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55,暗躍と黒猫の幕間
しおりを挟む「申し訳ない、フレンセンには迷惑をかけた……まさか公爵家に直接手を出すとは」
本当に迷惑極まりない。
そう気が済むまで詰りたい気持ちはあるが、グッと堪えた。
皇帝の執務室。父上と並んで腰かけたソファの向かいには、疲弊した様子の陛下がぐったりと座り込んでいた。
無理もない。皇室は代々、近衛騎士団に翻弄されてきた歴史がある。
現皇帝の陛下もまた、今代の近衛騎士団に手を焼いている最中なのだ。
とはいえ皇族の継承争いを主導してきた近衛騎士団が、まさか外部の公爵家まで巻き込むとは思っていなかったはずだ。陛下の言葉は理解出来る。
しかし、結果として公爵家が……私のシルが巻き込まれたことは覆しようのない忌々しい事実。
陛下には、その責任を負ってもらわなくては。
「謝罪は結構。今すぐにシルビオの容疑を陛下の口から否定していただきたい。公爵家が第一に求める事はそれだけです」
父上が淡々と語ると、陛下は「それはもちろんだ」と深く頷いた。
静かに事の成り行きを窺っていた皇子二人に視線を移した陛下が「構わないな」と言うと、どちらも当然のように応えた。
「寧ろこちらからお願いしたいくらいですよ、父上。というか私、シーちゃんの件なんにも知らなかったんですから。当事者だというのに変な立場ですよねぇ」
「……てめぇが近衛の奴らを抑え込めていたら起こらなかった事だろうがよ、この役立たずクソ兄貴」
「は?そもそもお前が不安定な基盤のくせにシーちゃんに関わったのが原因でしょ。無鉄砲な愚弟のせいでお兄ちゃんほんと困っちゃう」
「あぁッ?」
「あーあーまた怒った。短気な男とか絶対シーちゃんに見合わないから直した方がいいよ」
くだらない兄弟喧嘩をする皇子たちとそれを慌てて窘める陛下を横目に、改めて父上と向き直った。
「父上、これでシルの容疑は晴れますよね?」
「当然だ。そもそもシルビオは何もしていないのだから容疑も何もない」
あっさりと断言する父上を見て「その通りですね」と笑みを零した。
父上と合流したのはつい先程。陛下に謁見を求める道中で運よく鉢合わせたわけだが、これなら私が話をつけるよりも早く事が進みそうだ。
壁際で話を見守っていた侯爵へ、陛下が暗殺未遂の件を取り消すよう指示する。その様子を見て、シルの件はこれで無事に解決しそうだとひとまず安堵の息を吐いた。
しかし、問題はこれで終わりではない。
「陛下。失礼ですが、今回のような事が二度と起こらないと皇室として断言出来ますか」
堪らず口を挟む。
父上がそれを聞いて目を細め、陛下は瞳を揺らした。皇太子殿下と第二皇子も口を閉ざす。どうやら皆、私の言わんとしていることは理解しているらしい。
私のような公爵位も継いでいない若造が出しゃばることではないが、だからといって許容も出来ない問題だ。
「近衛騎士団の腐敗した組織体制は代々疑問視されてきた事です。こうして外部の貴族すら巻き込むほど暴走し始めている今、皇室には改革を起こす責任があるはずだ」
皇室は代々、近衛騎士団の勝手に辟易しつつもそれを黙認してきた。
なぜなら厄介だからだ。貴族出身の騎士で構成された近衛騎士団は、設立当初から皇家の継承争いを影で支配してきた。
近衛騎士団の忠誠を得た者が次代の皇帝となる。
それは今や暗黙の了解となった。しかし、この状態は極めて危うい。絶対的な力を持つはずの皇家が、貴族の立場よりも下になりかねない。
だからこそ、この歪んだ均衡はそろそろ正すべきだ。そして、その絶好の機会が今まさにこの瞬間にある。
「……貴族を陥れる事は重罪。それが公爵家の令息ともなると、極刑を言い渡されてもおかしくない。そうですよね、陛下」
含みのあるセリフを吐くと、陛下は真意を察した様子で頷いた。
「あぁ、その通りだ。皇室は少々内部の膿を放置し過ぎたらしい」
陛下からしても今が一番良いタイミングだろう。
執行という形ではない、単に“公爵令息を陥れた重罪人を裁く”という名目で近衛騎士団に梃を入れられるのだから。
「オリヴィエ、ルーカルト。しばらく近衛は使い物にならなくなるやもしれん。脅威が増える可能性があるが……」
陛下が眉尻を下げて振り返った先には、普段通りの余裕そうな皇子たちが居た。
「冗談はやめてくださいよ父上。近衛が使い物にならないのは今に始まったことじゃないでしょう」
「何でもいいからあんな欠陥組織さっさとぶっ潰そうぜ」
やれやれと首を振る皇太子殿下に、面倒くさそうに顔を顰める第二皇子。
これは陛下が毎日隈を作って会議に現れるわけだ……と、揃って問題児の兄弟を見据えてため息を吐いた。
***
「ミャアァァッ!」
す、すごい……。
稀に見ないレベルの威嚇だ……。
「ミュー、お願いだから唸らないでぇ」
騎士団基地、団長である侯爵の執務室。
さっきよりは大人しくなったものの、一向にディーターへの威嚇をやめないミューを僕は必死に抱え込んでいた。
