278 / 423
【聖者の薔薇園-終幕】
313.兄の怒り(侍従セリーside)
しおりを挟む「……」
トントンと絶え間なく響く音。我が主ディラン様が、いっそ悍ましいくらいの無表情でペン先を机に打ち鳴らし始めてから一体どれ程経ったろうか。
皇太子殿下の護衛騎士を名乗る大柄な男が、突然公爵邸のディラン様の執務室に現れたのはつい先程。
ディラン様の逆鱗である無二の末っ子、フェリアル様に関する重大過ぎる報告をして消え去るまで数十秒も無かったと記憶している。
ただ、その簡潔な内容にはあまりに大きな爆弾が含まれていた。
「……セリー」
「はっ」
不意にピタリと手を止めたディラン様は、徐にそのペンを放って静寂の中で黙り込んだ。
かと思うと小さな溜め息を零し、感情の読めない無表情のまま何やら小さな箱を取り出す。箱の中に綺麗に仕分けされ保管されていた内一つの水晶を取り出すと、じーっと見つめて目を細めた。
円形の小さな水晶に写っているのは、数年前の今より小さくて愛らしいフェリアル様の笑顔。
こうして突然水晶を眺め始めるのは、ディラン様の心が実は乱れているという目に見えた証拠。無表情を保ってはいるが、胸の内は恐らく暴風雨の如く吹き荒れているに違いない。
何せ例の騎士に報告されたのはフェリアル様の貞操の危機。
あろうことか皇帝陛下がフェリアル様に媚薬を盛り、皇太子殿下との既成事実を作り出そうとしたという情報。
無表情で冷静さを保っているように見えるディラン様の胸の内。実は想像もしたくない程に荒れているに違いない。
水晶を眺めて少しばかり落ち着いて下さると良いのだが……と祈っていると、ディラン様は私への呼び掛けから数十秒後、ようやくゆらりと顔を上げた。
「皇帝に反感を抱いている貴族を集めろ」
「……と、言いますと……」
ディラン様が水晶を丁寧に箱の中へ仕舞う。ガタッと静かに立ち上がったかと思うと、背面にある窓を向いて小さく呟いた。こちらには背を向けているので、どんな表情をしているかは分からない、そんな不穏な空気の中。
「帝国を治める者が暗君では民も心休まることは無いだろう。折角有能な後継者が居て、既に成人しているんだ。無能は優秀な者へ素直にその座を譲るべきだとは思わないか?」
「……仰る通りで」
一応冷静に頷いてはみるが内心は心臓がドクドクだ。
これはつまり反乱勢力を集めろということ。そもそもいくら公爵位の継承が確定しているとはいえ、ディラン様はまだ後継者に過ぎない。エーデルス公爵家の名で反乱行為など……とひたすら反論や言い訳を並べて不意に気が付いた。
どちらにせよ同じではないか?きっと旦那様もディラン様と同じ決断をする。何たってこの家の中心はいつだって末のフェリアル様だから。フェリアル様に害を与えるような者はいつだって排除してきた。それは公爵……旦那様もずっと同じだった。
それなら、今ディラン様を止めた所で何の意味もない。
フェリアル様を心底愛して崇める者は当然ディラン様だけではないからだ。一人止めたところで、もう一人、二人と続々現れて制御が利かなくなってしまうことは想像に容易い。
「数年は待ってやるつもりだったが、状況が変わった。奴は一線を越えた」
ディラン様が手を添えている窓枠部分がミシリと軋んだ音を立てる。どうしても、窓に映った主の表情を確認することが出来ない。
鬼の形相、ではきっと片付けることが出来ない。それ以上の激情に苛まれた表情を浮かべているに違いない。だから、視線を上げたら終わりだ。
「エーデルス家は皇太子派に。面倒だが……皇帝派も中立派も全て此方側へ傾ける。奴の後ろ盾が全て消え去ったその時に絶望の底へ叩き落してやるのも悪くない」
珍しく饒舌で何よりだが、ディラン様が饒舌なのは大抵静かに激怒している時だ。例外はフェリアル様と会話をなさっている時くらいだろうか。
「思い知らせてやる。エーデルス家が重い腰を上げれば、帝国の命運など簡単に手の内に出来るという事を」
真っ黒な炎のオーラを纏うディラン様が背を向けているのを良いことに、軽く俯いてめそめそと涙を流す。完全に就職先を間違えた。こんな怖い所だと知っていれば侍従なんて立候補しなかったのに。
やけに給料が良いと思ったらこういうことだったのか。今からでも辞められるか?と考えてみたが、普通に裏で口封じに殺されてしまうだろうなと観念した。
と言うより、仮に本当に反乱が起こるとしても、正直皇帝に寝返るよりこっちに居た方が数倍安全そうだ。
ぶっちゃけてしまうが、ディラン様が負けるような未来が全く想像できない。精々ディラン様の正面で無様に土下座する皇帝の姿が思い浮かぶ程度だ。
なんて下らない姿を想像して虚無に浸っていると、不意に廊下から慌ただしい足音が聞こえてハッとした。振り返ると同時にノックも無しに駆け込んできた使用人は、荒れる息をそのままにディラン様へ向かって叫ぶ。
「ディラン様!たった今裏口にっ、フェリアル様を乗せた馬車が……!」
使用人が言葉を最後まで紡ぎ終える前に部屋を出て行くディラン様。慌ててその後を追い裏口から外へ出ると、そこには思わず目を塞ぎたくなるような光景があった。
それはグロいとかそういうことではなく、色々な意味でということで。
「フェリ……?」
呆然と呟くディラン様の呼びかけに応えるように、汗ばんだ髪を額に張り付けた彼が薄ら目を開けた。
纏っていたはずの服は全てシモンさんが持っており、全裸に柔らかな布と妖艶な雰囲気を纏ったフェリアル様を何故かヴィアス家の公子が抱えている。そんな異様な状況にハテナを浮かべることもなく、ディラン様はただフェリアル様だけに視線を向けてよろよろと歩み寄った。
「フェリ……まさか……」
公子がフェリアル様を優しく差し出すと、ディラン様はぐったり朦朧とする弟を腕の中に抱えて目を見開く。足側の布を軽く剥いで中を覗いたかと思うと、突然わなわなと震え始め公子を睨み付けた。
「見たのですか……?」
「え、見たって……」
「フェリの初めてを……精通を、見たのですね……!」
そこじゃねーだろ!というツッコミは不敬なので必死に吞み込んだ。
478
あなたにおすすめの小説
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!一肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。