英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~

ヒミヤデリュージョン

文字の大きさ
11 / 20

第十章:十日、迫る影

しおりを挟む
ヴァンは床に転がったバッジを拾い上げた。黒光りする金属に蜘蛛の紋章が刻まれ、ずっしりとした重量感がある。

アイリは数歩後退したまま、警戒を解かない。狼の耳がピクピクと動き、いつでも飛びかかれる体勢だ。

「……なぁ、アイリ」

ヴァンは徽章を手の中で転がしながら尋ねた。

「お前、これを『見た』のか?」

「……いや」

アイリは警戒を解かずに答えた。

「匂いだ」

「匂い?」

「昔、任務に出る前……司令官がこれを着けてた。近くに寄った時、鉄と血と、妙な薬の匂いがしたんだ」

アイリは鼻をひくつかせた。

「ふむ……」

ヴァンは徽章の紋様を指でなぞった。

「じゃあ、この蜘蛛の模様は? お前が見たのと完全に同じか?」

「……わかんねぇ」

アイリは目を細めた。

「よく見てねぇ。けど……なんか違う気もする」

ヴァンは黙ってバッジを見つめた。蜘蛛の目が、まるで生きているかのように光を反射している。彼は深く息を吐き、静かに言った。

「……わかった。アイリ、聞いてくれ」

「何だよ」

「俺も、このバッジを手に入れたのはつい最近だ」
ヴァンは真剣な目でアイリを見た。
「もしお前の言う通りなら、軍情局は信用できない。ビリィの救出に、あいつらは使えない」

「……」アイリは黙った。

「だから、別の方法を考える」
ヴァンは続けた。
「軍情局には頼らず、俺たちだけで動く」

アイリはしばらくヴァンを見つめていた。その目には、疑念と期待が入り混じっている。そして、小さく、震える声で聞いた。

「……お前、信用していいのか?」

「信用するしかないだろ」
ヴァンは肩をすくめた。
「今のお前には、俺以外に頼れる奴はいない」

「……っ」

「それに、約束しただろ。ビリィは必ず助ける」

アイリは唇を噛んだ。しばらく沈黙した後、彼女は低く唸るように言った。

「……十日だ」

「十日?」

「十日以内に動け」
アイリは鋭い目でヴァンを睨んだ。
「それまでに何もしないなら、オレが一人で行く」

「待て、それは無茶――」

「無茶でも何でもいい」
アイリは窓に向かった。
「オレの妹は、今も苦しんでる。待てる時間には限りがあるんだ」

そう言って、彼女は窓から飛び出した。
月明かりの中、その姿はすぐに闇に溶けていく。

ヴァンは窓辺に立ち、夜空を見上げた。そして一人、溜息をついた。

「十日、か……」




週末が終わり、ヴァンは再び学院の寮に戻った。部屋に入ると、ローランが既にベッドで本を読んでいた。
「おかえり、兄貴。家での滞在はどうだった?」

「……疲れたよ。お前は?」

「俺は街の賭場カジノで稼いでた」

ローランはニヤリと笑い、金貨の山を指差した。

「賭博さ。貴族のボンボンどもから巻き上げ放題でね」

「……ほどほどにしとけよ。刺されるぞ」

「へいへい」

その時。
窓が音もなく開いた。

「ただいま」

シンカクだった。相変わらずの白い仮面。相変わらずの無表情。彼女は軽やかに部屋に入り、壁際に立った。

ローランが「うおっ!?」 と飛び上がる。
驚きで、手元のコインが派手にばら撒かれた。

「……お前、玄関から入れよ」

「近道」

シンカクは短く答え、ヴァンの前に立った。

「お帰り」
ヴァンは少し安堵した。
「調査、どうだった?」

「まだ途中」
シンカクは淡々と答えた。
「フィロメラの足跡、いくつか見つけた。でも、まだ全部は追えてない」

「そうか……」
ヴァンは少し考えた後、バッジを取り出した。
「なぁ、シンカク。これ、何の材質か分かるか?」

シンカクはバッジを受け取り、じっと見つめた。数秒後――
魔導銀マギ・シルバー

「マギ・シルバー?」

「帝国特有の鉱石です」
シンカクは淡々と答えた。
「導魔性が高く、希少。偽造は困難」

「……帝国特有、か」ヴァンは眉を寄せた。

「そう。他国では採れない」

ヴァンの脳内で、パズルのピースが組み合わさっていく。帝国特有の鉱石。偽造が難しい。そして、ノストラの実験施設で使われていた。

(つまり――)

二つの可能性。
一つ目:帝国の軍部が、ノストラの人体実験に関与している。
二つ目:誰かが帝国軍部から鉱石を盗み、バッジを偽造した。
どちらにしても。

(ヤバい)

ヴァンは深くため息をついた。(とんでもないことに巻き込まれてる気がする……)

だが、アイリの顔が脳裏に浮かんだ。彼女の必死な表情。妹を助けたいという、あの純粋な願い。

(……引き返せないな)

