富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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真夏の別荘 愛する者たちと Ⅵ 茜の定食屋2

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 自分がとんでもないことをしたことは、もう流石に分かっていた。
 でも、これから自分がどうなるのかは全く分からない。
 警察が来るかと思っていたが、一向に来ない。
 その理由も段々分かって来た。
 自分を連れて来た男たちは、多分ヤクザだ。
 服装や髪型、それに話し方でそれが分かる。
 真岡さんというあの中年の人は、親分さんなんだろうか。
 うちの会社の人も知っているということで、相当な人だということは分かった。

 暴力は振るわれていない。
 最初に、あの真岡さんが止めてくれたからだろうが、男たちは自分を睨んではいても、手を出す人間はいなかった。
 しかし、この後のことは分からない。
 ヤクザであれば、とんでもない要求をすることもあるだろう。
 トラさんが相手にして来たヤクザたちはみんなそうだったから、本当に怖かった。
 でも、あたしは自分がやったことは償わなきゃいけない。
 あんな大怪我させて本当に申し訳ない。
 どんなことでもしなきゃ。

 やがて手術が終わり、医者が出て来て男の一人に何か話していた。
 男は深く頭を下げて、みんなで病室へ移動した。
 病室は広い個室で、真岡さんという男性は麻酔で眠っていた。
 誰も何も喋らない。

 1時間ほどして、真岡さんは目を覚ました。
 私は床に土下座した。
 誰に言われたわけでもない。
 本当にとんでもないことをしてしまったのだ。
 眼鏡の男の人が叫んだ。

 「親父!」
 「騒ぐな。大丈夫だ」

 真岡さんは両足を丸太のように包帯を巻かれていた。
 麻酔か痛み止めのせいか、今は痛そうな雰囲気はない。

 「おい、娘」

 真岡さんが私を向いて言った。

 「はい! 美住茜と言います!」
 「そうか、おい茜。この始末をどうつける?」
 「はい! なんでもします! 本当に申し訳ありません!」
 
 「じゃあ、てめぇ、死ねや!」
 「黙れ!」

 真岡さんが怒鳴った。
 怒鳴られた男は「すいません」と謝り黙った。

 「茜よ、何百万も払えるのか?」
 「え! いえ、すいません! あたし金が無くって! でも何年かかっても!」
 「そうか。親はどうなんだ?」
 「はい! 親も貧乏で! かあちゃんは私を女手一つで育ててくれました! 私が仕送りをしてるんですが身体が弱い人で、かあちゃんも金はありません!」
 「そうか」

 真岡さんが私を見ていた。
 一番ベッドに近い、眼鏡を掛けた人が言った。

 「親父、こいつ、さっき仕事をクビになりました」
 「そうか」
 「私、すぐに仕事を探します!」
 「……」

 真岡さんがまた私を真剣に見ていた。

 「おい、こいつを俺の定食屋で働かせろ」
 「うす!」
 「はい?」

 なんか分からないうちに、話が決まってしまった。
 私はその日のうちにアパートも引き払い、郊外の定食屋に連れられた。
 夕方の4時にそのお店に着いた。

 結構古い、はっきり言ってボロい建物だった。
 でも、なんというかお店には風格みたいなものがあった。
 建物は古いが、店は清潔だ。
 さっき真岡さんと話していた藤下さんという眼鏡の人が私を連れて来た。
 この人はヤクザに見えない、会社員といった雰囲気だった。
 大きなベンツだった。
 少ない荷物だったので、トランクで十分だった。

 「ここだ」
 「はい、あの、どういうお店ですか?」
 「定食屋だ」
 「あの、わたし、何をすれば?」
 「なんでもやれ。言われたことは全部やれ」
 「分かりましたぁー!」

