富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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五度目の別荘 Ⅴ

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 俺は屋上に戻った。
 みんな、まだ騒いでいる。

 「あ、おかえりなさーい!」

 亜紀ちゃんが言った。

 「お前ら、適当に切り上げろよな」
 
 ロボが六花の隣で慰めている。
 六花はまだ泣いていた。
 俺はロボを抱き上げ、隣に座った。

 「お前、大丈夫かよ」
 「はい」
 「そんなに驚いたか」
 「感動しました。石神先生の子どもが生まれるだなんて」
 「そうか。ありがとうな」

 俺は肩を叩いて、響子の隣に戻った。

 「なんだ、みんなまだミロかよ」

 みんなが、今日はこれでいいと言った。
 俺は半分冗談のつもりで用意したのだが。

 「さっきな、院長夫妻にも話すと言ったんだが」

 みんなが俺に注目する。

 「ちょっと余計な話になるんだけど、あのお二人には子どもがいない。知ってるな?」

 みんなが頷く。

 「だから、俺から話すけど、みんなはあまりその話題を出さないで欲しい」

 俺は話した。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「石神、そろそろ結婚しろ」

 蓼科文学が院長になる前の、第一外科部長だった頃から、度々俺は言われていた。

 「はぁ」
 「はぁじゃねぇ! お前は給料だって良くなったんだし、もう結婚しても何の問題もないだろう?」
 「でも、そういう気になれなくて」
 「何を言ってるんだよ。男は結婚して一人前だろう」
 「そういうものですか」
 「そうじゃないのか?」
 「俺は別に、半人前でも」
 「お前なぁ」

 いつもそんな遣り取りだった。
 よく家にも呼ばれ、静子さんに美味しいものを食べさせてもらい、またそんな話が出る。
 俺は結婚するつもりは無かったが、別に話自体は嫌ではなかった。
 なんでそういう話を俺にするのか、その優しい心が分かっていたからだ。

 ある日、また家に呼んでもらい、食事の後で酒を振る舞われた。
 静子さんは先に休まれ、院長と俺だけになった。
 また同じ話をされた。

 「まあ、そう言ってもな。俺も半人前なんだけどな」

 蓼科文学がそう言った。

 「俺たちは、ついに子どもが出来なかった」
 「そんなこと! 部長たちは俺が見たこともないようないいご夫婦ですよ!」
 「そうか。ああ、実は一度女房が身ごもったことがあるんだ」
 「そうなんですか!」
 「でもな、途中で流産してしまった」

 その当時のことを話された。
 静子さんは突然の下腹部の痛みにうずくまった。
 あまりの激痛に、動くことも出来なかった。
 そのまま破水し、静子さんは気絶した。

 蓼科文学は、その時長時間手術の最中で、家には随分と遅くなってから帰った。
 静子さんの状態を見て、慌てて救急車を呼んだ。
 自ら執刀し、子宮破裂での流産であることが分かった。
 静子さんは助かったが、胎児はもちろん死んでいた。
 そして、もう妊娠はできないことを二人は知った。

 「女房は、俺に何度も謝って来た。離婚の話も出た。俺は必死で止めたよ。俺にはあいつしかいないからな」
 「そうだったんですね」
 「もう子どもが生めない私でもいいんですかってな。「もちろんだ」と俺は言ったよ。そうだろう、石神?」
 「はい」
 
 「俺は見合いで女房と結婚した。俺の一目惚れだ。俺はお前と違ってこんな面だ。女房は嫌だったろうけどな」
 「そうですね」
 「お前! 違うって言え!」
 「だって、自分でも言ってるじゃないですかぁ!」

