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27,懺悔
しおりを挟む「ぁ、うぁ……ッ!」
息が……息が苦しい……どうして?
視界がままならない。ぐるぐる回っているような、沈んでいくような感覚だ。
気付いた時には、状況が上手く掴めないほど苦痛に苛まれていた。
僕は確か、気を失ったんだ。ミューが突然飛んできて、僕の目の前に現れたかと思うと、そのまま意識が急に遠のいて……。
次に目を覚ますと、一瞬で分かるくらい体内が荒れていた。何かが縦横無尽に体内で動き回って、壁にぶつかったり迷ったりしている。
この感覚は知っている。ここまで苦しいのは初めてだけど、これは間違いなく魔力暴走の症状だ。
いつも突然体内が荒れて、急に苦しくなって倒れる。その後はよく分からないけれど、自分のものとは違う温かい魔力が流れ込んでくるのだ。
その優しい魔力を受け入れると、途端に体は軽くなる。
苦しかったのも、その一瞬でどこかへ消えてしまうのだ。
そうだ。この苦しみを、痛みを何とかしてくれるのは、一人しかいない。
「──に、さま……たすけ……っ」
息をするのも一苦労だが、それでも僕は呼んだ。いつも苦しみから救ってくれる、僕を救える唯一の人を。
「にい、さま……兄さまっ……」
「──……」
「……に、さま?」
何度か呼んではたと気付く。
そういえば、さっきからかなり近くに気配がしている。ずっと喋らず無言だから気付くのが遅れた。
近くでじっと息を殺していたその人は、僕の体を支えて時折頭を撫でている。あぁそうか……姿勢は全く辛くないなと思っていたら、この人が支えてくれていたのか。
兄様、だろうか。
けど兄様なら、今頃僕の体内に魔力を流し込んでくれているよね?
この人は僕を支えて……というより抱き締めて落ち着かせてくれているだけだ。魔力を流そうとする素振りはまるでない。
なら兄様じゃないのか?それはそれで恥ずかしいな、必死に兄様を呼んで泣き喚いている姿を見られたってことでしょ?
うわー恥っず。頼むからこの暴走が終わったら記憶消してくれよ……誰か知らんけど。
「だ、れ……」
羞恥でうずうずしていたら何となくさっきよりは苦しくなくなった。やっぱり苦しみから意識を逸らすと楽になるってほんとなのかな。
問いかけると、頭を撫でていた大きな手がピタリと動きを止めた。
「……お前の兄はすぐに来る。安心しろ」
「ち、が……っ」
違う。
兄様が来る。それは嬉しいけど、僕が今知りたいのはそうじゃなくて。
ここに居るってことは、僕は助かったんだろうか。この人は探しに来てくれた騎士なのかな、僕はそろそろ帰れるってこと?
そういえば、ルーはどこに行ったんだろう。さっきからルーの姿が見えない。
気配も……この人のものだけだ。あとは感じない。ここに居るのは僕とこの人だけ。
「あ、なたは……だれ?」
「……」
再び問いかける。
彼……でいいんだよな、男だよな?声の低さと手の大きさ的に男で間違いないだろう。
それにしてもこの人、血が通っているのか心配になるほど体温が低いな。手が氷みたいに冷たい。
大丈夫かなと不安になって、僕は体を支えてくれている彼の胸元に凭れかかった。少しでもくっつけば温かくなるかも。
視界がぼやけて彼の顔はよく見えないけれど、くっついたことでピクリと反応したのは分かった。
「……寒いのか?」
「んーん。おにいさんが、さむいでしょ?」
「……私は、寒くない」
「うそ、こんなに冷たい、のに」
「……いつも、これくらいだ」
「ふぅん。そう、なんだ」
不思議だ、あれほど荒れていた呼吸が楽になった。
ちょっと話していただけなのに、中で暴走していた魔力も落ち着きを取り戻している。
この人の声はどこか落ち着く。
兄様みたいに穏やかで、けれどルーみたいにほんの少し距離を置くような。
雰囲気は温かくて優しいのに、触れる手は氷みたいに冷たいから不思議だ。
「……シルビオ」
「……?おにいさん、僕の名前知ってるの……?」
意識ははっきりしているのに、視界だけが霞んだまま元に戻らない。体も何故か上手く動かない。
本当に、意識だけが明確なのだ。
その他はぼやけて、自分でもよく分からなくなっている。
気分はあれだ、雪山に遭難して次第に眠くなる感覚。いや遭難したことなんてないけど、あくまでもののたとえね。
ほんとにヤバい時って逆に穏やかになるって言うじゃん?苦痛も感じないって。
……あれ、もしかして僕、今ヤバい??
「──シル!!」
「っ、兄さま!」
フラグの匂いを感じた瞬間、視界の端が眩しいくらい光った。
その光が止んで現れたのは、いつもの穏やかで冷静な表情が面影もなく消えた、焦燥に染まった顔の兄様……と、そんな兄様を呆れたように見ているルーだった。
「シル!シル、ごめん!ごめんねシルっ!」
「にい、さま?」
駆け寄ってくるなり、兄様は床に膝をついて僕の手を取った。
頭を下げる姿が衝撃的で思わず口を開いて固まる。目もまん丸に見開いた。自分でも間の抜けた顔をしている自覚がある。
兄様の瞳は絶望に染まっていて、その奥に後悔と悲痛が宿っていた。
「……悔いている暇があるなら早く戻せ。自らの手で弟を死なせたいのか」
「っ……!」
「なに、いって……?」
僕を抱える彼が何の色も籠らない声で吐き捨てる。
兄様はその言葉にビクッと体を揺らして僕から手を離した。
その手を自分の胸辺りに添えると、吐息ほど小さな声で何かを囁く。呪文……みたいに聞こえたな。少なくとも僕の知っている言葉じゃない。
「……──、──……──」
声を滑らせるように兄様が囁くと、途端に胸元から何かが浮き上がってくる。
ふわふわとした粒みたいなエフェクトと共に出てきたのは、ちょうど手のひらに収まるくらいの光のオーブだった。
そのオーブは兄様の心臓辺りから出ると、迷いなく一直線に僕の元へと飛んでくる。
何なのか分からない光の玉が向かってくるのはちょっと……いやかなり怖かったけど、兄様がやったことだから拒否はしない。
兄様が僕を痛くするようなことは絶対にしないって、わかっているから。
「わっ!」
「……ごめんねシル、全て兄様のせいだ」
そのオーブが心臓辺りに沈んで行ったから、流石に声を上げて硬直した。
目を丸くする僕を見つめた兄様は、掠れた小さな声でぽつりと呟く。その声は心なしか泣いているようにも聞こえた。
何があったか知らないけれど、僕は兄様のそんな顔を見たくない。後悔、苦痛、絶望……そんなものに染まった兄様の瞳なんて。
嫌だったから。その表情が嫌だったから、僕は兄様に手を伸ばして口を開いた。
明確だった意識も遠のいている。そろそろ気を失うなぁって察した。自分でも驚くくらい冷静に。
けどその前に伝えなきゃ。
いつもみたいに、僕を救ってくれた兄様に。
「ありがと、にいさま……」
これも、いつも通りの"ありがとう"だ。
暴走から救ってくれた兄様に、僕はいつもこうやってお礼を言うのだ。そしたら「どういたしまして」って、必ず優しい返事が返ってくる。
今回ももちろんそうだろうって、思ったのに。
「っ……ごめん、ごめんねシル……」
兄様は僕の"ありがとう"に、"どういたしまして"を返してはくれなかった。
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