 そういうことになった。






 定食屋は2階建てで、1階がお店、2階は従業員の住居や倉庫になっていた。
 私は四畳半の畳の部屋が与えられた。
 入るとお布団が畳まれていて、今日からすぐに寝られるように用意されていた。
 他には小さなちゃぶ台だけだ。
 まあ、狭いから荷物は少なくていい。
 私が住んでたアパートも1Kでそう変わらない。
 お部屋もきちんと掃除されていた。
 アパートみたいに、外廊下があって、各部屋のドアがある。
 一応部屋にトイレがあったが、風呂は向かいの銭湯らしい。

 私の部屋の荷物は全部捨てられた。
 まあ、元々何も無かったので構わない。
 調理器具と食器、それに安い布団だけだ。
 料理はそれほどしなかったので、無くてもいい。
 布団も、こっちの方が豪華そうだ。
 着替えだけ持って来た。
 押入れがあり、押し入れボックスが幾つかあったので、それで十分だった。

 荷物を置くと、すぐに下に呼ばれた。
 藤下さんが中年の女性に挨拶している。

 「親父から言われました。今日からこいつがここで働きます」
 「ああ、聞いてるよ」

 「あの、美住茜です! よろしくお願いします!
 
 中年の女性が腕を組んで私を見ていた。
 奥に身体の大きな男性が厨房にいる。
 あとはお店の中に若い男性と女性。
 
 「なんだ、サルみたいだね」
 「はい」
 「えぇー!」
 「おいサル、こっちへ来な」
 「はい!」

 藤下さんは頭を下げて帰って行った。
 中で他の人たちに紹介された。
 厨房にいるのが鉄さん、男の従業員がワカさん、そして女将さんは名前を教えてくれなかった。
 女将さんと呼ぶようだ。
 それと、若い女の子は紹介してもらえなかった。
 後で私のそばに笑顔で来て言った。
 小さな声で話す。

 「私、葵って言うの。よろしくね!」
 「はい、葵さん、茜です!」
 「ウフフフフ」

 皆さんに頭を下げて挨拶した。

 「あの、何も知りませんが一生懸命に働きます!」

 ワカさんが私に説明してくれた。
 朝の11時が開店で、午後の3時まで。そしてまた5時に店を開けて深夜11時まで。
 食事を出すが、夜は居酒屋のようになるらしい。
 また葵さんが傍に来て教えてくれた。

 「あのさ、この店のことは聞いてるの?」
 「はい、定食屋さんだって」
 「まあ、そうなんだけどさ。お客さんがちょっとね」
 「はい?」
 「まあ、見りゃ分かるよ。一応ここは中立地帯だから」
 「はい?」

 よく分からないが、ワカさんと一緒に掃除を始めた。
 
 「女将さんはコワイ人だからね、絶対に逆らっちゃダメだよ?」
 「分かりました!」

 雰囲気で分かる。
 でも、私もそんな人たちを大勢知ってるから平気だ。
 と思っていたのだが……





 「遅いんじゃぁ、ゴラァ! 殺すぞ!」
 「ビールまだかぁ! 殺すぞ!」
 「なんでサルがいるんじゃぁ! てめぇ、殺すぞ!」

 「……」

 まともな客はいなかった。
 みんなヤクザじゃん!
 それも普通じゃない、イケイケの連中ばっかりだぁ!

 ビビることは無かったが、緊張はした。
 ヘタを打てば、とんでもないことになるのを感じた。
 口も悪いが、絶対に喧嘩も強い。
 トラさんほどじゃないけど。
 何よりも、どの人たちも発火点が低い。
 荒事になれば、お店に迷惑が掛かる。
 ワカさんも緊張しながら動いてる。
 でも、ビビってドン臭いことは絶対にしない。
 キビキビと動いている。
 それが一番重要なことだとすぐに分かった。

 葵さんは私について、いろいろ励ましながら教えてくれた。

 「茜ちゃん、怖がってないね?」
 「はい、結構ヤバい人たちに囲まれてましたんで」
 「そうなんだ! おもしろい子だね!」

 葵さんは20代前半に見えた。
 明るくて笑顔が素敵で優しい人なのがすぐに分かる。
 厨房では鉄さんが懸命に料理を作り、女将さんが時々手伝ったりしてる。
 出来た料理を運ぶのがワカさんと私の役目で、お客さんの注文も取る。
 空いたテーブルはすぐに拭いて、椅子を整える。
 会計は女将さんだ。
 
