると、公子は数秒口を噤んで黙り込み、やがて強い意志を宿した瞳で語った。
「私が……私も、手伝うよ」
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