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しおりを挟む一度ちゃんと話をしよう、とサナギさんがとんでもない量の冷や汗を流しながら提案してきた。青ざめた顔が心配だったから、とにかく早く座って欲しくて頷く。
ようやくソファに座ってくれたサナギさんにほっと息を吐き、僕もサナギさんの隣に腰を下ろした。ビクッと肩を揺らして狼狽するサナギさんには気付かないフリをする。
視界には自分の姿が写された写真が大量に貼ってあるから、なんだか落ち着かなくてそわそわしてしまう。なるべく写真を見ないように俯いた。
「え…っと、まず…どこから話せばいいんだろう…」
「………あ…その前にあの…聞いてもいいですか…?」
「もちろんっ、どうぞ!」
何故かお互い他人行儀だ。ぎくしゃくしながら言葉を返すと、サナギさんもどうぞどうぞというように何度も頷く。冷や汗が未だに止まっていないのがとても気になった。すごく緊張しているみたいだ。
「……えっと…僕に好意を抱いているというのは…結局…?」
「本当です!本当だよっ…!ほんとに大好き、愛してる」
「……あ…じゃあ…その、僕を好きになって下さった理由…とか…聞きたい…」
いよいよお見合いみたいになってきた、なんて軽く現実逃避までしてしまう。
弄んでいたわけではないのなら、それを信用できる何かが欲しい。そう言うと、サナギさんは一度躊躇うような様子を見せてから小さく頷いた。
不意に立ち上がると、さっき僕が手に取った箱を持って戻ってくる。さりげなく回収されたあれだ。
僕の隣に座り直したサナギさんが、緊張を顔に浮かべながら箱の蓋を開いた。
「………これ…って…」
目を見開く。その箱の中身には見覚えがあった。
緑色のマフラー。所々ほつれが見えるチェック柄のそれは、奥底に眠っていた霞んだ記憶を鮮明に引き上げた。まるで名前も分からず追い求めていたものを、突如として探り当てたような、そんな衝撃的な感覚。
目を見開いて固まった僕を、サナギさんは心配そうに覗き込んできた。大丈夫…?と投げかけられる問いに呆然と頷くと、ほっとしたような笑みが零された。
「マオは、覚えていないだろうけど…このマフラーはマオから貰ったものなんだよ」
「………うん…っ…うん…」
こくこくと何度も頷くと、サナギさんは一瞬呆けたように目を丸くしてからハッとしたように息を吞んだ。何かを切に願うような表情で、サナギさんは震える声で微かに問い掛ける。
「も、もしかして…覚えていたり、する…?」
覚えている。覚えているというよりは…たった今、思い出した。
去年のことだったと思う。凄く寒い雪の日に、僕は確かにこのマフラーをある男性に渡した。
道路の脇で口元を抑えながら蹲っていた彼は、職場の飲み会で酔ってしまったのだと申し訳なさそうに語っていた。
僕は慌てて自販機で水を買って、その人に渡して…。それから、刺すような寒さが気になって、巻いていたマフラーを彼に差し出した。
「………あの時の…全然、気づかなかった…」
震える手で口元を覆い唖然と呟く。
思い出した今でも確信が持てない。だってあの時出会った彼とサナギさんは、印象が全く違う。
あの時のサナギさんは余裕が無さそうで、疲労で乱れた様子が美麗な姿を隠してしまっていた。
けれど今は違う。今は焦燥なんて縁が無いとでも言うような余裕と冷静さ、それにパッと見でわかる程の端正な容姿。変化が大き過ぎて理解が追いつかない。
「あの日、俺はマオに一目惚れしたんだ。ゆっくりした動きであたふたする姿がとっても可愛くて」
「……う……すぐに水あげられなくて、ごめんなさい…」
眉を下げてしょんぼりする僕に、サナギさんは慌てた様子でぶんぶん首を横に振る。
「あ、違うっ、違うよ!怒ってるわけじゃないんだ。本当にただ可愛くて…寧ろそれが良いって言うか…ゆっくり動くところに惚れたって言うか、何と言うか…」
あたふたと言葉を紡ぐサナギさんに息を呑む。
ゆっくり動くところが良かった、なんて。そんなことは誰にも言われたことがない。
ナマケモノとコアラの獣性。"遅さ"なんて特性は長所でも何でもなくて、いつだって悩みの原因に居座る短所でしか無かった。
幼い頃はのろまだと罵られて、それは大人になっても変わらない。実際にのろまなのは事実だから、反抗する理由も無くて辛かった。
この遅さが、誰かに迷惑をかけているのは本当だ。学校でも仕事でも、その事実は何も変わらなかった。
だから、だから…これは直すべき欠点で。獣性だからなんて言い訳には使えなくて。
でも、のろまなのは僕の第一の特徴だから、それを完全に否定されるのは悲しかった。いつも本心ではそう思っていた。
獣性だから仕方ないって、最近はそう思って少しは前向きになれていたけれど、それでも染み付いた苦痛が無くなったわけじゃない。
「………っ……ぅ…」
「へ…マ、マオ!?どうしたの!?俺っ…何か嫌なこと言っちゃった!?」
「………うぅん…ちがう…いってない…」