たぶん猫の本能的な相性の問題なんだろうけれど、それはそれとして他人様に不快感を与えないのは飼い主の立派な義務である。
これ以上ディーターを不快にするわけにはいかない。そう思ってなんとかミューを落ち着かせようとしているのだが、結果は見ての通りだ。
ディーターは正義の象徴である騎士の卵で、僕とも優しく接してくれるいい人だ。それなのに、どうしてミューはこんなにもディーターを嫌うのか。
「ミュー?ディーターはね、すごくいい人なんだよ。僕みたいなちんちくりんとも、ふつうに接してくれるすばらしい人柄の持ち主なんだよ。だからね」
「ミャアァァア!!」
「き、聞いちゃいねぇ……」
これぞ猫。これこそ猫である。
飼い主の焦燥なんて知ったこっちゃない。自分以外の全ては下僕であると言わんばかりの横暴っぷり。これぞ猫という生き物である。
悟った僕はチーンと諦観を纏い、心の中でディーターに土下座した。
ごめんねディーター。こういうポンコツな飼い主がいるから猫飼いが度々白い目で見られるんだよね。猫が悪いんじゃない、悪いのは人間なんだよね。
「ディーター、ほんとにごめんね……あの、あのね、ほんと、ミューは誰にでもこんな感じなんですよ。べつに、ディーターだけ嫌ってるわけじゃなくってですね」
言い訳とかじゃなくて。ほんと、言い訳とかじゃないんです。
必殺『うちの子はいつもこんな感じですよ?誰にでも失礼なんですよ?だから逆に誰にでも平等に懐っこいんです、逆にね?』を発動して様子を窺う。
しかし、ディーターの表情は一向に変化しない。ずっと無表情である。まるで人形を相手にしているみたい……なんて、似たような印象をもう何度も抱いている気がするな。
ディーターは人間味がない。まるで感情のない人形みたいに。
父親であるクレッセン侯爵とはまったく似ていない。なんの感情も宿さない深淵みたいな瞳にちょっぴりゾッとする。
……って、僕の馬鹿!
そんなこと思うなんて、ディーターに失礼だ。僕は慌てて失礼な考えを振り払って、ディーターにニッコリと笑顔を向けた。
「そ、そうだディーター。ディーターは、兄様とお話したことあるの?たしか、兄様とは同い年……だったよね?」
あれ?一つ上だっけ?下だっけ?いや、同い年だったよな?
相変わらずポンコツな頭で考えながらも、もう聞いちゃったしこのまま話進めちゃえ、と適当な感じで答えを待つ。
妙な沈黙が数秒流れた後、ディーターはようやく口を開いた。
「………………知らない」
「あ、さいですか……」
めっちゃくちゃ興味なさそうな顔と声だったので、僕ったらちょっぴり放心してしまった。
そ、そんなことある?そんな、ガチで興味なさそうな顔して、ガチで興味なさそうな返事することある?
一応コレ、会話のキャッチボールなんですけども。
僕が意気揚々とボールを投げて、それをサラッとシカトされて、視界の隅で黙々とあやとり始められた、みたいなカオスな虚無展開でびっくり仰天である。
「……シルビオ以外、興味ない」
脳内に宇宙とアホ面の猫が発生する中、ふとディーターが呟いた。
そのセリフを聞いて息を呑む。な、なんだ、急にトキメキ発言を繰り出してくれちゃって。
も、もしやこれがファンサってやつ!?とドキドキしていると、ディーターは真っ黒だった瞳を微かに煌かせ、僕の方へずいっと身を乗り出した。
「シルビオのこと、知りたい」
「……へ。僕の、こと?」
予想外のセリフに瞬く。
今までのコミュニケーションって、割と僕がペラペラ喋って空気を保つことが多かった。ご機嫌伺いが大好きな前世の国民性が、無意識にそうしていたのだと思う。
そういうわけなので、自分について詳しく喋ろうとする経験がなかった。だから今の質問は、なんだか珍しく感じて驚いてしまったのだ。
「へ、へぇ。ぼっ、ぼくの、僕のなにが知りたいの……?」
聞き慣れているけど聞かれ慣れてはいないため、客観的に見てもかなりキモい返答をしてしまった。
どこのエロオヤジだよ、という感じの返答にツッコむ様子はなく、ディーターは至って冷静な顔で答えた。
「シルビオは、何が好き?」
無難な質問だ。ディーターは考えが読めない感じがするから、もっと捻った問いをしてくる可能性も考えていたけれど。
僕は張っていた肩から力を抜いて、そうだなぁと腕を組んだ。
「うーん……食べものなら、チョコとか?物なら、かわいいぬいぐるみとか、もふもふのクッションとか。遊びなら、お絵かきとかかなぁ?」
改めて言葉にしてみて気付いた。
いや、お子様すぎるだろう……。
まぁお子様なんだけども。でも一応中身は大人に近いわけなんだからさ、もっと大人っぽいクールなことも言っておこうよ、と内なる僕が呆れ声を上げる。
しかし相手はクールなディーター。僕のお子様っぷりを嘲笑することもなく、真面目な顔でコクリと頷いた。
「わかった」
「……」
わかったって、なにが……?
数分後、みんなが戻ってくるまでの間。
話は終わったとばかりにスンと黙り込むディーターの向かいで、僕は困惑顔を浮かべつつミューを撫で続けた。
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