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第二部
28 エレナ、領地を案内する
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さくっと羊毛の取引を行う事が決まってしまい、祭りが始まるまでやる事がなくなったアイラン様御一行の接待のために、お兄様は隙あらばアイラン様を馬に乗せて領地内を連れ回している。
別荘の周りを散策だとか、お昼ご飯を食べにピクニックだとか湖でボートだとか、わたしとお兄様が小さい頃から毎日していた様なたわいない事でも、イスファーン城の後宮で暮らしているアイラン様にすると興味深い事らしい。
今日は猟に出ようと誘われて森で野うさぎを狙っている……はずだった。
この森は王室直轄の猟場として管理されていて、大きな肉食獣はいない。
そのため野うさぎや雉、鹿なんかがのびのびと暮らしている。
そこに猟犬を放って獲物を追いかけさせて、待ち伏せして銃で撃つのだけど、猟銃の構え方をレクチャーするのを口実にお兄様はアイラン様を後ろから抱き抱えて顔を寄せて耳元でずっと囁き続けている。
野うさぎを捕まえるつもりなんて全くない。
猟をするつもりがないなら最初から教えておいてほしい。
職務を全うしようと必死になって追いかけている猟犬達も、むやみに犬に追いかけられている野うさぎにも悪いと思わないのかしら。
そして、猟をするもんだと思って服装だ猟銃の準備だをしてきた殿下とランス様にも悪いと思わないのかしら。
そもそもわたし達の準備をしてくれた使用人達にも、猟で捕まえた獲物で何を作ろうかなんて言いながら見送ってくれた料理人達にも悪いと思わないのかしら。
「殿下もランス様も森の入り口に戻りませんか? ユーゴにお茶をいれてもらいましょうよ」
今日はユーゴとアイラン様の侍女のネネイがわたしたちに付き添ってくれていて、今は森の入り口に止めた馬車で馭者と一緒に留守番している。
ユーゴだって別荘で指揮したりとやる事があるはずなのに不憫だ。
ここで不毛な時間を過ごすよりも、ユーゴ達のところに戻ってお茶でも飲みながら読書をしたりした方がよっぽど有意義に過ごせる。
「……ユーゴのいれたお茶は飲めない」
殿下はぽそっと呟く。
なんだか機嫌が悪いっぽい。
そりゃ殿下はお忙しい中わざわざ時間を作って下さったのに、お兄様が放っておいてるんだものね。
普段エレナに優しくてしてくれるお兄様のためにも一肌脱いで機嫌をとりたいところだけど、方法が全く思いつかない。
少しだけ唇が尖った殿下の横顔をじっと見つめる。
本当に顔がいい。
拗ねてる顔も素敵。
殿下がわたしの視線に気がついてわたしと目が合うと、一瞬ばつの悪そうな顔を見せる。
「いや……ウェードの入れたお茶しか飲まない様にしていて、別にユーゴがいれたお茶だから飲まないというわけではなくて……」
殿下のばつの悪そうな顔もゴニョニョと言い訳をしている姿もなんか、ちょっと可愛い。
この国の王太子殿下なんだもの、毒味とか色々必要なはずだし、別に言い訳しなくても当たり前のことだから気にならないのに。
あれ?
