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【聖者の薔薇園-終幕】
321.ぱっぱ(シモンside)
しおりを挟む「あっ、そういえば、ガイゼル様が居られるということは遠征は終わったのですか?」
「おせぇよ。まぁそうだ、俺だけじゃなく父上も帰ってきたぜ。あと何故か大公も付いてきやがったぜ」
よかったよかった。皆さん無事に戻って来られたようで何より……って、本当に何故大公まで。
ばぶフェリアル様にぺちっぺちっと叩かれながら首を傾げる。百歩譲って第一の団長兼フェリアル様の伯父であるミシェル様が来るならともかく、普通に他人である大公が来る意味とは。
しかしまぁ、考えてみれば流れは何となく想像出来る。共に遠征をしていたということはフェリアル様が媚薬に犯されたという事に関する報告も耳にしただろうし、まるで本当の父のようにフェリアル様を可愛がる大公なら、実の息子に会うより先にフェリアル様の元へ訪れても何らおかしくはない。
それにしたって過保護甘やかしが強過ぎるような気もするが……と自分を棚に上げた思考を巡らせていると、ガイゼル様がふと呆れたように溜め息を吐いて呟いた。
「一旦大公城に戻ってから帝都に来るとなると時間が掛かり過ぎるからな。公爵家経由でそのまま皇宮へ向かうらしい。何をするつもりなのかは知らん」
「皇宮に……」
フェリアル様に関する報告を聞いた大公が、滅多に足を運ばない皇宮へ訪れて何かをするとなると……。
ゆらりと浮かび上がった癇に障るクソ皇帝の笑顔。それが赤く血に濡れる光景を無意識に想像し、気まずく眉を下げながら取り敢えず黙禱しておいた。
「……皇帝陛下のご無事を祈っておきます」
「すげぇ棒読みだなオイ」
ガイゼル様の呆れ声が聞こえた直後、ふと頬をぺちっと叩かれむにーっと伸ばされたことでへにゃあっと頬を緩めた。ゆるゆるの顔で見下ろすと、そこにはぶぅぶぅとご機嫌斜めなばぶフェリアル様の姿が。
天使様なのかな?と心がほくほく温まるのを感じながらぷにぷにおててを堪能。むにっと伸びるのが新感覚で楽しいのだろうか。
「あぶぅ、うーうっ、やっ!」
「うーん?やっですか?」
「やっ。ぶぅ!んーっ、あぶっ!」
侍従レベルはとっくにカンストしたかと思っていたがどうやら俺はまだまだのようらしい。
超絶きゃわわなばぶフェリアル様のばぶ語が全く理解出来ない。かろうじて可愛すぎることだけは分かる。
ただのいやいや期なのか、それとも本当に何かお気に召さないものがあるのか……。はてどちらだろうかと首を傾げていた時、不意にガイゼル様が何かに気が付いたようにフェリアル様を指さした。
「なぁ、下りたいんじゃねぇか?さっきから暴れてっし、離せって言ってるしよ」
「え?離せって言ってました?俺には『しもんだいすき』と全身で叫んでくれているようにしか見えないのですが……」
「お前のめでたい頭だとそんなアホみてぇな誤解もするだろうよ。良いからさっさと下ろしてみろ馬鹿」
めでたい頭とは失礼な。俺は常に理知的に思考を巡らせているというのに。
なんて茶番は置いといて、ばぶフェリアル様のご機嫌の為にも取り敢えずそーっとそーっと小さな体を床に下ろしてみる。大丈夫かな、怪我しないかなそわそわ……。
ハイハイの姿勢でぴたっと床に張り付いたばぶフェリアル様は、やがて不思議そうに床のラグをぺちぺち叩いて「ぶぅ?」と首を傾げた。超絶可愛い天使。
よちよち、ぺたぺた。そんな擬音が聞こえてきそうなハイハイを始めるばぶフェリアル様。そんな小さな体でしっかり前に進めるだなんて、流石俺のフェリアル様は天才すぎてしんどい。
数歩進むうちにハイハイが楽しくなってきたのか、ばぶフェリアル様は「あーぅ!」とにっこにこで床を進み始めた。進行方向にある家具やら小物やらを事前に退かしつつフェリアル様のハイハイをじーっと見つめる。なにそのぺたぺたした動き……大天使様なのかな?
