富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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仕方がないだろう。

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 トラ。
 あいつを最初に見た時、一目で明るくていい奴だと分かった。

 学生時代につるんでいた仲間からの紹介だった。
 俺は飲み物に専念したかったので、料理を手伝ってくれる人間が欲しかった。
 俺は都心の大きなホテルのバーラウンジで働いていた。
 バーテンダーとして20年働き、最上の店での修行を終え、ついに自分の店を持った。
 まあ、地元の田舎だが。
 実家近くの土地を買い、自分なりの拘りで作った。
 それほど大きくはない。
 俺独りで切り盛りするつもりだったからだ。
 大きなカウンターにテーブルが6席。
 満員となることはそれほどないだろうから、十分に俺で回せる。
 
 ただ、少し客が入ると手が足りないこともあった。
 手間のかかる料理とカクテルの注文が同時に入ると困った。

 「城戸、お前の店で働きたいって奴がいるんだ」
 学生時代の友人からそう言われた。
 暴走族にいた奴だ。
 俺は入っていなかったが、結構ウマが合い仲良くしていた。

 「本当か! それは助かるよ」
 「ただなぁ。高校生なんだよ、15歳」
 「なんだって?」
 「ああ、でも身体がでかいから、年齢は誤魔化せるよ」
 「でもなぁ」
 「まあ、会うだけ会ってやってくれ。それで俺の顔も立つ」
 「分かったよ。でも断ると思うぞ」
 「それでいいよ」 

 
 でかい男が来た。
 ツラがいい。
 真面目で信頼できる男の顔だ。
 話してみても、礼儀正しい。
 俺は一目で気に入った。

 「俺は年齢は聞いてない。履歴書を出してくれ」

 俺が言った意味をちゃんと理解した。
 20歳だという年齢の履歴書を書いて来た。

 「石神高虎か。名前もいいな」
 「ありがとうございます! みんなからは「トラ」って呼ばれてます!」
 「じゃあ、俺もそう呼ぼう。よろしくな、トラ!」
 「はい! 宜しくお願いします!」

 「ところで、金が必要だって聞いたけど、何に使うんだ?」
 「俺の家って、ものすごい貧乏で。だから参考書とか問題集って買えないんですよ」
 「そうなのか」
 「沢山必要なんです。友達の静馬くんに教わった勉強法のために」
 「静馬くん?」

 「はい! 入院した時に同室だった人で。俺なんかに親切にしてくれて、いろいろ勉強法とか教えてくれたんですよ」
 「そうなのか」
 「でも、もう死んじゃって。俺、医者になりたいんです。それで勉強はいつもトップをとれってお世話になってる医者の人が」
 「へぇ」
 「静馬くんのご両親に頼んで、静馬くんの参考書とか全部借りたんですけど。俺って頭が悪いんで、それじゃ足りなくて」
 「そうか」
 「はい! 城戸さんのお店で働かせてもらって、本当に助かります!」
 「いや、俺もな。一緒に頑張ろう」
 「はい!」



 トラは料理の基本はある程度あった。
 親がいつもいないので、自分で料理を作るようになったそうだ。
 それに、呑み込みが早い。
 俺が教えると、何でもすぐに会得した。
 それほどかからずに、トラに料理を任せられるようになった。

 助かったのはそれだけではない。
 トラの「ファンクラブ」だという女性たちが店に来るようになってくれた。

 「みんなに声を掛けてみたんです。喜んで来てくれるって!」
 「そうか! ああ、本当に嬉しいよ」

 トラのお陰で連日満員だった。
 店を開いて初めてのことだ。
 それに、女性が集まるようになって、男性のお客さんも増えた。
 トラが機敏に動く。
 俺が指示を出す前に、自分で考え察していく。
 頭がいい。
 やる気がある。
 何よりも、客と店を大事にしてくれる。
 本当にいい奴が来てくれた。
 俺はすぐに時給を上げた。