しゃくりあげながらサナギさんにぎゅうっと抱きつくと、頭上から驚いたように息を呑む音が聞こえた。
動揺した様子で箱をテーブルに置くと、サナギさんはぎこちない動きでゆっくりと腕を回してくる。背中をぽんぽんと撫でられて、その温もりに心がじわりと暖まった。
「………僕…サナギさんに…ちゃんと言いたかったことがあります……」
「え…え、なんだろう…厳しいこと?辛辣なこと?心の準備が…っ」
ひっひっふーと深呼吸するサナギさんに思わず頬が緩む。
くすくすと小さく笑うと、サナギさんは安堵したようにほっと息を吐いた。僕の様子から嫌な内容では無いと察したらしい。
体を包み込む優しい温もりに背を押されるようにして、ぽつりぽつりと話し始めた。
「……サナギさんが、僕のお部屋に…来てくれるようになってから、とっても過ごしやすくて…うれしかったです…」
「…っ!!」
「……おいしいご飯と、お掃除と、お手紙。いつも…ありがとうございます…」
へにゃりと微笑む。サナギさんは泣きそうにくしゃりと顔を歪めて俯いた。
「心が…心が美し過ぎる…罵倒とかじゃないんだ、お礼なんだ…」
「……?……どうしてばとう…?嬉しいことされたら、ありがとうですよ…?…」
そう言うと、サナギさんは更に呻きながら胸の辺りをぎゅっと握り締めた。何やら大きな衝動を堪えるかのような緊張感だ。
どこか痛いのかな、と心配を募らせながら頭をなでなでする。痛いの痛いのとんでいけ、というやつをやってみたけれど、結果はサナギさんが呻くだけで終わった。何だか最初より悪化してしまった気がする。
「マ、マオは…俺のこと、気持ち悪いと思わない?その…忘れてるかもだけど、俺一応ストーカーだよ…?」
「……?うん、知ってます…サナギさん、ストーカーです…いい、ストーカーです…」
「ストーカーに良いも悪いもあるかなぁ…」
変な奴に騙されないか心配だよ、と眉を下げるサナギさん。僕の心配をしてくれるなんて、サナギさんはやっぱりいいストーカーさんだ。
「………ん…悪いひとに、騙されちゃうかも…だから、その…」
「うん…?」
そわそわと頬を染めながら俯く。視界に映ったサナギさんの手をぎゅっと握って、ちらりと顔を上げた。
「……こ、これからも…サナギさんがいてくれると…嬉しいです…」
あんぐりと目も口も大きく開くサナギさん。やがて僕の言葉を理解したのか、顔に留まらず全身を染める勢いで真っ赤になった。
感動なのかなんなのか、サナギさんの体がぷるぷると震える。恐る恐るといった様子で問いかけてくる姿に口元が緩んだ。
「そ、それって…俺のこと、受け入れてくれるってこと?どこまでっ?今マオの中で、俺の立ち位置どこら辺なんだろう…っ?」
立ち位置。関係、ということだろうか。
うーん…と悩む素振りを見せてから、そういえばと目を瞬かせた。
「………僕…初めてだったんです…」
「へ?」
「……昨日のこと、初めてだった…」
昨日のこと、で全てを察したのか、サナギさんは赤い顔を更に真っ赤に上塗りした。このままじゃいつか頭のてっぺんから噴火してしまいそうだ。
噴火する前に言ってしまおう。そう思って口を開く。
「………だから…せきにん、取ってくれるくらいの関係…じゃ、だめですか…?…」
「ッッ…!!!」
流石に図々しかったかな…と不安になっていると、突然ぎゅうっと強く抱き締められた。抱擁というより、拘束といったような加減だ。
そろりと見上げた先。至近距離で見えたサナギさんの表情にピクッと体が固まった。
「…本当に、いいの…?」
熱の篭った声音。これに頷いたらもう後戻りは出来ない、それだけが薄らと、けれど確実に理解出来た。
視線の先の瞳。それが金色に妖しく煌めいて、まるで獲物を捕食する直前の獣のように瞳孔が細くなる。
そういえば、僕はこの瞳を以前にも一度見たことがあるような…と不意に。思い出すのは、ついさっき思い出したばかりのあの雪の日。
あぁそうかと力が抜ける。困ったようなへにゃりとした笑みがその瞳に映って、僕はようやくサナギさんの執着の強さを思い知った。本当にいいのかなんて聞きながら、きっと選択肢は一つしか用意されていないのだろう。
一目惚れってだけじゃない。初めて出会ったあの日から、サナギさんは今日のことまで全てを見据えていたんだ。
"やっぱりダメ"なんて言っても、きっとまた『ストーカーさん』が現れるに違いない。
それでもいいか、どうせもう絆されているのだから。そんなことを思いながら、金色の瞳に流されるように小さく頷いた。
───
サナギさんの獣性は『狼』です。
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サナギさんがまともなストーカーさんで良かった。ほんとうに。溺愛スパダリ攻め美味しいです。
めっちゃくちゃ好きです!!
素敵なお話ありがとうございます^ ^
後日談などとても気になります!
これからも繰り返し楽しく読ませて頂きます!
すっごく癒されましたぁ✨
素敵な話をありがとうございます♪