余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓

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フェリアル・エーデルス

387.未来

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 魔力の集合体は大抵が精霊である。
 身近な例を挙げるなら、それこそミアとか。誕生した精霊は主を求めて彷徨い、得た主が亡くなれば同時に消滅する。
 つまり、魔力の集合体とは未練そのもの。

 現世に何か遺したくても遺せなかったものがある者が、魔力の集合体を無意識に生んでしまうことが稀にある。
 そしてそれは、未練を果たすと大抵消える。

 これを教えてくれたのはグリードだった。
 様々な種族が混じって暮らす隣国では、精霊の存在も一般的に広まっていて、この知識も基本誰でも知っているレベルなのだとか。
 だからあの時、誰よりも早く気がついた。ユウマがただの猫ではなく、魔力の集合体であることに。

 隣国では、未練から生まれた魔力の集合体には無闇に触れないという暗黙の了解があるらしい。
 未練を果たして消えるのだから、引き止めてはならない。ただ黙って、未練をなくした者のこれからを祈る。
 そういう習わしがあったから、あんな行動に出た。あの時は混乱して怒鳴ってしまったけれど、あとから聞けば納得だ。
 グリードにはきちんとごめんなさいをして反省した。あの時グリードが止めてくれなければ、僕はずっとユウマを抱き締めて離せなかっただろうから。

 そして今。説明を聞いて話してを続けて、ようやく少しは冷静さを取り戻した頃。
 グリードとシモンは空気を読むみたいにそそくさと馬車を出て行き、中には僕とライネスだけが残った。心配だから公爵邸までついていくと言ったライネスの膝の上で、ちょこんと座って鼻を啜る。


「フェリ、少し落ち着いた?」


 ぽんぽんと頭を撫でられてこくりと頷いた。
 散々泣いたせいで真っ赤に腫れた目元を、ライネスが痛々しいものを見るように歪んだ顔で優しく撫でる。痛みはないから大丈夫だよと言っても「大丈夫には見えないから」と触れる手を止めない。
 本当に真剣そうな、心配そうな声と表情。それを見ると締め付けられていた心が緩んで、ふわふわと優しい安堵に包まれた。


「……ライネス。ぎゅ」


 今は何だか離れがたくて、膝の上で体の向きをくるりと変える。むぎゅ、と隙間なく抱きつくと、小さい呻き声の後にぎゅーっと強く抱き締め返された。


「やっぱり何かあったんでしょ?フェリがあんなに泣くなんて。ユウマと、何があったの……?」


 ユウマ、という名前がライネスの口から出たことに少し息を呑む。強ばった体を早々に解いて、答えに数秒迷った。
 迷った末に、隠すのはやめようと判断した。

 今はもう、僕はこの世界の人達と同じ。前世の記憶を少しだけ持って生まれた平凡な人間なのだ。なにか役を持っているわけでも、特別な人間でもなんでもない。
 未来に起こることなんて何も知らない、明日という日を毎日新鮮な感覚で待ち侘びる、ただの人間なのだから。


「……あのね、僕ね、大嫌いな人がいたの」


 不意にぽつりと語った言葉に、ライネスは心底驚いたように目を見開いた。
 無理もない。大嫌いな人なんて、突然そんな話を聞いてしまえば反応に困るだろう。気分を悪くさせてしまうかも。
 しまうかも、しれないけれど……それでも、今はどうか聞いて欲しい。他でもない、大好きなライネスに。


「僕は、その人のことが大嫌いで、いなくなっちゃえって思ってたの。そしたらある時ね、本当にいなくなっちゃったの」


 これまでのおよそ百回の人生でしてきた我慢をやめて、ふと本音を零した日。
 大嫌いな彼は最後まで僕への愛を叫んで、そして消えてしまった。消えた後も未練を遺すなんて、やっぱり彼は普通じゃない。
 普通じゃない存在なのだから、ある意味当然のことなのかもしれないけれど。

