62 / 276
第二部
12 エレナ、シーワード領へ
しおりを挟む
わたしとお兄様は馬車に乗りシーワード領に向かう。
海に向かって南下する広い街道は、貿易船からの積荷を王都まで運ぶため、石畳が整備されていて快適だ。
トワイン領を含めた国土を北上する街道は、北に進めば進むほど寂れていくのに、シーワード領までの街道沿いの町はどこも賑わっている。
国の経済を支えている南部の貴族たちが貴族院でも発言力を持ち、南部ばかりが繁栄する。
国内の火種にため息をついて、わたしは窓の外を眺める。
お兄様とわたしが乗る馬車の後ろを、メリー達使用人が乗る馬車が追いかけ、周りを王室から派遣された騎士団が囲み護衛をしてくれている。
「随分と物々しいのね」
「正式に発表されてなくても、一応、エレナは王太子殿下の婚約者だからね」
そうか。いくら安全な街道とはいえ長距離だものね。
発表はまだでも、一応は王太子殿下の婚約者であるエレナの事をよく思わない人もいて、何かしようと企む人もいるかもしれない。
仕方のないことかもしれないけれど、窓の外は騎士団の馬が見えるばかりだ。
「窓の外の景色を見るの楽しみにしていたのに、馬に囲まれてよく見えないわ」
「でも、騎士団の手入れが行き届いた名馬を見ているのも楽しいよ? ほら、あの馬とかうちが産出した子じゃないかなぁ」
名馬の産出で有名なトワイン領で、幼少期から乗馬を嗜んでいらしたなんて貴族丸出しのお兄様は、さっきから窓に張り付いて馬を眺めている。
「お兄様は本当に馬が好きなのね。外交のお仕事じゃなくて、騎士になったらいいのに」
「そりゃ、小さい頃は馬に乗る仕事がしたいから騎士になりたかったけど、僕は剣術や体術はそれほど得意じゃないから諦めたんだ」
悲しげな顔で笑うお兄様にキュンとする。
「あら。そうだったの? 残念ね……」
「馬術は得意なんだけどね」
「そうよね! お兄様に馬に乗せてもらうのはとても楽しいわ!」
エレナはお兄様に馬に乗せてもらって遠出をするのが好きだった。
わたしは慰めるためにお兄様の手を力強く握る。
「でしょ? 馬の扱いに関しては、剣術や体術がそれほど得意じゃなくて騎士を諦めるしかなかった僕の右に出るものは騎士を目指すものが多いアカデミーでもいなんだよね……」
あれ。自嘲しているはずなのに、そこはかとないマウントを感じる。
「そうなの?」
「だから、騎士になってもそこそこの地位にはつけるとは思うんだけどさ」
「……そうね。じゃあ騎士になられたら?」
「まぁ、でも殿下の腹心の補佐官がランスだけだと大変だろうし、気心が知れた僕が側近として殿下のお側にいた方がいいと思うんだよね。殿下もランスも頭がいいだけで、社交性がないからさ。僕くらい社交的な人間が外交の仕事をしてあげたほうがいいと思うんだ」
「……そうなのかしら……」
「そうだよー! だから僕が文官にならずに騎士になったらこの国の損失だとエレナも思うでしょ?」
「……そうね」
お兄様の自虐に見せかけた自慢話を聞きながら、旅路は進む。
自慢話はさておき、兄妹二人きりの空間は気安くて居心地がいい。
最初は三日間の馬車旅なんて……と思っていたけれど、今はもっと続けばいいのにと思う。
「こうやって……エレナと一緒に出かけられるのも、あとどれくらいあるのかな」
お兄様は窓の外を眺めながら、ポツリと呟く。
一年後はお兄様も王宮勤めになってお仕事を担うのだろう。
本当に外交の仕事が出来るような職に着任されたら、何年も外国に駐在する事だってあり得る。
エレナだって正式に婚約発表されれば王妃教育が始まるんだろうから、きっとやる事がいっぱいあるに違いないはず。
忙しい日々になって、兄妹二人でのんびりと旅行にいくなんて事は、もしかしたらこれが最後かもしれない。
淋しくなったわたしはお兄様に寄りかかると、お兄様はギュッと私の肩を抱き寄せてくれる。
イスファーン王国の使者を歓迎するための式典だとか、王女様の案内係だとかいろいろと不安はいっぱいあるけれど、いまはお兄様との馬車旅を心の底から楽しむ事にした。
海に向かって南下する広い街道は、貿易船からの積荷を王都まで運ぶため、石畳が整備されていて快適だ。
トワイン領を含めた国土を北上する街道は、北に進めば進むほど寂れていくのに、シーワード領までの街道沿いの町はどこも賑わっている。
国の経済を支えている南部の貴族たちが貴族院でも発言力を持ち、南部ばかりが繁栄する。
国内の火種にため息をついて、わたしは窓の外を眺める。
お兄様とわたしが乗る馬車の後ろを、メリー達使用人が乗る馬車が追いかけ、周りを王室から派遣された騎士団が囲み護衛をしてくれている。
「随分と物々しいのね」
「正式に発表されてなくても、一応、エレナは王太子殿下の婚約者だからね」
そうか。いくら安全な街道とはいえ長距離だものね。
発表はまだでも、一応は王太子殿下の婚約者であるエレナの事をよく思わない人もいて、何かしようと企む人もいるかもしれない。
仕方のないことかもしれないけれど、窓の外は騎士団の馬が見えるばかりだ。
「窓の外の景色を見るの楽しみにしていたのに、馬に囲まれてよく見えないわ」
「でも、騎士団の手入れが行き届いた名馬を見ているのも楽しいよ? ほら、あの馬とかうちが産出した子じゃないかなぁ」
名馬の産出で有名なトワイン領で、幼少期から乗馬を嗜んでいらしたなんて貴族丸出しのお兄様は、さっきから窓に張り付いて馬を眺めている。
「お兄様は本当に馬が好きなのね。外交のお仕事じゃなくて、騎士になったらいいのに」
「そりゃ、小さい頃は馬に乗る仕事がしたいから騎士になりたかったけど、僕は剣術や体術はそれほど得意じゃないから諦めたんだ」
悲しげな顔で笑うお兄様にキュンとする。
「あら。そうだったの? 残念ね……」
「馬術は得意なんだけどね」
「そうよね! お兄様に馬に乗せてもらうのはとても楽しいわ!」
エレナはお兄様に馬に乗せてもらって遠出をするのが好きだった。
わたしは慰めるためにお兄様の手を力強く握る。
「でしょ? 馬の扱いに関しては、剣術や体術がそれほど得意じゃなくて騎士を諦めるしかなかった僕の右に出るものは騎士を目指すものが多いアカデミーでもいなんだよね……」
あれ。自嘲しているはずなのに、そこはかとないマウントを感じる。