「あぅ!あーうっ!」
「おいっ、チビが部屋出ちまうぞ!いいのか!?」
「今邪魔したらきっと泣いちゃいますよ。ここは好きに進ませた方が良いかと」
楽しそうに進んでいくフェリアル様はやがて開いた扉をこえて廊下へ。フェリアル様の大冒険……これは偉大な記録として冒険記に記した方が良いのでは?とかなり本気で考えていると、不意に廊下の奥から二つの人影がものすごい速さで近付いてきた。
一人はフェリアル様の面影がある邸の主、もう一人はフェリアル様を異常なまでに可愛がる北部の主だ。
「フェリアル!」
特にこちらの主の……公爵、旦那様の表情が焦りに満ちて何だか忙しない。
周囲が若干見えていない様子で走ってくるものだから、慌ててフェリアル様の前に出て両腕をばっと広げた。ちっちゃな天使に気付かず踏んでしまうなどという恐ろしい可能性を排除する為に。
真剣な面持ちで待てをする俺を見て只事ではないと察したのか、お二人は進む速度を少しだけ遅くしてそろりと近寄ってきた。
数秒もせず目の前まで辿り着いたお二人。何事?と首を傾げた彼らが、床でちょこまか動き回る天使に気が付くまでもそう時間は掛からなかった。
「あぶっ!うーう!う!」
「……ん?」
「……あ?」
きゃっきゃと楽しそうにハイハイをするフェリアル様。
喜ぶなり混乱するなり何なりするかと思われた二人だったが、初めの咄嗟の行動はただただ困惑に包まれたものだった。
ばぶフェリアル様をじっと見下ろして数秒、いや数十秒。ふと俺にちらりと視線を寄越したお二人が、圧のある目線だけで『説明しやがれ』と命じてくる。それにはいはいと頷いて、さっきガイゼル様にしたようにサラッとかくかくしかじか説明を済ませた。
するとお二人はやがてこくりと頷き、淡々とグリードの処分を後回しにする旨を呟いた後同時にフェリアル様の元へ。
ばぶばぶとハイハイするフェリアル様をふと徐に抱き上げたのは公爵。何やら感極まった表情を浮かべたかと思うと、フェリアル様に対して泣きそうな程震えた声で嬉しそうに声を掛けた。
「フェリアル。フェリ。パパだぞ、ほら、パパ」
「う……?」
「パパ。パーパ、って言ってごらん」
冷血漢と謳われる公爵の威厳はどこに行ってしまったのか。
ゆるゆるの表情でへにゃあと笑い、公爵はパパだよーと繰り返しながらフェリアル様をゆらゆらあやす。どうやら感情がほぼゼロに近かった末っ子の感情豊かな赤ん坊時代を見た喜びで、若干頭がゆるゆるっとおかしくなってしまったらしい。
確かに人形のようだった赤ん坊時代の我が子が今になって感情豊かな姿を見せて来れば、誰だってそうなるものなのかもしれないと納得した。
さて、そんな感極まった公爵に当のフェリアル様は一体何を返すのか……。ドキドキで眺めていると、やがてフェリアル様がぬんっと動き出した。かわいい。
「ぶぅっ!ぶぅ!」
「フェッ、フェリアルッ!?フェリ!?パパだぞ!?」
ぶぅぶぅ!と完全拒否のぷにぷにビンタを食らう公爵。あまりに憐れだ。可哀想。
超絶嫌そうに眉を顰めて公爵を押しのけるフェリアル様。可愛いが、少しばかり容赦が無い。
そんな二人の姿を眺めて何を思ったのか、沈黙を貫いていた大公が不意に動き出した。
公爵をぶっ叩くフェリアル様のふくふくほっぺをつんつん。不思議そうに振り返ったフェリアル様が、大公の顔を視界に入れて何やら大きく目を見開いた。
「あぅ……うー?」
ぶぅぶぅ完全拒否ビンタを中断するフェリアル様。ちっちゃな指をはむはむしながら大公を見つめ、やがてきゃっきゃと天使の笑顔を浮かべながら衝撃の言葉を放った。
「ぱ、っぱ!ぱぁ、っぱ!」
ぱぁぱ。ぱぱ。それを聞いた公爵、許容範囲外のダメージを受けたのか白目を剥いて撃沈。あまりに哀れで見ていられない。
倒れた公爵の代わりに大公が上機嫌でフェリアル様を抱っこする。
人に抱かれると確実にぶぅぶぅビンタを繰り出すばぶフェリアル様は、たった今初めてそれをすることなく嬉しそうに腕の中に収まった。
「おう、パパだぞ。フェリアルは偉いなぁ?ちゃんとパパが誰か分かるんだもんな?」
「ぱっぱ!ぱぁ、ぱっ!」
戦場の鬼と呼ばれる威圧感溢れる覇気は何処にいったのか。大公はゆるゆるに緩んだ顔でばぶフェリアル様を抱き上げ、ぷにぷにほっぺにスリスリと頬擦りし始めた。
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