ヴァンは立ち上がった。

「シンカク、頼みがある」

「何」

「アイリの妹、ビリィを救出したい」

「……」

「そのために、お前に偵察を頼みたい」
ヴァンはアイリから聞いた場所を伝えた。
「ここに、実験施設がある。そこの状況を調べてきてくれ」

シンカクは首を振った。

「無理」

「なんで?」

「数日かかる。その間、お前を守れない」シンカクは即答した。「私の最優先任務は、ヴァン様の保護です」

「でも――」

「ダメ」

ヴァンは少し考えた。そして、論理的に説得することにした。

「なぁ、シンカク。もし敵が軍情局、あるいは帝国の高層だったら、俺を捕まえに来ると思うか?」

「……来る」

「その時、お前が俺の側にいても、最大でも『捕まらないように守る』ことしかできないだろ?」

「そう」

「もし相手がS級を派遣してきたら?」

「……勝てる。でも、時間がかかる」

「そうだろ」
ヴァンは一歩近づいた。
「つまり、最良の防御は、事前に敵が誰なのかを知って、正面衝突を避けることだ」

「……」

「お前が敵の拠点を偵察すれば、帝国の高層が関与してるかどうか分かる。もし関与してるなら、俺たちは逃げる時間がある。もし関与してないなら、安心して行動できる」


シンカクは黙って考えていた。ヴァンは続ける。

「それに、俺はベルンハルト将軍に庇護されてる。学院の中にいる限り、S級が堂々と学生を襲うなんてできない。でも、アイリの妹は、待てない」

「……」

「もしビリィを見殺しにしたら、アイリはどうすると思う?」

「……暴走する」

「そうだ。あの狂犬が一人で突っ込んで、捕まって、俺たちの情報を敵にゲロるかもしれない。そうなれば俺も危ない」

ヴァンは続けた。

「逆に、恩を売っておけば、あいつは忠実な番犬になる。俺たちの戦力が増える」

シンカクは少し考え込んだ。
損得勘定。
リスクとリターン。

数秒後、彼女は頷いた。

「わかった。行ってきます」

「頼む。無理はすんなよ」

「はい」

シンカクは窓枠に立った。

「ヴァン」

「ん?」

「……死なないで」

それだけ言い残し、彼女は風となって消えた。
相変わらず、去り際があっさりしている。

「……お前もな」

ヴァンは苦笑して呟いた。



二日後。

午後の講義が終わった大講堂。
学生たちは三々五々と教室を出て行くが、ヴァンは一人、席に残ってノートを整理していた。

(……シンカクが発ってから二日か)
(まだ連絡はない。無事だといいが)

そんなことを考えていると。

「……ごきげんよう」

頭上から、不機嫌そうな声が降ってきた。
顔を上げると、銀髪の少女、エレナが立っていた。
制服を完璧に着こなし、腕を組んでこちらを見下ろしている。

一瞬、彼女の視線が泳いだように見えた。
あの夜、部屋に亜人を連れ込んでいた件について、何か言いたげだ。だが、彼女はすぐに気を取り直したように鼻を鳴らした。

「よう。どうした?」
「別に。あなたがいつまでも残っているようでしたので」

エレナはフンと鼻を鳴らした。
その手には、戦棋盤ボードが抱えられている。

ヴァンは思わず吹き出した。

「……またやるのか?」
「勘違いしないでくださいまし!」

エレナは顔を赤くして叫んだ。

「わ、私は、あなたが暇そうにしているから、可哀想だと思って相手をして差し上げるだけです!」
「へえ、優しいねぇ」
「うるさいですわ!」

エレナはドカッと向かいの席に座り、盤を広げた。

「あの屈辱、忘れていませんのよ。今日こそは完膚なきまでに叩き潰して差し上げます!」
「元気だねぇ」

ヴァンは苦笑しながら、自分の駒を手に取った。
エレナは並べ終えると、ふと手を止めた。
そして、周囲に誰もいないことを確認してから、蚊の鳴くような声で言った。

「……ヴァン、お、お……お兄様」
「ん?」
「挨拶ですわ! 言わせないでください!」

エレナは顔を真っ赤にして叫んだ。

「賭けには従います! 私は約束を守る女ですから! で、でも、公衆の面前では絶対に言いませんからね!」

「はいはい、わかったよ」

(律儀な奴だな……)

「あと……父様が、また食事に来いと仰ってましたわ」
「へえ、将軍が?」
「ええ。『あいつは骨がある』と、随分お気に入りのようです」

エレナは少し不満そうに口を尖らせた。

「まあ、私は反対しましたけど。父様がどうしてもと仰るなら、仕方ありませんわ」

「そりゃどうも」

「ふん!」

エレナは乱暴に駒を置いた。

「さあ、始めますわよ! 手加減なしです!」
「望むところだ」

夕暮れの教室。
駒がぶつかる音と、不器用な兄妹の会話が響く。

だが、ヴァンの心は半分、ここにはなかった。
遠く離れた敵地へ向かった、白い護衛の身を案じていた。

(頼むぞ、シンカク……)

窓の外では、不穏な雲が広がり始めていた。

【第十章・終】
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主

雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。 荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。 十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、 ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。 ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、 領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。 魔物被害、経済不安、流通の断絶── 没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。 新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。

転生貴族の領地経営〜現代知識で領地を豊かにして成り上がる

ファンタジー
ネーデル王国の北のリーディア辺境伯家には天才的な少年レイトがいた。しかしその少年の正体は現代日本から転生してきた転生者だった。 レイトが洗礼を受けた際、圧倒的な量の魔力やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のレイトを辺境伯領の北の異種族の住むハーデミア領を治める領主とした。しかしハーデミア領は貧困に喘いだ貧乏領地だった。 これはそんなレイトが異世界の領地を経営し、領地を豊かにして成り上がる物語である。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様

コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」  ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。  幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。  早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると―― 「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」  やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。  一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、 「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」  悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。  なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?  でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。  というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!

処理中です...