 「お前、なんでいるんじゃぁ! ぶっ殺すぞ!」
 「てめぇこそ、とっとと出てけ! 殺すぞ!」

 お店の中でお客さん同士でも激しい言い合いがあるが、実際に喧嘩にはならない。
 不思議だった。
 みんな口だけだ。

 異様な雰囲気と、本当に忙しいんで、異常なことは気にならなかった。
 とにかく、初日がなんとか終わった。

 「あんた、結構やるじゃん」

 女将さんがちょっと笑いながら言った。
 
 「いえ、何が何だか分からなくて」
 「アハハハハハハハ! でも、あんた、あの連中相手に怖がってなかったよね?」
 「はぁ、まあ高校時代に結構見てるんで」
 「あんた、ヤクザの家の子?」
 「いいえ、暴走族です。トラさんって気合の入ったお人が、しょっちゅう敵チームとかヤクザや愚連隊と揉めてまして」
 「へぇ、そうなんだ。まあ、何しろここでビビらない奴は嬉しいよ。ワカなんか、最初は泣いちゃったもんな」
 「今でも泣きそうですよ」
 「アハハハハハハハ!」

 葵さんはいつの間にかいなくなっていた。
 賄いを出してくれた。
 鉄さんが何が喰いたいか聞いてくれ、レバニラ定食を頼んだ。
 大盛にしてくれた。
 無口でコワイ顔をしてるけど、優しい人なのが分かった。
 ワカさんも一緒に賄いを食べ、その日は女将さんが銭湯に連れてってくれた。
 みんなこのお店の2階で暮らしているそうだ。
 女将さんの背中を流したが、弁天様の大きな刺青があった。
 まー、あんなお店を切り盛りしてるんだから、カタギじゃないとは思ってたけど。

 「食事は朝昼晩と出すから、きちんと食べな」
 「え、そうなんですか!」
 「ああ。朝は9時、昼と夜は混み具合だ。今日は忙しかったからあの時間になったけどさ」
 「はい、分かりました」
 「あんたの給料は安いよ?」
 「え、お給料が出るんですか!」
 「まあ、ちょっとはね。ああ、あんたお袋さんに仕送りしてるんだって?」
 「はい、まぁ……」

 かあちゃんにはしばらく仕送り出来ないことを思い、申し訳なかった。

 「幾ら送ってたんだい?」
 「毎月5万ほど」
 「分かった。じゃあ、その分と、あんたは月に5万円な」
 「エェー!」

 驚いた。

 「文句を言うんじゃないよ!」
 「いえ! いえ! とんでもないですよ! まさかお母ちゃんの仕送りまで貰えるなんて!」
 「え、あんた、そこかい?」
 「あたし、真岡さんにとんでもないことして! タダ働きだと思ってたんで!」
 「あ、ああ。まあね。真岡もあんたを気に入ったみたいでね。普通はこんなことはないよ」
 「そうなんですか?」

 訳が分からなかったが、本当に嬉しかった。

 「泣くんじゃないよ! あたしはそういうのは嫌いなんだ!」
 「すみません」

 湯船に顔をうずめて泣いた。

 「あたし、一生懸命に働きますからぁー!」
 「ああ、そうしな。あたしもトロい奴は勘弁しないからね」
 「ソープに売られると思ってましたぁー!」
 「なんだって?」
 「それか内臓」
 「バカ! お前みたいな奴が色っぽい稼ぎが出来るか! それに内臓なんかいらないよ!」
 「はい!」

 女将さんが顔を背けて笑っていた。





 その夜は、温かい布団で大満足だった。

 「これ、羽毛じゃん」

 敷布団もフカフカで、前のより断然いい。

 「ちゃぶ台まであるよ!」

 ぐっすりと眠った。
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