気付いたらストーカーに外堀を埋められて溺愛包囲網が出来上がっていた話

上総啓

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「………ぅ…ん…」 


 遠くで響く物音で目を覚ました。
 朧気な意識のまま瞬きを繰り返し、数秒フリーズして室内を見渡す。ようやく状況を理解した途端、顔がぶわっと真っ赤に染まった。


「……ぅあ…っ…うぅ…」


 変な呻き声を上げながらシーツに突っ伏す。
 広いベッドの上には僕だけで、彼はどこかに行っているのか室内に気配はなかった。
 でもよかった。今顔を合わせたら羞恥で死んでしまっていたかもしれない。
 気怠い腰の痛みと昨夜の明確な記憶が邪魔をして、一向にその羞恥心から逃れることは出来なかった。

 思い出すのは熱の篭った瞳と、体を這う大きな掌、妖艶に動く長い指。そして何より…容赦なく打ち付けられる昂り。

 一通りの回想を終えて、突っ伏していた顔をぱしっぱしっとベッドに何度も叩きつけた。額が赤くなった気がするけど、そんなことはどうでもいい。


「………うぅぅ…っ…や、やっ…ちゃった……」


 頭の中では大反省会が繰り広げられている。
 昨日に戻って寝惚けた自分をぺしっと叩いてやりたい…。勝手に駄々を捏ねて彼を困らせて、挙げ句の果てにはあんな、あんなことやこんなことを…!!


「………っ…あ…あやまらないと…」


 のそりと起き上がって辺りをきょろきょろ見渡す。
 確認する限り僕の服は部屋の中にはなくて、けれど素っ裸で歩き回るわけにもいかず近くにあったサナギさんのシャツを拝借した。
 下に履くものがないので心許ないけど、シャツだけで太ももまでは隠せるからまぁいいだろう。いや、ほんとはよくないけど…。

 サナギさんはどこにいるんだろう…そもそもお家の中にいるのかな…なんて思いながら恐る恐る部屋から出る。
 とっても広いお家なのか廊下が長くて部屋も多くて、更には物音ひとつしなかった。もしかしたら物音が届かないくらい遠い場所にある部屋にいるのかも、と思い怯む足を叱咤して歩き出す。


「……さ…さなぎさん…?」


 シンプル…というよりは無機質な内装だ。おしゃれな造りのお家だけれど物はまったく置いていなくて、ただただ真っ白な壁が続いている。
 だからか大声を出すことすら憚られて、鈴の音くらい小さな声で呼びかけてしまう。こんな声じゃ絶対に気付いてもらえない…と苦笑した。


「………?…」


 しばらくのろのろと歩いていると、視線の先に少しだけ開かれた扉が見えた。

 無機質に閉ざされた扉しか無かったからか、無造作に少し開いたその扉が異様に気になった。
 勝手に部屋を覗くのはダメだと分かっていても、湧き上がる好奇心を抑えることが出来ない。何となく周囲をきょろきょろ見渡すと、何だか悪いことをしているような感覚に陥った。


「……ちょっとだけ…」


 言い訳するみたいに呟きながら、僅かな隙間を更に広げる。薄暗い部屋には窓がなくて、そのせいか室内がどんな風になっているのかまるで分からなかった。
 小声で「……さなぎさん…?」と囁きながら覗き込み、部屋の奥をじっと見つめて目を細める。何も置かれていない廊下と違い、この部屋は少し乱雑な内装に見えた。

 それが何だか不自然で、ここだけ様子がおかしいという違和感に背中を押されて、とうとう一歩だけ踏み入れてしまった。
 よく見ると、気になったのは家具ではなく壁の方。何かが…写真だろうか。何枚もの写真が白い壁を埋め尽くしているように見えた。


「………え…?」


 二歩、三歩。無意識のうちに室内に踏み込んで、気付くと部屋の真ん中まで進んでしまっていた。
 けれどその事実を考える隙もないくらい、視界に映る光景が衝撃的でまともに思考が働かない。

 なぜなら壁を埋め尽くす写真の全てに、僕の姿が写っていたから。


「……どう、いう…」


 どういうこと、なんて呟きすら満足に吐き出せない。
 写真には明らかに盗撮とわかる、焦点の合わない僕の姿が大量に写っていた。
 それは外で撮ったものだけでなく、アパートの自室が背景のものや寝顔まで、僕の生活の全てと言ってもいいくらいの。

 恐る恐るそのうちの一枚を手に取って裏返してみる。写真の裏には『4月21日 18時13分』と書かれていた。
 どうやらこの写真を撮った時間らしい。分単位で記録しているのは素直に驚きだ。いや、日にちを記録しているだけでもあれなのだろうか…?