「そうなの?」
「だから、騎士になってもそこそこの地位にはつけるとは思うんだけどさ」
「……そうね。じゃあ騎士になられたら?」
「まぁ、でも殿下の腹心の補佐官がランスだけだと大変だろうし、気心が知れた僕が側近として殿下のお側にいた方がいいと思うんだよね。殿下もランスも頭がいいだけで、社交性がないからさ。僕くらい社交的な人間が外交の仕事をしてあげたほうがいいと思うんだ」
「……そうなのかしら……」
「そうだよー! だから僕が文官にならずに騎士になったらこの国の損失だとエレナも思うでしょ?」
「……そうね」
お兄様の自虐に見せかけた自慢話を聞きながら、旅路は進む。
自慢話はさておき、兄妹二人きりの空間は気安くて居心地がいい。
最初は三日間の馬車旅なんて……と思っていたけれど、今はもっと続けばいいのにと思う。
「こうやって……エレナと一緒に出かけられるのも、あとどれくらいあるのかな」
お兄様は窓の外を眺めながら、ポツリと呟く。
一年後はお兄様も王宮勤めになってお仕事を担うのだろう。
本当に外交の仕事が出来るような職に着任されたら、何年も外国に駐在する事だってあり得る。
エレナだって正式に婚約発表されれば王妃教育が始まるんだろうから、きっとやる事がいっぱいあるに違いないはず。
忙しい日々になって、兄妹二人でのんびりと旅行にいくなんて事は、もしかしたらこれが最後かもしれない。
淋しくなったわたしはお兄様に寄りかかると、お兄様はギュッと私の肩を抱き寄せてくれる。
イスファーン王国の使者を歓迎するための式典だとか、王女様の案内係だとかいろいろと不安はいっぱいあるけれど、いまはお兄様との馬車旅を心の底から楽しむ事にした。
5
あなたにおすすめの小説
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw
さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」
ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。
「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」
いえ! 慕っていません!
このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。
どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。
しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……
*設定は緩いです
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。
《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》
【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが
藍生蕗
恋愛
子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。
しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。
いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。
※ 本編は4万字くらいのお話です
※ 他のサイトでも公開してます
※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。
※ ご都合主義
※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!)
※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。
→同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
成人したのであなたから卒業させていただきます。
ぽんぽこ狸
恋愛
フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。
すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。
メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。
しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。
それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。
そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。
変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。
死に戻りの悪役令嬢は、今世は復讐を完遂する。
乞食
恋愛
メディチ家の公爵令嬢プリシラは、かつて誰からも愛される少女だった。しかし、数年前のある事件をきっかけに周囲の人間に虐げられるようになってしまった。
唯一の心の支えは、プリシラを慕う義妹であるロザリーだけ。
だがある日、プリシラは異母妹を苛めていた罪で断罪されてしまう。
プリシラは処刑の日の前日、牢屋を訪れたロザリーに無実の証言を願い出るが、彼女は高らかに笑いながらこう言った。
「ぜーんぶ私が仕組んだことよ!!」
唯一信頼していた義妹に裏切られていたことを知り、プリシラは深い悲しみのまま処刑された。
──はずだった。
目が覚めるとプリシラは、三年前のロザリーがメディチ家に引き取られる前日に、なぜか時間が巻き戻っていて──。
逆行した世界で、プリシラは義妹と、自分を虐げていた人々に復讐することを誓う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる