富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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虎と龍 Ⅶ

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 俺は横浜に向かって走っていた。

 「御堂ともよく走った道なんだ」
 「そうなんですか」
 柳は夜景を見ている。
 都心では華やかな夜景も、郊外へ向かうと疎らになる。
 それでも、柳のいる山梨よりも多いはずだ。



 「左を見ておけよ」
 「はい?」


 前に亜紀ちゃんを連れて来たキリンビールの工場だ。

 「キレイ……」

 亜紀ちゃんのように身を乗り出すことはないが、その美しさに打たれた。




 俺たちはそのまま横浜の港に行く。
 赤レンガ倉庫の辺りに車を止め、外へ出た。


 「あぁ、海の香りがしますね!」

 倉庫街は暖色系の灯が連なり、遠くに横浜ベイブリッジが見える。
 俺たちはみなとみらいの側に向かって、少し散歩した。



 「どうだよ、少しはロマンティシズムというものが分かったか?」
 「はい」

 柳は俺と手を繋ぎたがったが、暑い季節で鬱陶しいと振り払った。
 倉庫街には、海からの涼しい風が吹いていた。




 「御堂はいつもここに来ると言ってたんだ」
 「何って言ったんですか?」
 「「ああ、船旅がしたいな」ってさ」
 「へぇ」

 「俺たちはいつも、お揃いの白のスーツを着て行こうって話したんだよ」
 「いいですね」

 「飛行機ならすぐだけど、船旅は今でも何日もかかる。でも、御堂となら何ヶ月一緒でも楽しいはずだ」
 「本当に二人は仲がいいんですね」
 「そうだなぁ」




 柳が俺に腕を絡めてきた。
 俺が振り解こうとする前に言った。

 「行けば良かったじゃないですか」
 「ああ、そうだよな。でも俺が体調を崩したり、勉強が忙しくなったりしてなぁ」
 「残念ですねぇ」
 「そうだよな。卒業してからは、もうお互いに忙しくてそれどころじゃない。御堂はさっさと結婚してヘンな子どもが生まれたりな」
 「そんな子がいるんですか」

 俺たちは笑いながら、腕を組んで歩いた。



 「昨日東大を案内してもらいましたが、まだしっくり来ていません」
 「そりゃそうだよ。まだお前は東大生じゃないんだからな」

 「大学って面白いんですか?」
 「楽しむために行くんじゃねぇよ!」
 「そんな、石神さんが常識的なことを!」
 「お前なぁ」



 「ああ、俺も御堂も医学部だったわけだよな」
 「はい」
 
 「でも俺は他の学部の講義にも出たし、無理なところは聴講生として通ったんだ」
 「勉強が好きなんですね」
 「まあ、勉強と言うよりも、興味があったということかな。今皇紀がドイツ語の勉強をしてるのと同じだよ」
 「ああ」


 「折角東大には一流の教授たちがいるんだから、興味がある分野は聞いてみたいじゃない。だからだよ」
 「そういうのもロマンティシズムということなんですか」
 「お前、段々分かってきたじゃないか!」
 柳は嬉しそうに笑った。




 「高橋教授というイギリス文学の人がいてなぁ。講義が面白くて教授の部屋にもよく行くようになったんだ」
 「はぁ」

 「教授も俺を気に入ってくれて、よく医学部なんて辞めてこっちに来いって言われた」
 「さすが石神さんですねぇ」
 「それで教授が進めていたW.E.イェーツの下訳なんかも手伝ったりしたのな。本来は弟子たちにやらせるんだけど、俺にも回して下さったんだよ。高橋教授はよく褒めてくれた」
 「スゴイじゃないですか!」
 
 「まあ、俺を引っ張りたい意向もあったからな。褒め殺しもあったんじゃないか?」
 「それでも」




 俺たちはみなとみらいを正面にし、ベンチに腰掛けた。

 「当時はイェーツの話ばかりよな。俺が他のバイロンだのワイルドだのの話をしたがっても、いつも教授のイェーツの話ばかりになったんだよ」
 「へぇ」

 「昔、芸能人で高島忠夫という人がいたんだ。よく司会なんかで「イェー!」とか言ってたのな」
 「はぁ、そうなんですか」
 「それで俺が「イェーツ高橋」ってあだ名を付けたんだよ。みんな面白がって広まった」
 「悪いことしますねぇ」
 「そうかな」
 俺たちはベンチで笑った。



 「それである時な、俺がいつものように高橋教授の部屋に行くと、もの凄く機嫌が悪いんだよ」
 「はい」
 「そうしたら、「君は僕のことをバカにしてるあだ名をつけたそうだね!」ってさ」
 「アハハハ、不味いじゃないですか」
 「ああ、不味いよなぁ。純粋な研究者で、ジョークが通じねぇ。しばらく口を利いてもらえなかったよな」
 「えぇー!」

 「まあ、俺がずっと平謝りして、二週間もすれば許してもらえたけどな」
 「良かったですね」
 「おう、俺が惚れられた側だしなぁ!」
 「アハハハ!」



 「卒業後についにイェーツの翻訳を出して、俺にも献本してくださった。署名付きで「手に入れられなかった宝石に」って書いてあったよ」
 「ステキですねぇ」
 「ロマンティシズムだろ?」
 「はい!」


 帰ったら見せてやると約束した。







 俺たちはベンチに寄り添い、しばらく話し込んだ。
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