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8,初恋と黒猫
しおりを挟むゴゴゴゴゴォ!と暴風雪が吹き荒れるかのごとく、兄様は強力な魔力を前面に押し出して怒り狂っていた。
冷たい氷魔法の魔力が外に放り出されて、兄様の足元の草花たちが凍り始めてしまっている。
ピキピキッと高い音を立てて氷漬けにされる花々。こんな状況だが綺麗だなぁ……なんて呑気に考えてしまった。
「に、兄様?なぜ怒っておられるのです……?」
「あぁ可愛いシル、お前には何一つ怒っていないからね。全ては身の程を弁えずシルの心を奪った、この駄犬が悪いのだから」
僕の心を奪った??
凍てついた笑顔を貼り付けたまま、兄様は漏れ出ていた魔力を氷柱状に尖らせてその矛先をエリルに向けた。
真っ青な顔のエリル。何が何だか分からんが、とりあえずエリルの命が脅かされているのだけはわかった。脅かしているのは何故か兄様なのだが。
「ダメです兄様!エリルになにをするつもりですかっ!」
「シルビオ様!どうか何も仰らず……ッ!」
兄様に向けてバッ!と両腕を広げ、自分を盾にするように背後にエリルを匿う。だが懸命に守ろうとする僕とは裏腹に、エリルはめちゃくちゃ必死の形相で言い放った。
何も言うな黙ってろ!ということだろうか。酷いぞエリル、守ってあげようと思っただけなのに……くすんっ。
弱っちいちゃらんぽらんに守られるのはプライドが許さないのだろう。けどそんなこと言ってる場合か?兄様に命を狙われてるんだぞ、ていうかなんで狙われてんの??
強い意志を湛えた目で兄様を睨むと、ようやく少し参ったのか冷たい魔力が揺らいだ。ふるっと震えて、何だか動揺したような揺れ方で魔力が動く。
兄様が「シルが……私を睨んだ……?」と絶望を表情に浮かべた。
うっ……と決意が揺らいでしまったがなんとか持ち直す。悪いけど、何もしてない、何も悪くないエリルに何かしようものなら普通に怒るぞ。
シュルシュルッと体内に戻るように魔力が兄様の中に吸い込まれる。
冷たい空気が無くなって、さっきまでの暖かい温度が戻ってきたことに安堵の息を吐いた。
よかった……兄様の氷が病弱な僕の体に刺さって魔力暴走が!とか厨二ちっくなこと考えてたけどそんなこと無かった。
某雪の女王みたいになるのを恐れてたが、心配要らなかったみたいだな。
「……ふむ」
そうは言ってもちょっとばかし確認を……と自分の体を見下ろす。
ちっこく細っこい体をぺちぺち両手で触るが、異変はどこにもない。発作の前兆もない。よかったよかった。
「シル!どうしたの、体が痛むの!?」
「あ、いえ。寒いと魔力暴走が起きやすいから、だいじょぶかなーと確認していただけです。全然平気そうなので安心してください、むしろなんだかさっきより体が軽いような……」
弱い体に寒さはキツいらしく、更に僕の体調はダウンしやすい。
そこで力が抜けた僕の体内では、魔力を受け止める器も弱々しくダウンしてしまう……そのため魔力暴走が起きやすいのだ。
それなのに今は全く弱くなった感じがしない。むしろ話した通り、ちょっとばかし元気になった気がする。
兄様は僕の言葉に「あぁ」と微笑を湛えて、僕の髪をふわりと撫でた。
「私の魔力とシルの魔力は、血縁なだけあって相性がいいからね。私の魔力を受けると、シルは体内で荒れる魔力を自然に鎮めてしまえるんだ」
「わぁっ!すごいです兄様!ありがとうございます!」
そんなこともあるのか!ぱぁっと表情を輝かせてお礼を言うと、兄様は優しい笑顔に、ほんの少しだけ悲しそうな色を宿らせた。
「……シルが元気になるなら、私の魔力なんていくらでも与えるのに」
ぽつりと吐かれたその呟きに、僕の笑顔も引き攣ったものになる。
……兄様の言いたいことは分かる。
僕が長く生きられないのは、荒ぶる強大な魔力を自分で鎮めることが出来ないからだ。魔力が荒れる度に体内では大きな影響を受け、内臓にも損傷が出る。
魔力は持ち主が体内に宿らせる最大の力であり、だからこそ最も体に影響を与えやすい。
他人の魔力を流し込んで、暴走した魔力を無理やり抑えることは可能だ。けれど結局はその場しのぎ。永遠に抑えることは出来ない。
それは抑えるだけの処置であって、治す処置では無いのだ。
「……兄様、僕は兄様がだいすきです」
「そう。それはそこの駄犬より?」
「…………はい?」
ふと零れた言葉。
はっとしたがそのままにする。大好きって言ったらいつも兄様喜んでくれるし。
と思ったが、今日はなぜか反応が違う。
そこの駄犬って……?
「……あの、もしかして、エリルのことですか……?」
兄様が指さす方向に居るのはエリルだけだ。
「そこの駄犬、エリルって言うんだね。まぁどうせもう消すし、名前を覚える必要なんてないけど」
「はい……はい?消す?」
「そうだよ可愛いシル。本当に愛らしいね、大丈夫、初恋なんて偽物だよ。直ぐに忘れてしまう一時の勘違いだから、重く抱え込むことはないからね」
「へ、初恋?」
な、なんのこっちゃ!?
