富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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一江 襲撃

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 いつものように、来週部長に報告するスケジュールと資料を揃え、そろそろ帰ろうと思っていた。
 部長は最近本当に忙しく、世界中を駆け巡っている。
 ロシア、ポーランド、南アフリカ共和国、トルコ、グアテマラ等々。
 全ての戦闘データは私も受け取っている。
 まさか自分がこんなデータを扱うことになるとは思っても見なかった。
 まあ、惚れた相手が悪かったか。
 でも、自分でももうのめり込んでいる。
 私は部長にために何でもやるつもりでいる。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 私が部長に頼んで量子コンピューターの開発を手伝い始めた数年前。
 部長はいずれ私に「虎」の軍の司令官になって欲しいと言ってた。
 絶対嫌だと言った。
 なんで戦争のことを何も知らない私が大軍団の司令官なんかと文句を言った。

 「一つはお前がデータ解析の天才だからだよ」
 「はい?」
 「お前のセンスは昔から俺が買っている。きっと思いも寄らない成果を出してくれるだろう」
 「まあ、そっちはお手伝い出来るかもしれませんけどね」
 「もう一つは、お前がワガママな人間だからだ」
 「部長ほどじゃないですよ!」

 軽く頭をはたかれた。 

 「戦術、戦略は戦闘量子コンピューターが上手くやる」
 「え、じゃあ私必要ないじゃないですか?」

 部長が笑っていた。

 「お前は量子コンピューターを操る人間になれ」
 「どういうことです?」
 「量子コンピューターに従うな。お前が命じろ」
 「何言ってんです?」

 部長は量子コンピューターの提案する作戦は最も効率の良い、最適化されたものになると言う。
 それこそ私たちがまだ取っ掛かりの段階で、世界中で実現もしていないあの時、部長はもう明確なヴィジョンを持っていた。

 「今後、過去の膨大な戦史を入力して、更にディープラーニングとシミュレーションで莫大な変数を入れ替えながら、戦術戦略の最適化を考えさせる。俺は数学の「P対NP問題」なんかを突破することを考えているんだ」
 「部長、まあ夢は大きく」

 頭を引っぱたかれた。

 「双子がよ、もうすぐ「リーマン予想」を証明しそうだぞ」
 「なんですってぇ!」
 「多次元空間の「ルー・ハー関数曲線」で証明するらしいぞ」
 「なんですか、それぇ!」

 驚いたなんてものじゃない。
 数学界の革命であり、数学だけではなく他の科学分野にも、恐らく多大な影響を与える。

 「まあ、お前にはよ、そういう天才だの超越だのってことは期待してねぇのよ」
 「はぁ、まあそれは何よりです」
 「お前には、そういう正しさや凄さってものをぶっ壊して欲しいんだ」
 「はい?」
 
 部長は一例で退却戦の話をした。
 
 「作戦のミスか何かの失敗で、自軍が退却しなければならないことがある」
 「そうですかね」
 
 さっぱりイメージは湧かない。
 当時の私は戦争のことなどまるっきり知らなかった。
 部長はそういうことも分かっていて具体的な例で説明した。

 「例えば情報で1万の敵が来ると思って2万の軍を用意していた。でも実際には10万の敵が来て、しかも知らないうちに包囲されていた」
 「アホですね」
 「まあな。でも実際には結構あることだ。敵もディスインフォメーション、つまりニセ情報を流すしな」
 「はぁ」
 「とにかくぶつかれば全滅だ。だから逃げなきゃならない」
 「そりゃそうですね」
 
 「一江、お前はどうする?」

 部長はメモ用紙に簡単な2軍の配置を書いた。
 相変わらず絵が上手く、非常に分かり易い。
 5キロの直径で10万の敵兵。
 円周は5πになり、1キロで1万5千人、100メートルで1500人。
 そういう計算を部長は一瞬で辿った。

 「えーと、こっちが自分の国なら、ここの敵を突破して帰る?」
 「そうだ。だが退却戦は最後尾が必ず犠牲になる」
 「それは仕方ないことかと」
 「まあ、そうだな。でも、こういうのはどうだ?」

 部長は円で囲むような敵に対して、その線を喰い破り、円周に沿って進軍する方法を示した。

 「これなら前後の両面の敵になるが、2万の軍を2千足らずの敵にぶつけるわけだから、こっちが有利になる」
 「えぇー!」
 「敵も陣形を変えてくるが、圧倒的な数の違いで、態勢を整える前に、結構な敵軍を撃破するだろう」
 「でも、実際にそんなことが出来るんですか?」
 「まあ、分からんよ。でも、お前はそれを戦闘量子コンピューターに命じればいいんだ」
 「なんですってぇー!」

 部長が驚いた私の顔が面白いと笑った。
 冗談のお好きな方だ。

 「本当に、俺がお前に期待しているのは、そういうことなんだよ。最適化された方法は、最初に一江が言った自分の領土へ逃げ帰ることかもしれない。そうすれば自軍の応援も期待できるし、上手く引き込めば敵に損害を与えることも出来るかもしれん」
 「はい」
 「でも、お前は自由にワガママに考えて、無茶な命令をコンピューターにすればいいんだ」
 「でも、無茶なんですよね?」
 「まあな。もしもあまりにも現実的ではなければ、「無理です」って言うよ、きっとな」
 「はいぃー?」

 また部長が私の顔がと言って笑った。

 「だからお前は安心して無茶なことも言え。そうすればコンピューターが必ず検討する」
 「はぁ」
 「それが一定の推論しかしないコンピューターに、思いも寄らない作戦立案をさせることになる」
 「そうですかね」