 「そんな! まだ入って間もないし、全然役に立ってないですよ」
 「いいから。いっぱい問題集を買えよ」
 「ほんとですか! ありがとうございます!」

 嬉しそうにトラが笑い、俺も嬉しかった。

 トラは愛想がよく、楽しい話で盛り上げる。
 よく客からチップをもらっていた。

 「はい、これ今日頂いた分です!」
 「それはお前がもらったんだ。とっとけよ」
 「ダメですよ! これはお客さんがこのお店で楽しんでくれたお金ですから。俺は城戸さんのお店のために普通に働いてるだけですからね」
 「お前なぁ」
 
 金がなくて困ってる奴のくせに、筋を通そうとする男だった。
 俺は笑って受け取った。
 店の売り上げとは別にして仕舞った。




 トラと話すようになり、相当な暴れん坊だと分かった。
 今も暴走族に入り、特攻隊長だそうだ。
 俺に隠すことは無かったが、あまり自分の喧嘩自慢はしない。
 トラのファンの女性客から徐々に聞いて知った。
 まあ、喧嘩が好きなようだが、俺の店で暴れることはなかった。
 酔漢に殴られても、笑っていた。
 俺の店のために。

 ある時、たまに来るヤクザが来た。
 他の女性客に絡むので、トラが止めに入った。
 その時、ヤクザたちがとんでもないことを言っていた。
 目玉を潰したとか、焼き殺そうとしたとか。
 
 トラにどういうことか聞いたら、ヘラヘラと笑ってやがった。

 後から助けられた女性客が俺に言っていた。

 「トラちゃんね、大事な人を傷つけられるともう大変なの。本当はとっても優しい子なのよ」

 それは俺もよく知っている。
 こいつは、きっと優しすぎるから暴れるのだ。

 



 俺の女房は娘を生んですぐに死んだ。
 乳がんを隠していた。
 子どもを産みたかったのだ。

 娘のルミはお袋に世話を頼んでいる。

 ある日、お袋が階段から落ちて怪我をした。
 幸い大したことはなかったが、高齢のために入院した。
 俺は娘を店に入れ、おとなしくしているように言った。
 トラがちょくちょく娘に話しかけ、笑わせた。
 事情は知らなかっただろうが、娘が無理にここにいることを察していた。

 娘が眠そうになると、トラが知り合いの女性に頼んで椅子で寝かせてくれた。
 トラを叱ったが、俺は涙が出そうになるほどありがたかった。

 お袋が元気になってからも、ルミが店に時々来るようになった。
 トラに懐いている。
 トラもルミが来ると大喜びで、一緒に賄を食べた。
 楽しそうに話している。
 何を話しているのか、傍に行った。

 「トラちゃん、新婚旅行はどこに行く?」
 「ベンガルかな」
 「え、それどこ?」
 「インドにあるんだよ。虎がいるんだ! ベンガル・タイガーって綺麗なんだよー」
 「ふーん。じゃあそこね!」

 「トラ!」
 「はい?」
 「娘はまだ小1だぁ!」
 「アハハハハ!」

 「お父さん」
 「なんだ?」
 「毎日お風呂は一緒なんだって」
 「なんだと?」
 「トラちゃん、お風呂が大好きなんだって。いっぱいペロペロしてくれるって」
 「トラぁ!」




 トラから、何日か店を休ませて欲しいと連絡が来た。

 「どうした、病気か?」

 トラが高校まで、何度も大病で死に掛けたのだと聞いていた。
 また再発したのか。

 「いえ、あの、それがですね」
 「どうしたんだよ!」
 「警察署で拳銃で撃たれちゃって」
 「なんだとぉー!」

 一瞬、トラが暴れて撃たれたのかと思った。
 そうじゃないと聞いて安心した。

 「それで、お前大丈夫なのかよ」
 「はい! 数日休めば」
 「そうか。店は大丈夫だ。お大事に」
 「ほんと、すみません!」

 その日、常連になったトラのファンクラブの女性から、トラは婦人警官を守るために撃たれたのだと聞いた。

 「そんなことが!」
 「うん。カナちゃんを襲うためにね。警官の拳銃奪って、ドア壊して地下の牢屋に立て籠もろうとしたんだって」
 「そんな」
 「でもね、丁度トラちゃんが牢屋に入っててね」
 「え?」

