富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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未来への希望 XⅧ

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 俺だけが気付いていた。
 他の人間は子どもたちの喧嘩喰いを見てはいない。

 「お!」

 斬が亜紀ちゃんの右手の前腕を指で軽く突いたのが見えた。
 その瞬間、あの亜紀ちゃんが絶叫したのだ。

 「いったぁぁーーーい!」

 亜紀ちゃんが叫んで箸を取りこぼした。
 斬が笑っていた。
 ようやく他の全員が亜紀ちゃんたちを見る。
 亜紀ちゃんは右手を押さえて斬を睨んでいる。
 まだ痺れて動かないようだ。

 「「「北斗神拳!」」」
 「にゃ!」

 亜紀ちゃん以外のノリの良い子どもたちとロボが叫んだ。
 全員が呆然としている間に、斬は悠々と肉を平らげる。

 「いたぁ! まだ動かないですよ!」
 「フン!」

 双子と柳が警戒する。
 俺は虎蘭の所へ行った。

 「あれは久留間流の技だよな?」
 「よく御存知で。今は後継者もいませんが」
 「石神家だけか」
 「そうですね。明治の頃にうちに喧嘩売って来ましたから」
 「ボコボコか」
 「はい」

 石神家には相当な数の他の流派の技が伝わっている。
 主に怒貪虎さんが集めたものが多いが、時々道場破り的に向かってくる連中もいた。
 当然負けて、技を奪われる。
 というか、石神家の剣士は初見でおおよそのことが分かるのだ。
 まあ、そうは言っても石神家によって鍛えられることが多かった。
 数多の秘儀や武技が石神家の剣士たちによって示され、その流派の展開に大いに感謝された。
 その意図は、もっと強くなってまた挑んで来いという戦闘狂のそれだったが。
 また、その流派の専門的な追及が新たな発展をすることもある。
 それをまた「虎眼」によって解析し、奪うのだ。
 俺も虎白さんたちから、そうした石神家に伝わる各流派の技も教わっていた。
 当主として当然の務めだということだ。
 斬はどこであの技を知ったのか。
 まったく熱心な奴だ。

 亜紀ちゃんはまだ痛む右手で苦戦していた。
 弱っているため、ここぞとばかりに双子に肉を奪われる。

 「あーん」

 みんなで笑って見ていた。
 斬が満足して俺たちのテーブルに来た。
 士王を膝に乗せていろいろ食わせる。

 「お前、「北斗神拳」を知ってたか」
 「なんじゃそれは」
 「ちゃんと、「お前はもう死んでいる」って言ったか?」
 「フン!」

 仏頂面をしようとしたが、士王を乗せているので笑顔だった。
 自分でも気づいていないのかもしれない。

 「久留間流をどこで知ったんだよ?」
 「フン、お前も知っていたか」
 「まあな。人体の経絡を特殊なタイミングで打つものだよな?」
 「そうじゃ。お前の敵には通じんがな」
 「人間相手にもほとんどな。「花岡」ならばもっと効率的だ」

 「花岡」は人体を破壊しながら戦える。
 久留間流は面白いとは思うが格闘技としては威力に欠ける。
 指先で相手を制する面白さということだが、実戦ではスポーツ的にならざるを得ない。
 殺す技術としては甘いのだ。
 もちろん、相当な遣い手になればまた違うのだろうが。
 でも、決してケンシロウにはなれねぇ。
 殺す技が少ないのだ。

 亜紀ちゃんが肉を奪われ続け、必死な形相になっていた。
 斬が士王を降ろして行った。
 俺も付いて行く。
 虎蘭も来た。
 斬が虎蘭に言った。

 「虎蘭、お前は治せるか?」
 「はい」

 虎蘭が亜紀ちゃんの左肩を何カ所か押した。

 「あ! いたくなぁーい!」
 「ウフフフフ」
 「虎蘭さん、ありがとう!」
 「いいえ」

 亜紀ちゃんが復帰し、子どもたちはまた楽しそうに肉を奪い合った。
 斬もまた参戦し、すぐに亜紀ちゃんの胸を指で突く。

 「ンッギャァァァァァァー!」

 亜紀ちゃんが引っ繰り返って叫んだ。
 斬が喰いたくもない肉を口に入れて大笑いした。
 楽しそうな斬は珍しい。
 斬も笑って亜紀ちゃんの腰と左足首を押した。

 「おい、こいつが喰わないと肉が余るんだよ!」
 「分かった」

 亜紀ちゃんが涙目で斬を睨んでいた。
 治療してもらったと思い込んだ亜紀ちゃんがまた叫んだ。

 「あ、身体が動かない!」
 「獲物が狩人を信用するな」
 「『チェンソーマン』!」
 「ああ、それと、お前はもう死んでいるぞ」
 「だからやめてぇー! そういうのもういいからぁー!」

 俺が笑って背中と腿の何カ所かを押してやった。
 亜紀ちゃんが「イタタタ」と言いながら起きる。
 俺たちはテーブルに戻った。

 鷹が士王にハマグリを焼いてやっていた。
 醤油を少し垂らして食べさせる。

 「おいしい!」
 「そう、良かった」
 「ありがとう、鷹さん!」
 「うん」

 平和だぁー。
 まったく、一体どこの家で楽しいファミリー・バーベキューで秘伝格闘技が応酬されるんだ。





 食後はまた「虎温泉」に入った。
 士王が大喜びだ。
 あまり機会の無い鷹パイと滅多に会えないだろう虎蘭パイが主な標的だ。
 亜紀ちゃんや双子もレアなのだが、それほど興味はねぇ。
 あちこちで引っぱたかれる士王と栞を連れて早目に上がった。
 斬も一緒について来る。

 リヴィングで休んだ。

 「おい、斬」
 「なんじゃ」
 「栞の子がもうすぐ生まれる」
 「ああ」
 「お前、名前を付けてくれよ」
 「!」

 斬が驚いて俺を見た。
 こいつのこういう顔は珍しい。
 栞が微笑んで斬を見ている。

 「フン、お前が付ければいいだろう」
 「いや、栞とも話し合ったんだ。士王の名も、元々はお前の望みだっただろう。字は俺が宛てたがな」
 「お前が付けた名じゃ。わしは関係ない」
 「俺も栞もお前に付けて欲しいんだよ」

 斬が目を閉じた。

 「お前は歌が上手いな」
 「そうか」
 「お前の歌は良い。それにお前の中には歌が埋まっている」
 「ほう」

 斬も気付いたか。

 「《千歌(せんか)》。どうじゃ」
 「おお、いいな!」
 「おじいちゃん、いいよ!」
 「そうか。好きにしろ」

 あの冷酷無残な斬が、顔をそむけて少し恥ずかしがっているかのような表情だった。

 「《地獄少女》じゃなくて良かったぜぇ」
 「なんじゃそれは!」
 「おまえんち、物騒なのが多いじゃん」
 「ふざけるな!」
 「ワハハハハハハハ!」

 本当に良い名だと思った。
 栞も気に入ったようだ。
 栞の子は女の子だ。
 斬はその名に俺を込めてくれた。
 何よりも、この斬が俺の歌がいいと言ってくれたことが嬉しかった。

 《千歌》か。
 栞が斬の肩に手を置いて礼を言っている。
 士王も嬉しそうに笑っている。
 斬も笑顔になっていく。
 千歌の未来が明るいものになるように思った。




 斬のお陰だ。
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