***
「こ、告白ぅ!?僕がエリルに!?」
びっくり仰天、なんとこの世界は同性愛が当然の常識だった!異性愛と同性愛の比率はざっくり計算して5:5で、貴族にも同性の夫婦さんが数多く居るのだとか。
そしてもう一つ。この世界では、好きな相手に告白する時に花を渡すのが定石らしい。
受け取ってもらえたら、恋が成就した証なんだって。
というわけで、僕のさっきの行動は傍から見るとエリルへの告白に映ってしまったわけだ。そんでもって兄様のブラコンが暴走したと。
そういや冷静になって考えてみると、発言とかまんま告ってたわ。
本気だから!とか嘘じゃないから!とか。
いやはや、全体的に言葉が足りなかったかー。
「あのっ、ごめんね!僕知らなくて……お花は感謝を伝えるためのプレゼントのつもりだったの。いつも守ってくれてありがとうの気持ち」
「そ、そうでしたか、これは早とちりを」
「ううん!知らなかったとはいえ、誤解させるようなこと言ってごめんね?嫌だったよね、僕なんかに告白されたとか思っちゃって……」
「いえそれだけは有り得ません!う、うれし──」
「──駄犬くん?」
「はっ!なんでもございませんッ!」
ふにゃっと微笑むエリルの肩を、背後から兄様がガシリと掴む。
柔い笑顔で掴んでるようだが、力はものすごく強そう。なんかエリルの肩ミシミシいってるけど大丈夫?
途端に青ざめるエリルの顔。青ざめてばっかりだけど具合悪くならないのかな。
ていうか兄様、いつまでエリルのこと駄犬くんって呼ぶつもりなんだろう……エリルのこと嫌いなのか?
「兄様、そんな呼び方いけませんよ。エリルはエリルです、ちゃんと名前を覚えてあげてください!」
ぷんすかぷんすか。
頬を膨らませて兄様に訴えると、何故か兄様は「かわいいッ」と胸を抑えて苦しみ出した。この家マジで心臓弱いやつ多すぎだろ。
仁王立ち、腰に両手を当て割と本気で怒っているのに、まるで幼子を宥めるような手つきでよしよしと撫でられる。舐めてんのか。
あぁーでも兄様のなでなで気持ちー。許すー。
「分かってるよシル。駄犬はエリルだよね、ちゃんと覚えてるから。うん、忘れようがないくらい脳内に残り続けるだろうから。安心してね?」
「なんだ!それならよかったです!」
忘れようが無いくらいって、めちゃくちゃエリルのこと気に入ってるじゃんか兄様!
なんだよそれならそうと言ってくれればいいのに。
「あ、安心出来ない……」
何やらエリルが超小さい声でボソッと呟いたが、残念ながら小さすぎて全然聞こえなかった。
聞き返しても掠れた笑いではぐらかされる。なんだよぅー教えてくれたっていいじゃんかよぅー。
ぷくっとする僕に、兄様はめちゃくちゃいい笑顔でふと手を伸べてくる。
きょとんと首を傾げると「うっ」という呻き声を上げながらも笑顔を維持して口を開いた。大丈夫?なんか辛そうだけど。
「そろそろ戻ろうかシル、あまり外に長居しすぎるのも体に良くない。兄様が抱っこしてあげようか?」
「大丈夫です兄様!僕はしっかりものなので自分の足できちんと歩けるのです!えっへん」
「か、かわっ……コホンッ。そうだね、シルは賢いから抱っこなんてしなくても歩けるもんね」
「そうですっ!僕はもうお兄さんだから!」
「ふふっ、可愛いお兄さんだなぁ」
兄様の機嫌がありえんほどいい。超ルンルン気分なのが目に見えて分かる。スキップしそうな勢いだ。
えっへんとカッコつけてみたはいいが、結局疲れて抱っこされるのがオチだろうから期待はしないで欲しい。
でもそんな結果になっても兄様は全然呆れたりする様子がないんだよな……いや、もちろん呆れてても兄様ならそんな本音も上手く隠すだろうけど。
手をぎゅっと繋いで歩く僕達。
その後ろを静かに着いてくる護衛……特にエリルが、さっきから妙に息を殺したり気配を消したりしている。
露骨に殺したり消したりしすぎて逆に目立っていることに気付いていないのだろうか。
「あっ、兄様まって!」
「ん、どうしたのシル?」
若干後ろに視線を向けてエリルを眺めていると、視界の端に何かが横切った。思わず繋いでいた手に力を込めて立ち止まる。
兄様が驚いたように声を掛けてきたけど、僕はすっと手を離して走った。走らないと、さっき横切ったあの影には追い付けない。
「シル!?」
心配そうに、驚愕したように叫ぶ兄様。その声に立ち止まってしまいそうな足を叱咤して走る。
あの影に追い付かなければ。なぜか、そんな焦燥が脳を支配するのだ。
黒い影。速度が速くて、歩いて追い掛けたらきっと捕まえられない。
だってあれは……あの動物は。
「つかまえたっ!」
野球でのスライディングのごとく……といってもカッコよく足から行くやつじゃなくて頭から行くやつな、それをやってバタンッと倒れ込む。
その時に上半身に力を入れていて良かった。下敷きになったこの子を潰してしまうところだった。
「よしよし、ケガはないね」
やっぱり走ってきてよかった。
もう少し先を行くと薔薇園だから、もし薔薇園にこの子が突っ込んでいたら棘が刺さって大変なことになっていたかも。
腕の中に閉じ込めたそれを頭だけ覗かせる。
ピクンッと初めに飛び出したのは、真っ黒い尖った耳だった。
「大丈夫?猫さん」
「ミャー……──」
紅くキリッとした瞳を瞬かせて、黒猫さんは気怠そうに鳴き声を上げた。
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