 「カナちゃんを助けるために、鉄格子ガンガン蹴って」
 「はぁ」
 「胸に拳銃の弾で撃たれたんだけど、そいつを滅茶苦茶にしたって」
 「あ、あの」

 「なんか、両目とあそこ、あのね、男の人の股間のアレを潰したんだってさ!」
 「えぇー!」

 「それでトラちゃんは失神して倒れて。胸は撃たれてるし、左手は折れてるし。あとね、鉄格子壊そうとして、右足も何か所も骨折だったって。よく立ってたわよね!」
 「それは……」

 「その右足でキンタ、あ、アレを潰したんだってさ!」
 「そうですか」

 俺は驚いたが、やがて笑いが込み上げてきた。
 
 「アハハハハ」
 「ワハハハハハハハハハ!」

 確かにトラだ。
 まったくあいつらしい。




 その後で、刑事さんが来た。
 俺は慌てたが、トラは落ち着いていた。
 二人は、どういうわけか信頼し合っているらしい。
 見逃してもらえるらしい。

 野菜が足りなくなり、俺はトラに倉庫から持って来いと言った。
 佐野という刑事が俺に近付いて来て、緊張した。

 「これで、トラに美味いものを作ってやってくれよ」
 俺に一万円札を握らせた。

 「いえ、こういうのは」
 「あいつ、礼をしようとすると、いつも断りやがるんだ」
 「あ、それは知ってます」
 「だからな。あいつが気が付かないように頼む」

 俺はレジから5千円札を出した。

 「じゃあ、半分で。俺もあいつにはいろいろ礼を言いたいんで」

 佐野は驚いたが、すぐに笑顔になった。

 「宜しくお願いします」

 頭を下げてテーブルに戻った。


 俺は休みの日にトラを家に呼んだ。
 すき焼きを喰わせた。

 トラは大喜びだった。
 でも、お袋や娘にばかり肉をやり、てめぇは野菜と豆腐ばかり食う。

 「なんだよ、肉を喰えよ」
 「俺、草食動物ですから」
 「嘘つけぇ!」

 俺が無理矢理トラの器に肉を山盛りに入れた。

 「う、うめぇー!」

 涙を流しながら、やっと喰った。




 トラとの別れが来た。

 受験前に辞めると言われた。

 「また来ますよ」
 「20歳になったらな!」
 「アハハハハ」

 最後のバイト代を渡し、トラに流行りのウォークマンをやった。
 前に客から見せてもらって、トラは大興奮だった。

 「俺ね、小学生の時に自転車にラジカセ積んで、ヘッドホンで聞いてたんです」
 「ほう、そうなんだ」
 「いつかね、もっと小さい、ポケットに入るようなものがきっと出来るって、その時に確信してたんですよ!」
 「へぇー!」
 「きっとね、俺がやってるのをソ〇ーの人が見たんじゃないかな。そうですよ、多分!」
 「アハハハハハ!」




 トラはとても喜んだ。

 「ほんとに嬉しいや!」
 泣いていた。

 「あとな、こっちはちょっとでかいんだけど」
 「え、なんですかこれ?」

 「家に帰ってから開けてくれ。恥ずかしいからな」
 「へぇー」

 トラが客からもらっていたチップだった。
 札も小銭も、全部そのままとってある。
 だから非常に重い。
 トラは軽々と担いで帰った。



 後日、トラが俺の家に来た。

 「ルミちゃーん!」
 「トラちゃんだぁ!」
 「これ、とっといてくれよ」
 「なーに?」

 「俺たちの結婚資金だぁ!」
 「エェッー!」

 俺がやった、トラのチップだった。

 「じゃ、帰ります!」
 「トラ、上がってけよ」
 「いえ、別れはもう済ませましたから」
 「そうかよ」


 ♪ 金のなーいやつぁー俺んとこへ来い! おーれーもーな~いけどーしーんぱいすーんーなー ♪


 歌いながら帰るトラの背中を、ルミと見送った。
 
 「お父さん、泣いてるの?」
 「仕方ないだろう」
 「うん、そうだね」

 ルミが俺の手を握った。






 仕方がないだろう。 
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