公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓

文字の大きさ
9 / 57

8,初恋と黒猫

しおりを挟む

 ゴゴゴゴゴォ!と暴風雪が吹き荒れるかのごとく、兄様は強力な魔力を前面に押し出して怒り狂っていた。
 冷たい氷魔法の魔力が外に放り出されて、兄様の足元の草花たちが凍り始めてしまっている。
 ピキピキッと高い音を立てて氷漬けにされる花々。こんな状況だが綺麗だなぁ……なんて呑気に考えてしまった。


「に、兄様?なぜ怒っておられるのです……?」

「あぁ可愛いシル、お前には何一つ怒っていないからね。全ては身の程を弁えずシルの心を奪った、この駄犬が悪いのだから」


 僕の心を奪った??


 凍てついた笑顔を貼り付けたまま、兄様は漏れ出ていた魔力を氷柱状に尖らせてその矛先をエリルに向けた。
 真っ青な顔のエリル。何が何だか分からんが、とりあえずエリルの命が脅かされているのだけはわかった。脅かしているのは何故か兄様なのだが。


「ダメです兄様!エリルになにをするつもりですかっ!」

「シルビオ様!どうか何も仰らず……ッ!」


 兄様に向けてバッ!と両腕を広げ、自分を盾にするように背後にエリルを匿う。だが懸命に守ろうとする僕とは裏腹に、エリルはめちゃくちゃ必死の形相で言い放った。
 何も言うな黙ってろ!ということだろうか。酷いぞエリル、守ってあげようと思っただけなのに……くすんっ。
 弱っちいちゃらんぽらんに守られるのはプライドが許さないのだろう。けどそんなこと言ってる場合か?兄様に命を狙われてるんだぞ、ていうかなんで狙われてんの??

 強い意志を湛えた目で兄様を睨むと、ようやく少し参ったのか冷たい魔力が揺らいだ。ふるっと震えて、何だか動揺したような揺れ方で魔力が動く。
 兄様が「シルが……私を睨んだ……?」と絶望を表情に浮かべた。
 うっ……と決意が揺らいでしまったがなんとか持ち直す。悪いけど、何もしてない、何も悪くないエリルに何かしようものなら普通に怒るぞ。

 シュルシュルッと体内に戻るように魔力が兄様の中に吸い込まれる。
 冷たい空気が無くなって、さっきまでの暖かい温度が戻ってきたことに安堵の息を吐いた。
 よかった……兄様の氷が病弱な僕の体に刺さって魔力暴走が!とか厨二ちっくなこと考えてたけどそんなこと無かった。
 某雪の女王みたいになるのを恐れてたが、心配要らなかったみたいだな。


「……ふむ」


 そうは言ってもちょっとばかし確認を……と自分の体を見下ろす。
 ちっこく細っこい体をぺちぺち両手で触るが、異変はどこにもない。発作の前兆もない。よかったよかった。


「シル!どうしたの、体が痛むの!?」

「あ、いえ。寒いと魔力暴走が起きやすいから、だいじょぶかなーと確認していただけです。全然平気そうなので安心してください、むしろなんだかさっきより体が軽いような……」


 弱い体に寒さはキツいらしく、更に僕の体調はダウンしやすい。
 そこで力が抜けた僕の体内では、魔力を受け止める器も弱々しくダウンしてしまう……そのため魔力暴走が起きやすいのだ。
 それなのに今は全く弱くなった感じがしない。むしろ話した通り、ちょっとばかし元気になった気がする。

