富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

文字の大きさ
190 / 3,215

別荘の日々

しおりを挟む
 簡単に朝食を済ませた。
 最近は子どもたちの料理が上手くなり、全面的に任せることも多くなってきた。
 俺と半々くらいか。
 一之瀬さんには主に掃除をお願いするようになり、日中の誰もいない間に来ることが多くなった。
 ご本人もお年だし、自分のペースでやって下さいと頼んである。



 俺は徐々にレシピノートを書いていて、俺がいない場合も子どもたちが困らないようにしている。
 
 子どもたちに家のことをやらせる、という俺が何となく考えていたことも、実現しつつある。
 それによって、「俺に育ててもらった」なんてことも、少しは考えなくても済むだろう。
 今も旅行の荷物を子どもたちがハマーに積み込んでいる。



 俺はコーヒーを飲んでいた。
 既に道具は洗っているから、あとはこのカップだけ片付ければいい。

 電話が来た。
 栞からだ。



 「石神くん、もう出発しちゃった?」
 「いえ、まだですよ。先日は一江のマンションまで付き合ってもらって、すいませんでした」
 「あー、アレね」
 栞はクスクスと笑っていた。

 「石神くんが陽子にひどい怪我をさせないように、と思ったから。でも大丈夫だったよね」
 「まあ、本心を言えば、頭に来たというよりも、一応上司としてけじめを付けただけですから。ああ、これは一江たちには黙っててください」
 「うん。でも、本当に怒って無かったの?」



 「ちょっとは怒ってましたけど、それ以上に「面白いことやりやがった」という気持ちが強かったですね」
 「そうだったの?」
 「はい。俺も散々院長にやってきましたからねぇ。ほら、最近でも「ヘンゲロムベンベ」とか、こないだも女子会とか」
 電話の向こうで栞が大笑いしている。



 「そ、そうだった。ああ、思い出したらダメ! そうか、最近は石神くんは怒られない方法でやってるだけか」
 「そうですよ。まあ、綱渡り的なものも多いですけどね」
 栞はひとしきり笑って、その間俺は待っていた。

 「ああ、ごめんなさい。別に用事というほどじゃなかったんだけど、一昨日石神くんは陽子に「修理代は俺に請求しろ」って言ってたじゃない」
 「ああ、はい」
 「夕べ陽子から電話が来て、申し訳ないから、私に石神くんを説得して欲しいって言ってるの」
 「いや、それは」
 「うん、それでね。陽子はいっそドアを付けないで暮らすつもりなんだって」
 「えぇ?」


 「今も不自由が無いと言うか、いっそ便利なことに気付いたんだって」
 「そうなんですか?」
 「そうよ。だから石神くんも気にしないでおいてくれると、陽子も助かるということ」
 「まあ、分かりました」
 「ああ、PCとかは自分で買い直すからって」
 「はぁ」

 「じゃあ、用件はそれだけ。折角の旅行で気にしてるといけないと思ったから。忙しい時にごめんね」
 「いえ、お気遣いいただいて、すいません。一江には取り敢えず分かったと伝えてください」
 「了解。楽しんで来てね」

 電話を切った。
 まあ、一江なりに反省し、気を遣ったのだろう。


 子どもたちは積み込みを終え、俺を待っていた。
 俺はコーヒーを飲み干し、カップを洗った。





 時期を外しているので、高速は空いていた。

 車の中で、俺は子どもたちに順番に歌を歌わせた。
 突然の俺のヘンな命令に、子どもたちはよく付き合ってくれる。

 亜紀ちゃんは浜崎あゆみを歌う。
 なかなか良かったが、次に歌った皇紀が別格だった。

 俺は時々食事中に皇紀に歌を歌わせているが、いつも感心する。

 皇紀は車の中でシューベルトの『冬の旅』を歌った。
 第一曲「おやすみ(Gute Nacht)」だ。
 ドイツ語で歌う。



 見事な歌に、みんなで拍手する。

 双子は『昭和枯れすすき』をデュオで歌った。
 感情の篭った歌声で、これにも驚く。

 「お前ら、どこで覚えたんだ?」
 「「便利屋さん!」」

 あいつ、何やってんだ?