「……わぁ…すごい…」


 次に目に映ったのは、コレクションラックの中に置かれた大量の日用品。
 どれも見覚えのあるものばかり。例えば二週間前に捨てたはずの歯ブラシとか、一週間前にコンビニ弁当を食べた時に使ったスプーンとか。
 それ以外にも、ボールペンとかサイズの合わなくなった洋服とかいろいろ。こんなに集めるの大変だっただろうなと思う。

 気分は興味津々に博物館を見に来た時みたいな、あんな感覚。
 この中には何が入っているのかな、とわくわくしながら箱に手を掛けると同時に、入り口の方からガタッ!と大きな音が鳴った。


「……?…あ…サナギさん…」

「マ、マオ…!!」


 振り返ると、そこには蒼白顔で震えるサナギさんが立っていた。
 サナギさんはぎこちない足取りで近寄って来ると、僕が持っていた箱をさりげなく回収してにこっと笑う。その笑顔もひくひく痙攣してぎこちなかった。


「ど、どうしてここに…?それに、そのエロ…心許ない恰好は…」

「……サナギさんを探して、ここに…、…起きたら裸だったので、サナギさんの…お洋服…借り、ました…」


 喋るのゆっくりですみません…と眉を下げると「大丈夫だよ!寝起きだもんね!」とすかさずフォローしてくれるサナギさん。やっぱり優しい。

 へら…と笑うとサナギさんが胸を押さえて苦しみ始める。この言動にもそろそろ慣れてきた頃だ。
 背中を撫でて待つと、やがて元気に戻ったサナギさんが顔を上げる。その表情はどこか気まずそうで、少し悲しそうだった。


「その…えっと…あっ、体は大丈夫?腰とか痛くない…?」

「………いたい…です…」

「そうだよね!本当にごめん!!」


 僕の返事を聞くなり慌てて動き出したサナギさんは、僕をひょいっと抱き上げてソファにゆっくり下ろした。
 忙しなく僕の膝にブランケットをかけると、隣をちらりと見た後逡巡した素振りを見せ、結局隣ではなく僕の足元に正座で座り込んだ。

 床に座って足が痛くならないのかな、と心配する間もなく、サナギさんは突然両手を床に揃えて頭を伏せた、いわゆる、土下座というやつだ。


「……え…サナギ、さん…!?」


 すぐに起き上がらせようと腕を引っ張ったが、力の差が歴然でピクリともさせられなかった。
 あわあわと目を回す僕に、サナギさんは頭を下げたままくぐもった声を上げた。


「怖かったよね…ごめん…」

「……え…」

「無理矢理連れ込まれて…最後まで抱かれて…挙句こんな部屋見つけちゃって…」

「……あの…?」


 呆然とサナギさんを見下ろす。
 どうしてこんなに謝られているのかよく分からなかった。だって無理やり連れ込まれた記憶なんて無いし、最後までその…しちゃったことに謝罪される理由は無いし、この部屋のことはむしろ勝手に入った僕が謝るべきだ。

 おろおろと眉を下げてソファから下りて、サナギさんと視線を合わせるように膝をついた。


「……え…え…あの…遊び、でしたか…?」

「…ん?遊び??」


 どうしてサナギさんが頭を下げているのか。その理由を考えて、辿り着いたのは顔面蒼白な予想だった。

 最初の頃にふと考えた嫌な予感。
 サナギさんが僕のストーカーをしているのは揶揄う為で、別に僕のことが好きなわけじゃないってこと。
 あわよくば僕と、その…性行為が出来ればいいかなとか思ってたのかな…。僕が鈍臭いのは周知の事実だし、のろまな僕なら簡単に引っ掛けられると思ったのかも…。

 考えれば考えるほど嫌な予感に辻褄が合うような気がして、サナギさんを前にしたままズドン…と落ち込む。
 この一ヶ月の交流で、小さく少しずつ芽生え始めていた感情。ずっと隠してたそれを今になって思い出して、何だか悲しくなった。


「マ、マ、マオ…!?な、泣いてっ…ごめん!そんなに嫌だった…!?嫌だったよね本当にごめん!!」


 ぽろぽろと零れる大粒の涙を慌てた様子で拭われる。
 掬っても掬っても溢れるそれを「あぁ…!勿体無い…!!」と悲痛に叫んだサナギさんが、あろうことか伝ったうちの一筋をぺろりと舐めとった。


「………へ…?」

「わっ!!ごめん!!言ったそばから本当ごめん!!」


 常に穏やかで落ち着きのあるサナギさんにしては珍しい、あわあわと慌てふためく姿。
 混乱しているのかごめんと言ったことを次々に繰り返して、またあたふたと謝る。その繰り返しがしばらく続いた。

 舐められた感触の残る頬を呆然と指先で撫でて、実感が湧いた瞬間ぽっと顔が真っ赤に染まる。
 全身を舐め尽くされた昨夜の記憶が蘇ったことも合わさって、熱は顔だけじゃなく全身に行き渡った。


「………こっ…これもわざとですか…っ…」


 これすら僕を揶揄う為の…?そわそわと疑心暗鬼なことを考えて、思わず考えたことをそのまま問いかけてしまう。
「えっ…?」と目を丸くしたサナギさんに向き直り、言わなきゃと決心を固めて口を開いた。


「……ぼ、僕を…もてあそんでいるん、ですよね…っ…」


 言い慣れない言葉が舌足らずに飛び出る。
 真っ赤な顔のままピシッと言い放った僕を見て、サナギさんは数秒の硬直の後きょとんと首を傾げた。


「…弄ぶ…?俺が…マオを…??」

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