 兄様は僕の言葉に「あぁ」と微笑を湛えて、僕の髪をふわりと撫でた。


「私の魔力とシルの魔力は、血縁なだけあって相性がいいからね。私の魔力を受けると、シルは体内で荒れる魔力を自然に鎮めてしまえるんだ」

「わぁっ!すごいです兄様!ありがとうございます!」


 そんなこともあるのか!ぱぁっと表情を輝かせてお礼を言うと、兄様は優しい笑顔に、ほんの少しだけ悲しそうな色を宿らせた。


「……シルが元気になるなら、私の魔力なんていくらでも与えるのに」


 ぽつりと吐かれたその呟きに、僕の笑顔も引き攣ったものになる。

 ……兄様の言いたいことは分かる。
 僕が長く生きられないのは、荒ぶる強大な魔力を自分で鎮めることが出来ないからだ。魔力が荒れる度に体内では大きな影響を受け、内臓にも損傷が出る。
 魔力は持ち主が体内に宿らせる最大の力であり、だからこそ最も体に影響を与えやすい。
 他人の魔力を流し込んで、暴走した魔力を無理やり抑えることは可能だ。けれど結局はその場しのぎ。永遠に抑えることは出来ない。
 それは抑えるだけの処置であって、治す処置では無いのだ。


「……兄様、僕は兄様がだいすきです」

「そう。それはそこの駄犬より?」

「…………はい?」


 ふと零れた言葉。
 はっとしたがそのままにする。大好きって言ったらいつも兄様喜んでくれるし。
 と思ったが、今日はなぜか反応が違う。

 そこの駄犬って……?


「……あの、もしかして、エリルのことですか……?」


 兄様が指さす方向に居るのはエリルだけだ。


「そこの駄犬、エリルって言うんだね。まぁどうせもう消すし、名前を覚える必要なんてないけど」

「はい……はい?消す?」

「そうだよ可愛いシル。本当に愛らしいね、大丈夫、初恋なんて偽物だよ。直ぐに忘れてしまう一時の勘違いだから、重く抱え込むことはないからね」

「へ、初恋?」


 な、なんのこっちゃ!?



 ***



「こ、告白ぅ!?僕がエリルに!?」



 びっくり仰天、なんとこの世界は同性愛が当然の常識だった!異性愛と同性愛の比率はざっくり計算して5:5で、貴族にも同性の夫婦さんが数多く居るのだとか。

 そしてもう一つ。この世界では、好きな相手に告白する時に花を渡すのが定石らしい。
 受け取ってもらえたら、恋が成就した証なんだって。
 というわけで、僕のさっきの行動は傍から見るとエリルへの告白に映ってしまったわけだ。そんでもって兄様のブラコンが暴走したと。

 そういや冷静になって考えてみると、発言とかまんま告ってたわ。
 本気だから!とか嘘じゃないから!とか。
 いやはや、全体的に言葉が足りなかったかー。


「あのっ、ごめんね!僕知らなくて……お花は感謝を伝えるためのプレゼントのつもりだったの。いつも守ってくれてありがとうの気持ち」

「そ、そうでしたか、これは早とちりを」

「ううん!知らなかったとはいえ、誤解させるようなこと言ってごめんね?嫌だったよね、僕なんかに告白されたとか思っちゃって……」

「いえそれだけは有り得ません!う、うれし──」

「──駄犬くん?」

「はっ!なんでもございませんッ!」


 ふにゃっと微笑むエリルの肩を、背後から兄様がガシリと掴む。
 柔い笑顔で掴んでるようだが、力はものすごく強そう。なんかエリルの肩ミシミシいってるけど大丈夫?
 途端に青ざめるエリルの顔。青ざめてばっかりだけど具合悪くならないのかな。
 ていうか兄様、いつまでエリルのこと駄犬くんって呼ぶつもりなんだろう……エリルのこと嫌いなのか?


「兄様、そんな呼び方いけませんよ。エリルはエリルです、ちゃんと名前を覚えてあげてください!」


 ぷんすかぷんすか。
 頬を膨らませて兄様に訴えると、何故か兄様は「かわいいッ」と胸を抑えて苦しみ出した。この家マジで心臓弱いやつ多すぎだろ。
 仁王立ち、腰に両手を当て割と本気で怒っているのに、まるで幼子を宥めるような手つきでよしよしと撫でられる。舐めてんのか。
 あぁーでも兄様のなでなで気持ちー。許すー。


「分かってるよシル。駄犬はエリルだよね、ちゃんと覚えてるから。うん、忘れようがないくらい脳内に残り続けるだろうから。安心してね?」

「なんだ!それならよかったです!」


 忘れようが無いくらいって、めちゃくちゃエリルのこと気に入ってるじゃんか兄様!
 なんだよそれならそうと言ってくれればいいのに。


「あ、安心出来ない……」


 何やらエリルが超小さい声でボソッと呟いたが、残念ながら小さすぎて全然聞こえなかった。
 聞き返しても掠れた笑いではぐらかされる。なんだよぅー教えてくれたっていいじゃんかよぅー。

