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【聖者の薔薇園-終幕】
325.手本(フレデリックside)
しおりを挟む皇帝と大公の関係は険悪である。
皇帝即位の年からこれまで飽きるほど耳にした噂は、最早誰もが知る暗黙の常識となっていた。
皇位継承も秒読みと言われていた俺を差し置いて跡目に収まった第二皇子。それが現皇帝であり弟でもあるエルンスト。
奴は価値観やら性格やらに大分難のある奴だったが、如何せん外面が良すぎた。仮面だけ見れば、息子であるレナードと瓜二つと言えるほど似ている。血は争えないとはよく言ったものだ。
中々難しい奴だが、確かに『賢帝』と呼ぶに相応しい手腕はあった。とは言え、それはあまりに大きすぎる犠牲の上で出来た呼び名だ。
エルンストは平民以下の民には目を向けなかった。いや、平民にはある程度の飴は与えていたが、それより下の人間には一切の恵みを与えなかったのだ。
主な犠牲がスラム街。元々スラム街に目を向ける平民以上の民が少ない為に、話題に上がることが滅多にない。エルンストはその残酷な事実を上手く利用した。
奴はスラム街を完全な無法地帯にしてしまった。手に余る貧民や犯罪者が全てスラム街に集うように仕向け、表向き帝国全体の治安を向上させた。
そんなエルンストの策略の産物で有名な例を挙げるなら、一時期帝都を騒がせていた『帝国の闇』と呼ばれる暗殺者。無差別ではなく必要悪の任務のみをする暗殺者であったことが不幸中の幸いか。
ともかく、皇帝としては結果的に成功した奴だが、人間としてを問われれば評価は真逆になるだろう。
あれが妻を迎え子を成した時など、表向きは祝ったが内心は焦燥しかなかった。あの馬鹿が父親になれるはずがないとよく思ったものだ。
そして厄介なことに、その焦燥と不安は見事に的中した。
たった今隣で震えている甥を見て思い知る。やはりあの馬鹿は『父親』にはなれなかったらしい。
「……ここへ来たのは、フェリの件で……ですか」
罪悪の色を瞳に滲ませる甥。痛々しい姿を見て微かに目を細めた。
父の罪は子の罪、とでも思っているのだろうか。全て背負いたがる悪い癖を持つ甥を軽く小突いて、馬鹿な懺悔に囚われるレナードを連れ戻す。
不安で眉を下げる姿に一つ溜め息を吐いた。
「あぁ、その件で愚弟に会いに来た。軽くぶちのめす程度にしようと思ってたんだがな、それも止めだ。お前に会っちまったからな」
「私に……?一体、どうして……」
「甥っ子泣かせた馬鹿を殺る分で二倍ぶちのめすからに決まってんだろうが。軽い拷問だけじゃ済まねぇよ」
言うだけ吐き捨てて立ち上がる。微かに息を呑んだレナードはすぐにぐっと表情を戻し、本心を隠すように強気で声を上げた。
「何か誤解しているようですが、別に泣いていませんから」
「ハイハイ、そんな照れんなって。フェリアルには内緒にしてやっからよ」
「なっ……!本当に泣いていませんから!」
目元を真っ赤にしているくせに強気に叫ぶレナード。揶揄った時のライネスにそっくりで思わず吹き出した。兄弟ではないとはいえ、やはり従兄弟だ。こういうところは本当に良く似ている。
レナードは昔から大人ぶった賢い奴だった。俺からしちゃあまだまだ甘いガキでしかないが、周囲のプレッシャーなんてクソ面倒なものを背負うには幼過ぎる年齢だったはずだ。
幼いレナードを救えず、結果的にここまで拗れた人間にしてしまった罪は俺にもある。エルンストに物申せる者は自分しか居なかっただろうに、俺は何も出来なかった。
珍しく罪悪感だなんて負の感情が湧き上がる。弱々しいレナードの姿を見てしまえば更に。
「っ、伯父上……?」
徐にレナードを抱き寄せる。柄にもねぇ事をしているのは分かっちゃいるが、体が勝手に動いてしまったのだから仕方ない。
「……あー、これ真面目な話な。別に泣きたきゃ泣けばいい。泣くのは悪い事じゃねぇし、弱い事でもねぇよ。俺だってそりゃあもう号泣すっからな、定期的に」
「……。……それ、嘘でしょう」
「嘘じゃねぇって。マジマジ。ライネスにドン引きされるくらい泣くぞ」
「絶対嘘じゃないですか」
レナードが吹き出す。父親に似た仮面とは違う、本当の笑顔だ。何となく安堵が胸の内に広がって、また柄にもなく頬が緩んだ。
成人しようが親の目から見りゃガキはガキ。ライネス同様、レナードも当然ガキに変わりない。
やがて笑顔が崩れ涙で溢れた瞳を見ても、それから目を逸らして見なかったフリをするくらいのことは簡単に出来る。
「……お願いします、伯父上」
結局俯いて泣き顔を隠すレナードに苦笑する。まずは泣き顔を他人に晒せるくらいの自信を持たせる所からだな。
だがまぁ、他人同然の伯父である俺に頼み事が出来るならギリギリ及第点。これでもまだまだだが……今はまだ目を瞑ってやろう。
「分かってる。今回の件、後は俺に任せておけ。父親のご尊顔が多少崩れるかもしれないが構わねぇか?」
「……何だって構いません。伯父上の好きなようにして下さい」
手本を見せてくれと、そう語るレナードの表情は数分前と大きく変化し、何かが吹っ切れたように晴れていた。
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