【完結】破滅フラグを回避したいのに婚約者の座は譲れません⁈─王太子殿下の婚約者に転生したみたいだけど転生先の物語がわかりません─

江崎美彩

文字の大きさ
85 / 276
第二部

35 エレナとロマンス小説のお姫様

しおりを挟む
 イスファーン王国は遥か昔に部族ごとに統治をしていた首長達が近隣の大国に対抗するために同盟を結んだ事から成り立った国だ。
 今は国名にもなっている多数派のイスファーン族が主権を握り王政を敷いているが、部族によっては昔のように主権を取り戻そうとする者や独立を企てる者もおり、内戦やクーデターなどが頻繁に起こる。

 というのは以前殿下から誕生日プレゼントとして送られてきたイスファーン王国史など他国の歴史書とその論文一式を、殿下に感想の手紙を送りたい一心で猛勉強したエレナの知識で知っている。

 どこの国でもそうかもしれないけれど、治世者達の結婚というのは政治の駆け引き材料になりやすい。
 殿下とコーデリア様の婚約だって正式に決まらなかったのはシーワード公爵家と殿下の母君の生家であるヘルガー公爵家の覇権争いのいざこざかあったりとかいろいろあったらしい。
 結局成人する一年前に誰とも婚約してないわけにはいかないからとりあえずでエレナと婚約する事になったみたいだけど、平和な大国であるヴァーデン王国ですら王子様の結婚が政治の駆け引きの材料になるんだから、政情が不安定なイスファーンでは当たり前の日常なんだ。

 ネネイの話によると、少数派の部族であるカターリアナ族首長の娘だったアイラン様の母親は、部族の人質としてイスファーン国王の側妃として迎え入れられていて、王女であるアイラン様は王族の人質として他の部族に嫁いでいく。
 で、その嫁ぎ先の候補がイスファーンの王室に楯突いている部族の首長の予定らしい。

『ということですので、アイラン様は十六歳になる前にイスファーン王室の利益になる相手を見つけなければムタファの首長に嫁ぐ事になっています』

 イスファーンは一夫多妻性をしいているので、アイラン様はすでに妻も子供もなんなら孫もいる相手に嫁ぐ。
 人質だからと大切なお客様として扱われるケースもあるらしいけど、ムタファの首長は無類の女好きで大切なお客様として扱ってはくれないだろう。
 という事で、側妃の娘で王室内に大した後ろ盾のないアイラン様に白羽の矢が立っている。

 すけべジジイだエロジジイだ凄い勢いで罵り続けたアイラン様は、疲れて酔いが回ったのかスピスピと鼻息を鳴らして眠っている。

『可哀想に……』
『余計な同情は結構でございます。これはイスファーン王室とカターリアナ族の問題ですから。それともエレナ様は、アイラン様のためにシリル殿下の婚約者の地位を譲り渡していただける。ということでいらっしゃいますか? それともアイラン様に正妻の座を譲り渡し、エレナ様は側妃に収まっていただいても結構でございますよ』

 わたしの呟きに言い返したネネイは胡乱な眼差しを向ける。
 そりゃそうよね。
 なんの解決策もなく、ただ同情なんてされてもなんにもならない。

 でも。わたしが今いるのはアイラン様がヒロインのロマンス小説の世界なのかもしれない。
 だって、そんな悲壮な使命を抱いたヒロインが異国で王子様と出逢ったら……
 ベタに恋が始まって王子様が救い出してくれる。
 王子様のかりそめの婚約者でしかないエレナは、きっと物語に刺激を与えるためのスパイスなんだわ。

 これは『破滅フラグ』だ。
 下手に騒いで話を拗らせたらエレナが断罪されて、追放とかお家取り壊しとか斬首刑とかになったら困る。

 こんなに家族に愛されて、使用人にも愛されて、領民からも愛されてるエレナに悲惨な最期は似合わないもの。

『わたしは……殿下とアイラン様のご結婚が本当にこの国にとって一番いい選択なのであれば、わたしは婚約破棄されても仕方ないと思っています……』
「ちょっと、エレナ! 何言ってるの!」

 慌ててお兄様が人差し指でわたしの口を塞ぐ。

『ネネイ。エレナは婚約発表の時期が近づいて神経質になっているだけで、今の発言は本心じゃない』
『分かっております。それにエレナ様もお分かりだからこそヴァーデン王国にとって一番いい選択であればとおっしゃているのでしょう。アイラン様は勉強が嫌いなので、単純に王族同士の結婚であれば国益に叶うと思っているだけです。ヴァーデン王国内でイスファーンがどう思われているのか考えが至らないのです』

 ネネイが言う様にヴァーデン王国とイスファーン王国は五十年ほど前に和平を結んだ際に、嫁いだヴァーデン王国の王女様が冷遇されていた。なんて噂がまことしやかに流れるほど関係は冷え切っている。
 でも、今回の交易がうまくいえば関係は改善される。
 そうすれば国益にかなうんじゃないかしら……

 ネネイはお兄様にアイラン様を寝かすためにどこか部屋を貸して欲しいと頼み、アイラン様を抱き上げようとする。
 ふらついてソファから持ち上がらない。
 ネネイはアイラン様と体格が変わらないので、眠って力が抜けているアイラン様を抱いて移動するのは大変そうだ。

『ネネイ、僕が部屋までお連れするよ』

 お兄様はネネイにウィンクをしてアイラン様を代わりに運ぼうとすると、思い切り睨まれる。

『トワイン侯爵令息。こちらの事情はご理解いただけましたよね? アイラン様の心を掻き乱す様なことは、ゆめゆめなさらぬようにしてくださいませ。よろしゅうございますね?』

 そう言ったネネイは気合を入れてアイラン様を持ち上げると、誘導するユーゴの後に着いて部屋を出て行った。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw

さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」  ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。 「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」  いえ! 慕っていません!  このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。  どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。  しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……  *設定は緩いです  

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///) ※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。 《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

藍生蕗
恋愛
 子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。  しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。  いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。 ※ 本編は4万字くらいのお話です ※ 他のサイトでも公開してます ※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。 ※ ご都合主義 ※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!) ※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。  →同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

成人したのであなたから卒業させていただきます。

ぽんぽこ狸
恋愛
 フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。  すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。  メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。  しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。  それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。  そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。  変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

死に戻りの悪役令嬢は、今世は復讐を完遂する。

乞食
恋愛
メディチ家の公爵令嬢プリシラは、かつて誰からも愛される少女だった。しかし、数年前のある事件をきっかけに周囲の人間に虐げられるようになってしまった。 唯一の心の支えは、プリシラを慕う義妹であるロザリーだけ。 だがある日、プリシラは異母妹を苛めていた罪で断罪されてしまう。 プリシラは処刑の日の前日、牢屋を訪れたロザリーに無実の証言を願い出るが、彼女は高らかに笑いながらこう言った。 「ぜーんぶ私が仕組んだことよ!!」 唯一信頼していた義妹に裏切られていたことを知り、プリシラは深い悲しみのまま処刑された。 ──はずだった。 目が覚めるとプリシラは、三年前のロザリーがメディチ家に引き取られる前日に、なぜか時間が巻き戻っていて──。 逆行した世界で、プリシラは義妹と、自分を虐げていた人々に復讐することを誓う。

処理中です...