余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓

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【聖者の薔薇園-終幕】

313.兄の怒り(侍従セリーside)

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「……」


 トントンと絶え間なく響く音。我が主ディラン様が、いっそ悍ましいくらいの無表情でペン先を机に打ち鳴らし始めてから一体どれ程経ったろうか。

 皇太子殿下の護衛騎士を名乗る大柄な男が、突然公爵邸のディラン様の執務室に現れたのはつい先程。
 ディラン様の逆鱗である無二の末っ子、フェリアル様に関する重大過ぎる報告をして消え去るまで数十秒も無かったと記憶している。
 ただ、その簡潔な内容にはあまりに大きな爆弾が含まれていた。


「……セリー」

「はっ」


 不意にピタリと手を止めたディラン様は、徐にそのペンを放って静寂の中で黙り込んだ。
 かと思うと小さな溜め息を零し、感情の読めない無表情のまま何やら小さな箱を取り出す。箱の中に綺麗に仕分けされ保管されていた内一つの水晶を取り出すと、じーっと見つめて目を細めた。

 円形の小さな水晶に写っているのは、数年前の今より小さくて愛らしいフェリアル様の笑顔。
 こうして突然水晶を眺め始めるのは、ディラン様の心が実は乱れているという目に見えた証拠。無表情を保ってはいるが、胸の内は恐らく暴風雨の如く吹き荒れているに違いない。

 何せ例の騎士に報告されたのはフェリアル様の貞操の危機。
 あろうことか皇帝陛下がフェリアル様に媚薬を盛り、皇太子殿下との既成事実を作り出そうとしたという情報。

 無表情で冷静さを保っているように見えるディラン様の胸の内。実は想像もしたくない程に荒れているに違いない。
 水晶を眺めて少しばかり落ち着いて下さると良いのだが……と祈っていると、ディラン様は私への呼び掛けから数十秒後、ようやくゆらりと顔を上げた。


「皇帝に反感を抱いている貴族を集めろ」

「……と、言いますと……」


 ディラン様が水晶を丁寧に箱の中へ仕舞う。ガタッと静かに立ち上がったかと思うと、背面にある窓を向いて小さく呟いた。こちらには背を向けているので、どんな表情をしているかは分からない、そんな不穏な空気の中。


「帝国を治める者が暗君では民も心休まることは無いだろう。折角有能な後継者が居て、既に成人しているんだ。無能は優秀な者へ素直にその座を譲るべきだとは思わないか?」

「……仰る通りで」


 一応冷静に頷いてはみるが内心は心臓がドクドクだ。
 これはつまり反乱勢力を集めろということ。そもそもいくら公爵位の継承が確定しているとはいえ、ディラン様はまだ後継者に過ぎない。エーデルス公爵家の名で反乱行為など……とひたすら反論や言い訳を並べて不意に気が付いた。
 どちらにせよ同じではないか?きっと旦那様もディラン様と同じ決断をする。何たってこの家の中心はいつだって末のフェリアル様だから。フェリアル様に害を与えるような者はいつだって排除してきた。それは公爵……旦那様もずっと同じだった。

 それなら、今ディラン様を止めた所で何の意味もない。
 フェリアル様を心底愛して崇める者は当然ディラン様だけではないからだ。一人止めたところで、もう一人、二人と続々現れて制御が利かなくなってしまうことは想像に容易い。


「数年は待ってやるつもりだったが、状況が変わった。奴は一線を越えた」


 ディラン様が手を添えている窓枠部分がミシリと軋んだ音を立てる。どうしても、窓に映った主の表情を確認することが出来ない。
 鬼の形相、ではきっと片付けることが出来ない。それ以上の激情に苛まれた表情を浮かべているに違いない。だから、視線を上げたら終わりだ。


「エーデルス家は皇太子派に。面倒だが……皇帝派も中立派も全て此方側へ傾ける。奴の後ろ盾が全て消え去ったその時に絶望の底へ叩き落してやるのも悪くない」


 珍しく饒舌で何よりだが、ディラン様が饒舌なのは大抵静かに激怒している時だ。例外はフェリアル様と会話をなさっている時くらいだろうか。


「思い知らせてやる。エーデルス家が重い腰を上げれば、帝国の命運など簡単に手の内に出来るという事を」


 真っ黒な炎のオーラを纏うディラン様が背を向けているのを良いことに、軽く俯いてめそめそと涙を流す。完全に就職先を間違えた。こんな怖い所だと知っていれば侍従なんて立候補しなかったのに。
 やけに給料が良いと思ったらこういうことだったのか。今からでも辞められるか?と考えてみたが、普通に裏で口封じに殺されてしまうだろうなと観念した。

 と言うより、仮に本当に反乱が起こるとしても、正直皇帝に寝返るよりこっちに居た方が数倍安全そうだ。
 ぶっちゃけてしまうが、ディラン様が負けるような未来が全く想像できない。精々ディラン様の正面で無様に土下座する皇帝の姿が思い浮かぶ程度だ。
 なんて下らない姿を想像して虚無に浸っていると、不意に廊下から慌ただしい足音が聞こえてハッとした。振り返ると同時にノックも無しに駆け込んできた使用人は、荒れる息をそのままにディラン様へ向かって叫ぶ。


「ディラン様!たった今裏口にっ、フェリアル様を乗せた馬車が……!」


 使用人が言葉を最後まで紡ぎ終える前に部屋を出て行くディラン様。慌ててその後を追い裏口から外へ出ると、そこには思わず目を塞ぎたくなるような光景があった。
 それはグロいとかそういうことではなく、色々な意味でということで。



「フェリ……?」



 呆然と呟くディラン様の呼びかけに応えるように、汗ばんだ髪を額に張り付けた彼が薄ら目を開けた。
 纏っていたはずの服は全てシモンさんが持っており、全裸に柔らかな布と妖艶な雰囲気を纏ったフェリアル様を何故かヴィアス家の公子が抱えている。そんな異様な状況にハテナを浮かべることもなく、ディラン様はただフェリアル様だけに視線を向けてよろよろと歩み寄った。


「フェリ……まさか……」


 公子がフェリアル様を優しく差し出すと、ディラン様はぐったり朦朧とする弟を腕の中に抱えて目を見開く。足側の布を軽く剥いで中を覗いたかと思うと、突然わなわなと震え始め公子を睨み付けた。



「見たのですか……?」

「え、見たって……」

「フェリの初めてを……精通を、見たのですね……!」



 そこじゃねーだろ!というツッコミは不敬なので必死に吞み込んだ。
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