 ぷくっとする僕に、兄様はめちゃくちゃいい笑顔でふと手を伸べてくる。
 きょとんと首を傾げると「うっ」という呻き声を上げながらも笑顔を維持して口を開いた。大丈夫?なんか辛そうだけど。


「そろそろ戻ろうかシル、あまり外に長居しすぎるのも体に良くない。兄様が抱っこしてあげようか?」

「大丈夫です兄様!僕はしっかりものなので自分の足できちんと歩けるのです!えっへん」

「か、かわっ……コホンッ。そうだね、シルは賢いから抱っこなんてしなくても歩けるもんね」

「そうですっ!僕はもうお兄さんだから!」

「ふふっ、可愛いお兄さんだなぁ」


 兄様の機嫌がありえんほどいい。超ルンルン気分なのが目に見えて分かる。スキップしそうな勢いだ。
 えっへんとカッコつけてみたはいいが、結局疲れて抱っこされるのがオチだろうから期待はしないで欲しい。
 でもそんな結果になっても兄様は全然呆れたりする様子がないんだよな……いや、もちろん呆れてても兄様ならそんな本音も上手く隠すだろうけど。

 手をぎゅっと繋いで歩く僕達。
 その後ろを静かに着いてくる護衛……特にエリルが、さっきから妙に息を殺したり気配を消したりしている。
 露骨に殺したり消したりしすぎて逆に目立っていることに気付いていないのだろうか。


「あっ、兄様まって!」

「ん、どうしたのシル?」


 若干後ろに視線を向けてエリルを眺めていると、視界の端に何かが横切った。思わず繋いでいた手に力を込めて立ち止まる。
 兄様が驚いたように声を掛けてきたけど、僕はすっと手を離して走った。走らないと、さっき横切ったあの影には追い付けない。


「シル!?」


 心配そうに、驚愕したように叫ぶ兄様。その声に立ち止まってしまいそうな足を叱咤して走る。
 あの影に追い付かなければ。なぜか、そんな焦燥が脳を支配するのだ。
 黒い影。速度が速くて、歩いて追い掛けたらきっと捕まえられない。
 だってあれは……あの動物は。


「つかまえたっ!」


 野球でのスライディングのごとく……といってもカッコよく足から行くやつじゃなくて頭から行くやつな、それをやってバタンッと倒れ込む。
 その時に上半身に力を入れていて良かった。下敷きになったこの子を潰してしまうところだった。


「よしよし、ケガはないね」


 やっぱり走ってきてよかった。
 もう少し先を行くと薔薇園だから、もし薔薇園にこの子が突っ込んでいたら棘が刺さって大変なことになっていたかも。
 腕の中に閉じ込めたそれを頭だけ覗かせる。
 ピクンッと初めに飛び出したのは、真っ黒い尖った耳だった。


「大丈夫?猫さん」

「ミャー……──」


 紅くキリッとした瞳を瞬かせて、黒猫さんは気怠そうに鳴き声を上げた。

しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。完結しました!

実は俺、悪役なんだけど周りの人達から溺愛されている件について…

彩ノ華
BL
あのぅ、、おれ一応悪役なんですけど〜?? ひょんな事からこの世界に転生したオレは、自分が悪役だと思い出した。そんな俺は…!!ヒロイン(男)と攻略対象者達の恋愛を全力で応援します!断罪されない程度に悪役としての責務を全うします_。 みんなから嫌われるはずの悪役。  そ・れ・な・の・に… どうしてみんなから構われるの?!溺愛されるの?! もしもーし・・・ヒロインあっちだよ?!どうぞヒロインとイチャついちゃってくださいよぉ…(泣) そんなオレの物語が今始まる___。 ちょっとアレなやつには✾←このマークを付けておきます。読む際にお気を付けください☺️

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?

詩河とんぼ
BL
 前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新 Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新 プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

処理中です...