 部長は微笑みながら私に言った。

 「一番の目的はな、お前が仲間を思って言ってくれることなんだ」
 「なんですか?」
 「コンピューターは、大事な仲間を犠牲にする作戦行動を提案するかもしれない。それは勝利に向かうために必要なことかもしれん」
 「!」
 「でも、お前はそれを考えて欲しい。必要だと思えばそれでいい。でも、ワガママで誰かを死なせるなと命じろ」

 私は、部長が自分に何を求めているのかが分かった。
 部長は勝利よりも大切なものを考えている。

 「分かりましたよ。私はワガママを言えばいいんですね!」
 「そうだ。頼むぞ、右腕」
 「はい!」

 私はその日から、部長に借りた戦略や戦術の本を読み始めた。
 部長は私に別に素人のままでも構わないと言った。
 でも、それはきっと私を信頼してくれているからだ。
 私が部長に頼まれたことで、いい加減に終わらせたことがないのをよく分かっている。
 その証拠に、部長はどんどん本や資料を持ってきて私に与えた。

 また、時間があるとよく私に戦史の話をしてくれた。
 部長の話はいつも面白く、興味を持って聞くことが出来た。

 「太平洋戦争のミッドウェー海戦な」
 「はぁ」
 「日本がアメリカの物量に負けたと戦後に言われているが、実際には全然違う。開戦当初、日本の方が圧倒的に兵器、軍事力を持っていたんだ」
 「そうなんですか?」

 部長は大日本帝国海軍の戦艦の数や連合艦隊として出撃した艦船の内訳、それに米軍の海軍の内訳を暗唱して言った。
 確かに、日本の海軍の方がずっと多かった。

 「連合艦隊司令長官山本五十六は、最初は半数を雷撃、つまり魚雷を戦闘機に装備させた。それを途中で爆弾装備の爆撃に変更させ、その換装のドタバタの中で敵の航空部隊の攻撃を受けて、空母を一遍に3隻喪った」
 「凄いですね」
 「でもな、連合艦隊は尚も優勢だったんだ。だからそのまま攻撃を続けていれば、数で負ける米海軍を壊滅させられた。しかし、山本五十六は「これ以上陛下の軍を傷つけるわけにはいかない」と言って、引き返してしまった」
 「アホなんですか」
 
 部長は笑った。

 「まあ、俺がアホのように今話したからな。でも、実際にはそういうことだ。しかもその後、上の人間は責任を追及されることなく、そのままだった。だから何度も巻き返すチャンスはあったんだが、アホたちのせいで日本はボロ負けして敗戦したんだよ」
 「どうしようもないですね」

 「石神家でも投入してりゃ、楽勝だったかもな」
 「アハハハハハハ! でも、しなかったんですよね?」
 「ああ。明治の頃は物凄く信頼されてたんだけどよ。昭和になって、今更剣技じゃねぇって軍の上の人間が考えたんだな」
 「岩手は空爆もありませんでしたよね?」
 「そうだ。もしも爆弾一個落としてたら、米軍なんて全滅だったかもな」
 「部長、やりましたもんね」
 「ワハハハハハハ! 小島将軍に褒めてもらった!」
 「おめでとさんです」

 部長との話は本当に楽しい。
 私はだから必死に戦争のことを学んだ。
 そして量子コンピューターが本格稼働し、私は自分の「セラフィム」を創り上げた。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■





 「セラフィム」には様々な仕事を与えたが、メインは部長たちの戦闘データの解析だった。
 部長はどこかで戦闘、戦争があると、逐一私に戦闘データを渡して来た。
 「セラフィム」も初代のものから換装を繰り返し、また新たに建造もして、桁違いの能力を持つようになった。
 アラスカと蓮花さんの研究所、そして部長のお宅、ロックハート家を除けば、世界最高性能だ。

 「ウラノス(アラスカ「タイガー・ホール」)、「ロータス(蓮花研究所)」、「アイオーン(部長宅)」、「アダマス(ロックハート家)」、そして私の「セラフィム」。
 もう一つ、霊素観測に特化した「オモイカネ」が今建造中だ。
 他にも早乙女さんのお宅には「ぴーぽん」があり、そっちも相当優秀だ。
 また聖さんの会社にも「ソフィア」が建造中で、「アイオーン」と同規模のものになる予定。

 これまで、「業」の攻撃は主に部長に集中していた。
 レイの犠牲があり、妊娠した栞、六花が襲われ、聖さんの会社も狙われた。
 部長自身とお子さんたちは何度も襲われた。
 「虎」の軍の中人人物たちだったからだ。
 今は世界中に拡大し、本格的な戦争が始まっている。
 同時に、また部長の周辺の個人が狙われる可能性も高い。

 私などは最初から眼中にないはずだが、部長は大森を私の護衛に付けてくれた。
 うちのマンションにも防衛システムが入っている。

 「お前も中野に呼んでもいんだけどなぁ」
 「そうしましょうか?」
 「いや、お前と近所になりたくねぇし」
 「……」

 なんなんだろう。
 まあ、今のマンションの防衛システムでも十分なはずだが。
 皇紀システムと広域殲滅型のデュールゲリエが20体いる。
 
 「軍隊が来ても大丈夫なはずですけど、妖魔とかはどうなんですかね?」
 「ああ、デュールゲリエは対妖魔戦もこなせるタイプだからな」
 「そうですか!」
 「大体、お前の場合、その顔で仲間だと思われてるだろうしよ」
 「なんですよ!」

 大丈夫らしい。




 本当は中野に引っ越したいのだが、まあ、今も部長に護られてる感じはあるんで、我慢しよう。
 それに、私などが「虎」の軍に関わっているなどと、敵も考えないだろう。

 だけど、その考えが甘かったことにを思い知った。
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