でも、殿下はメリーのいれたお茶は飲んでくれている。
そうか! メリーは殿下に信頼されているのね。
メリーのいれるお茶はこの世で一番美味しいものね。
メリーが信頼されている事に気がついたわたしはつい嬉しくなって口元が緩んでしまう。
「じゃあ、早く別荘に戻ってお茶をいれてもらいましょう。きっとこのまま野うさぎは捕まらないわ。 お兄様ー! 獲物は諦めてそろそろおしまいにしましょうよ!」
わたしが大きな声でお兄様を呼ぶと、両肩をすくめて仕方ないなってポーズをとったお兄様が指笛を吹く。
猟犬達は野うさぎを追いかけるのをやめてお兄様の元に集まってきた。
『アイラン様。頑張ったうちの犬達にご褒美をあげてくださいませんか』
『無理よ。きっと吠えられるわ』
『今日は香水をつけないで来て下さったでしょう? 香檸檬の香りはしないから、うちの犬はアイラン様に吠えたりしませんよ』
香檸檬どころか、あんなにべったりアイラン様を後ろから抱きしめていたら、お兄様の匂いに包まれている。
猟犬たちが大好きなお兄様の匂いプンプンさせてるアイラン様に噛み付いたり吠えたりするわけがない。
干し肉をアイラン様に手渡したお兄様は、わたしたちのそばに戻って猟銃の片付けを始める。
猟犬達がアイラン様にご褒美の干し肉をもらって尻尾をちぎれんばかりに振っているのを眺めながらお兄様を睨む。
「ずるいわ」
「え?」
お兄様はいつも「猟犬との主従関係が崩れるからダメだよ」とわたしが餌をあげたがっても絶対に自分があげるし、王都にいて餌があげられない時も犬の世話をする使用人だけしか餌をあげさせない。
「アイラン様にご褒美をあげさせるなんて、いつもと言ってる事が違うもの」
「あぁ。犬にご褒美あげ慣れたら、僕にもご褒美もくれやすくならないかなぁって思って」
お兄様がいつものように屈託なく暢気に笑っているのをわたし達は半目で見つめる。
「どういう事?」
「ほら、イスファーンの役人に編み機の輸入を断られたから、アイラン様と仲良くなってアイラン様からご褒美でもらおうと思って」
「その為にずっとみんなを振り回していたの?」
「でもエレナも編み機欲しいでしょ」
「……そりゃ欲しいけど、でもアイラン様と仲良くなるだけなら、猟なんて大掛かりな事しなくてもいいじゃない。こんなに大々的に準備してもらって結局アイラン様の事をお兄様がちやほやしただけで何の成果もなく帰るのよ」
「猟はアイラン様がしてみたいっていうからさ。女の子のお願いは叶えてあげなきゃでしょ?」
女の子に甘いお兄様はさも当たり前のように答える。
「あ、でもまだ 編み機は焦ったらダメだよ。時間をかけてゆっくりほだして僕のおねだりを聞いてあげなきゃいけない気分にさせてからだから。あと、昨日仕掛けておいたくくり罠に野うさぎと雉がかかってる。手ぶらで帰らないから安心してね」
片付け終わったお兄様がふふっと笑ってアイラン様の元に戻っていくのと、残されたわたしたちが盛大にため息をついたのは同じタイミングだった。
別荘の周りを散策だとか、お昼ご飯を食べにピクニックだとか湖でボートだとか、わたしとお兄様が小さい頃から毎日していた様なたわいない事でも、イスファーン城の後宮で暮らしているアイラン様にすると興味深い事らしい。
今日は猟に出ようと誘われて森で野うさぎを狙っている……はずだった。
この森は王室直轄の猟場として管理されていて、大きな肉食獣はいない。
そのため野うさぎや雉、鹿なんかがのびのびと暮らしている。
そこに猟犬を放って獲物を追いかけさせて、待ち伏せして銃で撃つのだけど、猟銃の構え方をレクチャーするのを口実にお兄様はアイラン様を後ろから抱き抱えて顔を寄せて耳元でずっと囁き続けている。
野うさぎを捕まえるつもりなんて全くない。
猟をするつもりがないなら最初から教えておいてほしい。
職務を全うしようと必死になって追いかけている猟犬達も、むやみに犬に追いかけられている野うさぎにも悪いと思わないのかしら。
そして、猟をするもんだと思って服装だ猟銃の準備だをしてきた殿下とランス様にも悪いと思わないのかしら。
そもそもわたし達の準備をしてくれた使用人達にも、猟で捕まえた獲物で何を作ろうかなんて言いながら見送ってくれた料理人達にも悪いと思わないのかしら。
「殿下もランス様も森の入り口に戻りませんか? ユーゴにお茶をいれてもらいましょうよ」
今日はユーゴとアイラン様の侍女のネネイがわたしたちに付き添ってくれていて、今は森の入り口に止めた馬車で馭者と一緒に留守番している。
ユーゴだって別荘で指揮したりとやる事があるはずなのに不憫だ。
ここで不毛な時間を過ごすよりも、ユーゴ達のところに戻ってお茶でも飲みながら読書をしたりした方がよっぽど有意義に過ごせる。
「……ユーゴのいれたお茶は飲めない」
殿下はぽそっと呟く。
なんだか機嫌が悪いっぽい。
そりゃ殿下はお忙しい中わざわざ時間を作って下さったのに、お兄様が放っておいてるんだものね。
普段エレナに優しくてしてくれるお兄様のためにも一肌脱いで機嫌をとりたいところだけど、方法が全く思いつかない。
少しだけ唇が尖った殿下の横顔をじっと見つめる。
本当に顔がいい。
拗ねてる顔も素敵。
殿下がわたしの視線に気がついてわたしと目が合うと、一瞬ばつの悪そうな顔を見せる。
「いや……ウェードの入れたお茶しか飲まない様にしていて、別にユーゴがいれたお茶だから飲まないというわけではなくて……」
殿下のばつの悪そうな顔もゴニョニョと言い訳をしている姿もなんか、ちょっと可愛い。
この国の王太子殿下なんだもの、毒味とか色々必要なはずだし、別に言い訳しなくても当たり前のことだから気にならないのに。
あれ?
