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フェリアル・エーデルス
344.射止めるのは、(後半ライネスside)
しおりを挟む目の前には今日何度目かの呆れ顔を浮かべるパパ。その正面に正座する僕とライネス。ソファには安らかな表情でぐーすかすぴーするシモン。
どうして正座を……とちょっぴり不満を抱きながらぷくっと頬を膨らませていると、ずっと黙り込んでいたパパが溜め息をひとつ吐いて口を開いた。
「あー……何だ。取り敢えず、刺客に襲われた訳じゃねぇんだな?」
「違うよ!ライネスとシモンが具合悪そうだったから、お助けを呼んだだけ」
パパの言葉にびっくりしてぶんぶんっと首を振りながら反論する。ライネスとシモンを救出するために助けを呼んだだけなのに、どうしてこんなにも大事になっているのだろう。
僕が「たすけてー!」と喚きながらパパの元へ駆け込んだのがまずかったのだろうか。
確かにあの時のパパの顔はとっても怖かった。「シモンが!ライネスが!」と叫んだ時、執務室の壁にかかっていたお高そうな剣を手に取る姿はまるで鬼のようで……思い出したら体が震える。がくがくぶるぶる。
でも、シモンを抱えて脱衣所から出てきた、元気な様子のライネスを見た時のパパの表情……あの心底安堵したような表情は、思い出す度不思議なくらいに胸があったかくなる。
パパの心臓に悪いことを無意識にしてしまったわけだけれど、あの表情だけは見ることが出来てよかった。うむ。いや、元はと言えば僕のせいなのだけれど……。
「はぁ……久々にビビっただろうが、このチビ助」
「ちびじゃな……っ!」
ちびとは何事か。ふんすふんすと息巻いて反論しようとしたその時、パパが床に膝をついてバッと抱き締めてきた。僕だけじゃなく、僕の隣にいたライネスも一緒にぎゅうっと。
ライネスの息を吞む気配。ぴしっと固まる僕達を強く抱き締めたパパは、俯いて表情を隠したままいつもの声音で呟いた。
「……まぁ無事なら何でも良い」
ぎゅっとされたのはほんの数秒。パパはわしゃわしゃと僕とライネスの髪を撫でると、そのまま背を向けて扉へ向かった。
かと思うと「あ」と何かを思い出したかのように振り返るパパ。その視線がこちらに向けられていることに気付いてはて?と首を傾げると、パパはニヤッと何やら面白がるような笑みを一瞬浮かべて僕を手招いた。
「フェリアル、お前は来い。美味いチーズケーキ食わせてやるよ」
「ち、ちっ、チーズケーキ!」
素敵な響きに目ん玉キラキラ。お顔もキラキラ。
わーい!と万歳しながら立ち上がり、何の疑いもせずパパの元へとたとた。はやく食べようはやくはやくっと急かす僕に「はいはい落ち着け」と苦笑を零して、パパは僕の手を引きゆったりと歩き出した。
* * *
空気を読まれた。その気配を直ぐに察知した。フェリの手を引いて部屋を出る直前、父上から向けられた意味深な視線と笑みを思い出しそれを確信する。
チーズケーキでフェリを釣るなどなんて姑息な。そんな手を使われたらフェリを引き留める手段など無に等しい。きっと私とチーズケーキを天秤にかけても五分五分の結果となるだろうに……。
フェリに余計なことを吹き込まないといいが……そんな心配を抱きつつも、父上を止めることなど出来ないので大人しく諦めることに。
取り敢えず、さっきから此方の様子を窺っている彼をどうにかしなければ。
「……シモン、どうせ起きているんでしょ?話があるんだけれど、少し良いかな」
尋ねながら振り返る。丁度寝そべっていた体を起こすところだったらしい。のそりと起き上がるシモンを見据えて再び問いを投げかけた。
「どうして私にフェリの湯浴みを譲ったの?積極的にフェリの肌を他人に見せようとするなんて……君らしくない」
フェリ至上主義のシモンにしては、あの行動はフェリの意思を一切問わない強引なものだった。絶対にシモンも付いてくるとばかり思っていたのに、あの時の判断は全くの想定外。