 俺たちは睨み合った。

 「俺はずっと惚れたままだ。俺には過ぎた女だ」
 「そうですね」

 また怖い顔で睨まれた。

 「なあ、石神」
 「はい」
 「お前、養子にならないか?」
 「誰の?」
 「俺たちのだよ! 女房もお前のことは気に入ってる」

 「じょ、冗談じゃねぇ!」

 大きな声で叫んだ。
 静子さんが起きて来た。
 俺たちは肩を組んで笑い、なんでもないと言った。

 「ちょっと、部長! とんでもないこと言わんで下さいよ!」
 「お前! そんなに嫌がることはないだろう!」

 俺たちは小声で怒鳴り合った。

 「まあいい。でも俺たちはお前のことを気に入っている。それは忘れないでくれ」
 「それは有難いですけどねぇ。うわ、さっきまでいい気分だったのに、悪酔いしそうですよ」
 「お前ぇ!」
 
 俺は酒を改めて注いだ。

 「養子なら、幾らでも探せるでしょう」
 「まあな」
 「部長のお顔はともかく、静子さんはお綺麗だし優しいし。お金も十分にあるし」

 俺は頭をはたかれた。

 「まあな。でも俺たちは別に子どもが欲しいわけじゃないんだ」
 「なんですって?」
 「お前だからだよ。お前は優しいしいい奴なのに、どうも家族を持ちたがらない」
 「はぁ」
 「そのくせ、寂しそうな顔をしてやがる」
 「何言ってんですか」

 「女房とお前のことをよく話すんだ。女房はお前が可哀そうだってよ」
 「じゃあ部長ももうちょっと優しくして下さいよ」

 頭をはたかれた。

 「俺が厳しいのも愛情だぁ!」

 まあ、分かっている。

 「お前はチンピラだからな」
 「そうですね」
 「結婚したって、相手は苦労するだろうよ」
 「おっしゃる通りで」

 「でも、楽しいだろうな」
 「はぁ?」

 蓼科文学は笑っていた。

 「俺もお前が来てくれてから、毎日が楽しいよ。お前はよくとんでもないことをするけどな」
 「そうですかねぇ」

 「お前! 先週ベトナム大使の前で俺に大恥かかせたろう!」
 「そんなの! 俺がマイクテストをしましょうって言ったのに、「いいよ」って言ったからじゃないですかぁ!」
 「お前が全部確認したと思ったんだよ!」
 「俺はいろんなことやらされて、余裕が無かったんですよ! 大使の送迎しながら、舞台のチェックなんて無理ですって!」
 「俺は声がでねぇんで大恥だったんだぁ!」
 「だからって舞台に俺を呼んで殴る蹴るはないでしょう!」
 
 襖の向こうでクスクス笑う声が聞こえた。

 「楽しそうですが、そろそろお休みになっては?」

 静子さんが笑いながら入って来た。
 掴み掛かっている蓼科文学とそれを解こうとしている俺を見て、静子さんがまた大笑いした。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 「まあ、今も子どもが出来なかったことを悩んでるとは思わないけどな。でも、慎重に話したいんだ」
 「分かりましたけど。でも院長先生は喜ばれるんじゃないでしょうか?」

 亜紀ちゃんが言った。

 「そうだといいな。でもな、人間の傷は絶対に軽く考えてはいかん。特に大事な方々だからな」

 亜紀ちゃんがニコニコした。
 俺は適度に切り上げろと言い、六花には響子を寝かせるように言った。
 鷹を連れ出し、外へ出た。




 「石神先生、気を遣って下さるのは分かるんですが」
 「もちろん気を遣うよ。当たり前じゃないか。お前は俺の大事な人間なんだからな」
 「石神先生」
 「お前は誰にも言うつもりもないだろうからな」
 「……」

 「言ってはいけないとお前は思ってる」
 「……」

 「お前は本当にバカなことをした」
 「はい」
 「俺も誰にも言えないからな。お前くらいだ」
 「……」

 「鷹、お前には俺の子を産んで欲しかった」
 「石神先生!」
 「ばかやろう。俺なんかのために、お前は!」
 「石神先生! 私も石神先生の!」

 鷹は泣いた。
 俺は抱き締めてやることしか出来なかった。

 「石神先生、申し訳ありません」
 「鷹、お前が本当に大事なんだ」
 「はい」
 「本当だぞ」
 「はい」






 哀しき「ホーク・レディ」は泣いた。
 本当に優しい人間は泣くしかない。
 俺は抱き締めてやることしか出来ない。 
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