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フェリアル・エーデルス
332.ドキドキとお疲れさまの飴
しおりを挟む聳え立つ大公城。
初めて訪れた時の恐々しい雰囲気は薄くなり、明るい空気が城全体を覆っている。城の主であるパパが目覚めて活気が戻ったこともあるのだろう、改めて前世と大きく違う点を発見して嬉しくなった。
そういえば、ライネスの運命も大分変化した。家族は皆健在だし、体を蝕む呪いも完全に解けた。望んだハッピーエンドが確かに訪れたと言って良いのではないだろうか。
そんなことを思いながらるんるん気分で城門を抜ける。大公城の威厳を分かりやすく象徴したような大きな噴水を横切ると、これまたおっきな扉が鎮座した正面玄関前に辿り着いた。
「はッ!!フェリアルさまあぁぁー!!」
ずらーっと並んでいた使用人の列をそわそわ挨拶しながら抜けると、玄関からそろりそろりと出てきた見覚えのある従者がクワッ!と目を見開いて走ってきた。
なにごと!とびっくりしながら立ち止まる。癖っ毛を振り乱しながら走ってきた彼は、感極まった様子でズササーッと土下座の姿勢を作り目の前に滑り込んだ。
「お待ちしてたっす!このシャルルッ、この日をどれほど待ち望んだことかッ、うぅッ……!」
「シャルル、どーどー」
とりあえず落ち着いてもらうためにどーどーと背中を撫でる。
お久しぶりに再会したライネスの侍従、シャルルに向き合い眉を下げた。
「どうしたの?シャルル、疲れてる……?」
「それはもう!あの鬼……コホンッ、ライネス様がとんでもない量の仕事を押し付けやがり下さいまして!もう過労死寸前っすよ!助けてくださいっすフェリアル様ぁ!」
おっきな隈の上で血走った目を見開くシャルル。ちょっぴり怖くて後退ると、シモンが後ろからむぎゅっと抱き締めてよしよししてくれた。
「怖いですよシャルルさん。フェリアル様が震えてしまうので、その化け物みたいな形相を爽やかにしてから出直して下さい」
「化け物って!化け物ってェ!!」
フォローにしては辛辣すぎるシモンの言葉。案の定うおーんと泣き喚くシャルルをはわわ……と困り顔で見下ろす。シャルルは昔から憐れな人だ……。
周囲で列を作る使用人たちも、笑顔を貼り付けながら困ったような様子を隠し切れていない。とにかくシャルルをよしよししながらどうしたものかと考えていると、不意に玄関の扉が開かれた。
「何してんだお前ら」
呆れ顔で現れたのはパパと大公妃さま。
お揃いの深紅と漆黒が基調とされた服。黒い扇子を閉じた大公妃さまが一歩前に出て、蹲るシャルルとそれを見つめる僕を見下ろし目を細めた。
「……何事かしら」
たった一言。短いその言葉に空気が一瞬で張り詰めた。
静寂が広がる中、大公妃様がぴしゃっと硬直する僕に視線を移す。感情の読めない怒り顔にすら見える表情を向けられ、涙目になる僕の正面に静かに近付いた。
とん、と頭に乗せられる大公妃さまの手のひら。その優しい仕草にきょとんとしながら顔を上げると、そこにはほんのり微笑を含んだ大公妃さまの綺麗なお顔が。
無表情か仏頂面がデフォルトの大公妃さまの微笑み。さっきとは別の意味で硬直する僕の頭をなでなですると、大公妃さまは女性にしては少し低い落ち着いた声音を紡いだ。
「久々ねフェリちゃん。最後に会ったのは二年以上前だったかしら。会える日を楽しみにしていたわ」
涙目からほろりと雫が零れる。脆くなっていた涙腺が優しい声を聞いて完全に崩れ、ぽろぽろと涙を溢れさせた。
慌てて目元をごしごし拭って顔を上げる。大公妃さまにふにゃあと緩んだ笑顔を向けて「僕も会いたかったです」と掠れた声で返した。
ほくほくと感動の再会を果たす僕と大公妃さまの傍で、パパとシャルルもふと動き出す。呆れ顔のパパにシャルルが無理やり立たされる様子を横目で見てぎょっと目を見開いた。
シャルルの目元にある大きな隈を間近で見てしまったらしい。パパがびっくりした様子で「うおっ!」と声を上げた。
「何だその隈、気持ち悪」
「シンプルな反応が一番傷付くんすけど!!」
ばっちぃとでも言いたげにシャルルから不快そうな顔で手を離すパパ。相変わらず容赦が無い。
「お前そんな顔だったか?最近見ないと思ったら急に老けたな」
「七日も仕事で部屋に籠り切りでしたからね!そりゃあかつての美貌も衰えるってもんですよねぇ!」
「七日徹夜だった割には冗談が上手いな」
冗談じゃねぇーっすよ!とやつれた顔で叫ぶシャルル。パパはそんなシャルルから興味を失ったように顔を逸らし、嬉しそうな笑みを浮かべて僕の元に駆け寄ってきた。
「待ってたぞフェリアル。さぁ来い、パパが抱っこしてやる」
「……ちょっと、最初は私よ。私がフェリちゃんを抱っこするのよ」
「あ?何だアグネス、あんま可愛いこと言ってっとお前も一緒に抱っこすんぞ」
無表情をかぁっと真っ赤にする大公妃さま。
さらっと見せつけられたラブラブに圧倒されているのは僕だけみたいで、周囲の使用人たちは『またかー』みたいなのほほんとした表情で頷いていた。
二人が貴族にしては珍しい恋愛結婚をした、お似合いの夫婦であることはもちろん知っていた。けれど、こうして実際にラブラブを見ることはあまり無い。
ドキドキしながら二人のやり取りを見つめていると、我に返ったらしい大公妃さまがスンと表情を元に戻して「……馬鹿ね」とパパに言い捨てた。お耳の紅潮が隠し切れていないですよ大公妃さま、むふむふ。
「……いい加減中へ入るわよ、北部の冷風に晒されてフェリちゃんが風邪を引いてはいけないわ」
踵を返して城内に入っていく大公妃さまを慌てて追いかける。
その時一瞬チラリと見えた、パパの大公妃さまを見つめる熱の籠った視線。思わずぴたっと立ち止まると、ばたんするシャルルを枝でツンツンして遊んでいたシモンが不思議そうに尋ねてきた。
「どうしました?フェリアル様」
「……うぅん」
紅潮する顔を俯いて隠す。さっきのパパの表情がライネスに重なって見えてドキドキした、なんて。そんなこと恥ずかしくてシモンにも素直に言うことが出来ない。
ドキドキを誤魔化すように駆け出した直後、ふと「あっ」と思い出して踵を返した。
とたとたと駆け寄るのはぐったりするシャルルの目の前。
カバンからガサゴソと小瓶を取り出し、中に入っていた飴をひとつシャルルの手のひらの上へ。隈の目立つ瞳を驚いたように見開いたシャルルがこちらに視線を向ける。それにふにゃりと微笑みを返してよしよしと頭を撫でてあげた。
「お疲れさまの飴たべて、元気になって」
とっても疲れている様子だったから、とりあえずお仕事お疲れ様の飴だけ渡しておこう。
ふと考えた行動を実行に移しただけだったのに、シャルルが思いのほか強い感動を示して涙を流し始めたのであわあわしてしまった。
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