それに何より……シモンが耳元で呟いたあの言葉。
『いい加減フェリアル様を焦らさないであげて下さい』
あの意味深な言葉。あれは一体何だったのか。私がフェリを焦らしている……?どちらかというと逆だろう。私の方がいつもフェリに焦れったさを感じているというのに。
都合の良いように解釈してしまいそうな甘い言葉も、きっとフェリにとっては単なる世間話という認識でしかないはず。ぎゅっと抱き締め合う時だって、歩くときに手を繋ぐ時だって、下心を懸命に隠しながら胸を高鳴らせているのは私だけ。
フェリに焦らされる日々。だからこそ、シモンの言葉がやけに強く引っかかった。
「……俺はいつも通り、フェリアル様の為だけを想って判断したまでですよ。本当に俺の行動の意味が理解出来ないんですか?」
返された言葉に口を噤む。まるで私の理解力の程度の低さに呆れているような、そんな声音と表情に息を吞んだ。
「誤解しないで下さいね。本来であれば、俺以外にフェリアル様の裸を見た人間なんて即刻殺してやるところです。それを俺は、俺の意思で貴方に許して差し上げたんですよ」
ここまで言えば分かるだろうとでも言いたげな雰囲気。それに困り果てて眉を下げた。マズい、本当に分からない……。
そんな私の思考を察したのか、更に呆れ顔を深めるシモン。よく分からないけれど、何だか申し訳なくなってきた。シモンが分かりづらいのか私が鈍いのかどちらなのだろう。いや、少なくともここまで真意の読めない言葉を私に聞かせるのはシモンだけだ。
とにかく何か。何か返さなければ。益々深まっていく呆れ顔を前に焦りが湧き、咄嗟に思い浮かんだ言葉を口にした。
「えぇっと……私の恋を応援してくれている、とか……」
「は?もしそうなら貴方だけ贔屓なんてしませんし、とっくにフェリアル様は皇太子殿下とご婚約なさっているでしょうね」
「ですよねぇ」
混乱しておかしなことを口にしてしまった。シモンがフェリを狙う人間の恋を応援なんてするはずないのに。寧ろ全力で殺しにくるだろうに。本当におかしなことを言ってしまった。
反射的に肯定しながら再び考え込む。ではどういうことなのだろうか。なぜシモンは私にだけこれほどのチャンスを与えようとするのだろうか。
考えても考えても結論が浮かばない。汗を掻くほど思考を巡らせる私に気付いたシモンが、やがて仕方なさそうに溜め息を吐いて小さく語った。
「……もういいです。取り敢えず、仕方ないのでこれだけは伝えておきます」
「……?」
私に伝えたいこととは一体?首を傾げると、シモンがほんの少し拗ねたような、妬いたような、不貞腐れた表情で低く呟いた。
「貴方に協力するのは今夜の祭りが最後です。貴方が救いようのないヘタレだった場合、この先のフェリアル様の憂いを考慮して俺が奪ってしまいますので」
「……え?」
奪う?奪うって……私から?一体何を……?
この口ぶりからして、恐らく忠告の類だろう。
きっと重要な内容であるに違いないその言葉。それすら上手く理解出来ず困惑する私を置いてシモンがササッと立ち上がる。
「シ、シモン?」
「あんなことやこんなことをしておいて、最後すらヘタレるような男に俺のフェリアル様は渡せません。精々腹を括っておくことですね!」
まるで捨て台詞のような怒涛の言葉。吐き捨てたシモンがさっさと部屋を出て行くのを見送り、呆然とその場に座り込む。
シモンの言葉を全て脳内で繰り返しながら、少し頭を冷やしてもう一度その言葉たちの意味を考えることに。冷静なシモンがあれだけ熱く語っていたのだから、絶対に私にとってもフェリにとっても重要な内容であるはずだ。
「今夜の、祭り……」
フェリが楽しみしていた花火が上がる、今夜の祭り。
どうしてだろう。その祭りで大事な何かが決まるような、一世一代の決断が強いられるような。そんな大きな予感が、確実に胸の内を支配していくような感覚が確かにあった。
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