でも、殿下はメリーのいれたお茶は飲んでくれている。
そうか! メリーは殿下に信頼されているのね。
メリーのいれるお茶はこの世で一番美味しいものね。
メリーが信頼されている事に気がついたわたしはつい嬉しくなって口元が緩んでしまう。
「じゃあ、早く別荘に戻ってお茶をいれてもらいましょう。きっとこのまま野うさぎは捕まらないわ。 お兄様ー! 獲物は諦めてそろそろおしまいにしましょうよ!」
わたしが大きな声でお兄様を呼ぶと、両肩をすくめて仕方ないなってポーズをとったお兄様が指笛を吹く。
猟犬達は野うさぎを追いかけるのをやめてお兄様の元に集まってきた。
『アイラン様。頑張ったうちの犬達にご褒美をあげてくださいませんか』
『無理よ。きっと吠えられるわ』
『今日は香水をつけないで来て下さったでしょう? 香檸檬の香りはしないから、うちの犬はアイラン様に吠えたりしませんよ』
香檸檬どころか、あんなにべったりアイラン様を後ろから抱きしめていたら、お兄様の匂いに包まれている。
猟犬たちが大好きなお兄様の匂いプンプンさせてるアイラン様に噛み付いたり吠えたりするわけがない。
干し肉をアイラン様に手渡したお兄様は、わたしたちのそばに戻って猟銃の片付けを始める。
猟犬達がアイラン様にご褒美の干し肉をもらって尻尾をちぎれんばかりに振っているのを眺めながらお兄様を睨む。
「ずるいわ」
「え?」
お兄様はいつも「猟犬との主従関係が崩れるからダメだよ」とわたしが餌をあげたがっても絶対に自分があげるし、王都にいて餌があげられない時も犬の世話をする使用人だけしか餌をあげさせない。
「アイラン様にご褒美をあげさせるなんて、いつもと言ってる事が違うもの」
「あぁ。犬にご褒美あげ慣れたら、僕にもご褒美もくれやすくならないかなぁって思って」
お兄様がいつものように屈託なく暢気に笑っているのをわたし達は半目で見つめる。
「どういう事?」
「ほら、イスファーンの役人に編み機の輸入を断られたから、アイラン様と仲良くなってアイラン様からご褒美でもらおうと思って」
「その為にずっとみんなを振り回していたの?」
「でもエレナも編み機欲しいでしょ」
「……そりゃ欲しいけど、でもアイラン様と仲良くなるだけなら、猟なんて大掛かりな事しなくてもいいじゃない。こんなに大々的に準備してもらって結局アイラン様の事をお兄様がちやほやしただけで何の成果もなく帰るのよ」
「猟はアイラン様がしてみたいっていうからさ。女の子のお願いは叶えてあげなきゃでしょ?」
女の子に甘いお兄様はさも当たり前のように答える。
「あ、でもまだ 編み機は焦ったらダメだよ。時間をかけてゆっくりほだして僕のおねだりを聞いてあげなきゃいけない気分にさせてからだから。あと、昨日仕掛けておいたくくり罠に野うさぎと雉がかかってる。手ぶらで帰らないから安心してね」
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