 「亜紀ちゃんも上手かったけど、皇紀に持ってかれたなぁ」
 「ほんとです」

 「皇紀、『冬の旅』は全部歌えるのか?」
 「いえ、まだ今の一曲目だけです」
 「そうか、覚えたらまた聞かせてくれ」
 「はい!」



 「『冬の旅』はいいよなぁ」

 俺は子どもたちに、前に俺の好きな曲ということで聴かせたことがある。
 皇紀はそれで覚えようとしたのだろう。

 《Bin gewohnt das Irregehen, 》(もはや迷いしことに慣れし我)

 「ビン・ゲボーント・ダス・イーレゲーヘン、というなぁ。人生で迷わない奴はダメよな」

 「恋人に裏切られて旅に出る、という歌ですよね」
 亜紀ちゃんが言う。

 「そうだ。人間は大きな悲しみから出発するんだ。そしてその先でも、上手くやっていくことは出来ない。迷いながら、苦しみながら行くのが人生よな」




 「『昭和枯れすすき』もそうだよね!」
 ルーが主張する。
 
 「ああ、あれはなぁ。ちょっと作り過ぎよな」
 「えー、そうなのー?」
 ハーが文句を言う。

 「あの時代はなんて言うかな。まだ日本に悲しいことが美しい、という認識があった時代なんだよ」
 「どういうことですか?」


 「日本には「心中」ってものがあるだろ?」
 「はい」
 「ああいうものは、実は海外にはねぇんだ」
 「そうなんですか!」

 「恋人同士とか、一家心中とかな。じゃあ何で日本だけあるのかって、それが「美しい」からなんだよ」
 「うーん、よく分かりません」
 「そうだろ? だからあの時代までなんだって。亜紀ちゃんには分からないよ」
 

 「昔から「判官贔屓」という言葉があるけど、日本人って負けて悲しく死んでいく、というものにもの凄く美を感じたんだよな。『平家物語』とか『方丈記』なんかもそうだ」
 「はい」

 「だけどなぁ。『昭和枯れすすき』は、それを思い切りエッセンスだけで組み上げたんだよな。だからどうして二人が惨めになってるのかって説明がねぇ」
 「なるほど」
 「それでも大ヒットしたんだよ。まあ、便利屋の世代でもねぇんだが、あいつは変わってるからなぁ」




 「何にしても、今回の歌合戦は皇紀の優勝だな!」

 双子が後ろのシートから身を乗り出し、皇紀の頭を軽くはたく。
 「おう、皇紀、お前調子に乗んなよ!」
 「生意気だぞ、てめぇ!」

 「二人とも! やめなさい!」
 亜紀ちゃんが叱る。
 最近、双子はやりたい放題になっている。

 「お前ら、ソフトクリーム無しな」
 「「えぇっー!」」

 「うそうそ、皇紀ちゃん、良かったよー!」
 「うんうん、聞き惚れたぁー!」」

 みんなで笑った。




 「タカさんも歌って下さいよ!」
 亜紀ちゃんがせがむ。
 「おう!」

 俺は『etoile et toi』を歌う。
 みんな聞き惚れる。

 歌い終えると拍手が起きた。
 「タカさんが優勝です!」
 「最高の歌でしたぁ!」
 「あ、ルーとハーはソフトクリームからサーティーワンの三段に変更されました」

 二人が喜ぶ。
 「今の歌、泣きました!」
 「もう死んでもいいです!」
 「亜紀ちゃんと皇紀もサーティーワンの三段に変更です」

 みんな必死で褒め称えるが、三段からは増やさない。
 腹を壊すからな。







 俺たちは途中のサービスエリアで食事をする。
 サーティーワンの出店が無かったので、散々文句を言われた。
しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

付喪神狩

やまだごんた
キャラ文芸
古い道具には年月と共に人の情念が蓄積され、それが意思を持ったものが付喪神と呼ばれる。 容姿端麗だが口も性格も女癖も悪い大和御門は日本で唯一の付喪神狩として、付喪神を祓う能力者。 自分に取り憑いた大口真神を引き連れ、同居中の相方・棚橋亨と繰り広げる現代異能バトル

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あやかし家族 〜五人の兄と愛され末妹〜

南 鈴紀
キャラ文芸
 妖狩りにより両親を奪われ、囚われの身となった半妖の少女・鈴音は浄化の狐火を利用するだけの道具のように扱われていた。呪いにより成長は止まり、容姿も思考も幼いまま、感情が消え失せてもなおただ生かされるままに生きていた。  しかし妖保護部隊本部第一部隊との出会いにより、鈴音の止まっていた時間が動き出す。  掴みどころはないが頼れる氏神・雅仁、兄には厳しいが弟妹には優しい狼の妖・千里、人間嫌いだが人当たりの良い振りが得意な人間・遥杜、可愛いもの好きで元気いっぱいの猫又・鴇羽、大人しいが思いやりに溢れる猫又・瑠璃。  五人の兄と過ごす時間の中で、無いものだらけだった鈴音にもやがて大切なものが増えていく。  妖×家族の心温まる和風ファンタジー。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness

碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞> 住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。 看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。 最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。 どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……? 神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――? 定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。 過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。

処理中です...