 彼が消えたことに僕はほっとして、もう何も考えないようにしようと無意識のうちに決意した。
 それが、僕の愛を欲した彼への復讐になるんじゃないかって、きっと心のどこかで思っていたのだ。
 そのうち僕の中から彼の存在が風化して、過去になることを望んだ。そうすれば復讐も出来るし、僕の心も楽になる。そう思って。そう思っていたけれど……。


「でもね、僕、わかっちゃったの」


 体が震える。それを察したらしいライネスが僕を抱き締める力をぎゅっと強めた。まるで、消えそうなそれを引き止めるみたいに。
 ついさっきの僕みたいに。


「何もなかったら、何をする気にもなれなかったけど……僕にはその人がいたから、生きようって思った。大嫌いな人が、僕の大好きな人を傷つけようとしたから、それを止めたくて……」


 何もない僕には、シナリオが全てだった。
 それがあったから、毎日目的を持って生きられた。大好きな人を守るために、大好きな人の家族を、幸せな未来を守るために。

 けれど、もう彼はいない。
 大嫌いで恨めしい、そんな彼はもうどこにもいない。僕の未来はもう不透明だ。その先の危機を避けようにも、未来が分からないのだからどうしようもない。
 今をただ、全力で生きるしかないのだ。


「っ、でも!そいつが居なかったら、フェリはそもそも何も無い人生なんて過ごさなくて済んだんじゃない……?」


 ぎゅうっと抱き締めてくるライネス。一応伏せて話していたのに、どうやら普通に悟られていたらしい。
 でも、そうか。僕がこんなにも嫌う存在なんて、考えれば一人しかいないのだから直ぐに分かる。


「……そうだね。でも、それもわからないよ。彼がいなかったら、普通の人生だったかもしれないけど……だからって、大好きな人に会える幸せな人生とは限らない」


 息を呑む気配に眉を下げて微笑む。
 これはもうパラドックスの一種になってしまうかも。それでも、可能性は同じくらいだろう。

 例えば彼がいることによって生まれた目的で、僕はライネスに出会う分岐を選べた。目的と先の記憶が無ければ、きっとライネスの家族を守ることは出来なかった。
 そうしたら、もしかすると今頃ライネスは一人ぼっちになって、僕は兄様達と平凡で幸福な人生を歩んでいたかもしれない。
 僕は、大好きな人の何でもない存在になっていたかもしれない。

 それを考え始めてしまうと、途端に大嫌いな彼の存在が大きく感じてしまう。


「大好きな人と会えたのも、今の幸せな人生も、あの人がいたからって考えたら……ぼく……」


 縋り付くように抱き締める。ライネスはそんな僕を絶対に離さないとばかりに受け止めて、優しく背中を撫でてくれた。


「僕、怖いの……もうあの人はいないのに、これからちゃんと、正しい人生を選べるかなぁ……」


 未来を何も知らないことが、こんなにも恐ろしいなんて。

 ごく普通のことだ。誰だって未来を知らない。けれど、僕は今まである程度を知っている状態で生きてきたから。
 何も知らないこの先の人生が突然怖くなった。
 大好きな人はすぐ傍にいるのに。


「……フェリ、人生ってそういうものだよ。だから私はいつだってフェリが心配で、会える時に会って、伝えられるときに気持ちを伝えようって思ったんだ」


 ふとライネスが呟く。その言葉に耳を澄ませて黙り込むと、心まで全部包み込むみたいにぎゅうっと抱き締められた。
 肩に頭を埋められて、長い黒髪が頬に触れて。その擽ったさを心地よく感じ始めたのは、いつからだったろう。


「何が起こるか分からないから、大切に生きるんだ。そうしたら、大好きな子から聞く言葉も全部、特別なものに思えるんだよ」


 もしかしたら、今だけの幸せかも。いつ何があるかなんて誰にも分からない。そんなことは、みんな承知の上で……。


「だから私も、大好きな子に伝える言葉はいつでも大切に言おうって決めてるんだ」


 ライネスが柔らかく微笑む。紡がれた言葉は、何故かいつものそれよりも心に響いた。


「フェリ。愛してるよ」

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