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第二部
40 エレナと祭りの最終日
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「ユーゴ。どういうつもりであんなこと言ったの!」
「駆け落ちはダメだって言うから正攻法です」
ユーゴはなぜか自慢げだ。
「どこが正攻法なの! 王室に喧嘩売る様な事言って、じっちゃま達のこと煽ってあんなに盛り上げちゃって、盛り上がりすぎて収集つかなくなっちゃったじゃない! じっちゃま達にユーゴが優勝しても認めないなんて言ったら暴動になりかねないよ。駆け落ち以上にダメに決まってるじゃないか!」
「じゃあ、駆け落ちならしてもいいですか?」
「『じゃあ』じゃない! 絶対にダメ!」
盛り上がりまくった領民達に「決勝戦はお昼を食べた後に開催する」と宣言した後、わたしを引き連れて屋敷に戻ったお兄様はユーゴを部屋に呼んだ。
わたしの事をソファに座らせると、お兄様は自分の机に座り目の前にユーゴを立たせる。
珍しくお兄様が怒りを露わにしてユーゴを問い詰めるけど、ユーゴは全く反省の色がない。
それにお兄様が怒ってもちっとも迫力がない。
お兄様は頭を抱えて天を仰ぐと小さな声で「もううっ」と呟いた。
お兄様とわたしと兄弟みたいに育ったユーゴは、まるで小さいお兄様みたいだ。
ロマンチストで芝居がかってて、調子がいい。
調子のいいお兄様やユーゴにエレナはいつも振り回されている。
「だいたいエレナもユーゴにされるがままになってないで毅然とした態度を取りなさい」
ユーゴと話してても埒が開かないと思ったお兄様の矛先がわたしに向かう。
「だって……」
「だってじゃないよ。エレナは王太子妃になるんでしょ。未来の国母だよ。ユーゴなんかに振り回されたりしてエレナに務まるの?」
「……務まるわけないわ。だからわたしはかりそめの婚約者なんでしょう?」
「ねぇ、エレナ。こないだから何を言ってるの? かりそめな訳ないでしょ」
お兄様はエレナを可愛がっているからそんなことを言うけれど、かりそめの婚約者なことくらいわたしが一番わかってる。
「かりそめじゃなきゃ、いつわりだわ! きっと婚約は無かったことにされちゃうのよ。だから、殿下はわたしのこと放っておいたんでしょ?」
「そんな事ないよ! ほら、婚約発表用のドレスやアクセサリーだって贈ってくれたし、今年はお誕生日に読み古した本じゃなくて、イヤリングをもらったんでしょ? あ、ほらあと春に倒れた時にお見舞いも来てくれたし、その時に花束もらって喜んでたじゃない。アカデミーでも殿下はエレナと会ってくださるでしょ?」
落ち込んだ声を出すわたしにお兄様は慌ててフォローしてくれる。
「でも、昨年婚約者に内定した後、エレナ様が王都に行かれるまで何もありませんでしたよ」
「もう! ユーゴは黙ってて!」
「いいのよ。お兄様。ユーゴの言う通りなのよ。わかってるわ。わたしが一人で婚約者になって浮かれていただけなんでしょ? だって、一昨日いらした時も、殿下は胡桃のケーキ召し上がらなかったわ。殿下と子供の頃に、次は一緒に食べようって約束したのよ。それなのに……」
一昨日メリーが殿下が別荘に戻られた後にお茶の片付けに行ったら、胡桃のケーキには手がついていなかったそうだ。
その事をわたしに告げるメリーの顔があまりに切なくて、小さい頃に殿下と交わした約束を思い出した。
──胡桃を集めるために木登りしていたお転婆なエレナを心配していたメリーに「お嫁に行けなかったら僕のお嫁さんになればいい」なんて言ってくれた幼い頃。
結局拾った胡桃でケーキを作る前に殿下は王宮に戻ることになって、今度うちの領地にいらした時に食べられなかった胡桃のケーキを食べるって約束をした。
殿下はそんな子供の頃にした約束なんて、覚えてないのかしら。
それとも、覚えているから召し上がりたくなかったのかしら。
わたしは勝手にこぼれ落ちそうになる涙をグッとこらえる。
「もぅ。だから胡桃のケーキはやだったんだ」
「……お兄様は食べていただけないのわかっていたのね? わたしが勝手に約束だなんて固執しているのを殿下は負担に思われてるって、お兄様はご存じだったんでしょ?」
「違うよ。単に殿下はいつも甘いものなんて召し上がらないから、エレナの期待を裏切ることになったら嫌だなって思っただけだよ。違うお菓子なら殿下が食べなくても気にならないでしょ」
「やっぱりお兄様は、召し上がらないのご存じだったんじゃない」
「だから、故意に召し上がらないのと単純に甘いものを召し上がらないのは違うよ。約束のケーキだけど甘いから食べられなかったんだよ……きっと」
お兄様は一生懸命に慰めてくれようとしているけど、無理があるわ。
「エリオット様はエレナ様を人質として差し出して王宮内の地位を確立させたいから、そんな事をおっしゃって誤魔化そうとしてるんじゃないですか?」
「ユーゴ!」
ユーゴを諌めた後は押し黙るお兄様を見て、図星なのだと合点する。
お兄様はお喋りだけど、自分の気持ちに嘘をつくのは下手なので都合が悪いと黙り込んだり大袈裟に振る舞ってしまう癖がある。
わたしはお兄様を見つめる。
机から立ち上がったお兄様はわたしの隣に腰を下ろした。
「僕は、エレナを人質にしてまで王宮内の地位なんて欲しくない。そもそも考えてごらんよ。僕はエレナが殿下と婚約する前から殿下の幼馴染で殿下の一番の学友だもの。エレナが王室に輿入れしようがしまいが僕自身の力で実績を作って、地位は確立させられるよ。そうでしょ?」
「でも、わたしが殿下から婚約破棄されたりしたら困るでしょ」
「婚約破棄されることなんてないよ」
「あるわ!」
ため息をつくお兄様を尻目に今度はユーゴがわたしの足元にひざまづいて、手を握る。
「婚約破棄されたら、僕と結婚しましょう。そうすればエレナ様はお祖父様のいる礼拝堂で幸せにくらせます。僕はエレナ様に手を出したりしませんから、安心して領地の女神様で居続けてくださいね」
そういったユーゴの目は真剣だった。
「駆け落ちはダメだって言うから正攻法です」
ユーゴはなぜか自慢げだ。
「どこが正攻法なの! 王室に喧嘩売る様な事言って、じっちゃま達のこと煽ってあんなに盛り上げちゃって、盛り上がりすぎて収集つかなくなっちゃったじゃない! じっちゃま達にユーゴが優勝しても認めないなんて言ったら暴動になりかねないよ。駆け落ち以上にダメに決まってるじゃないか!」
「じゃあ、駆け落ちならしてもいいですか?」
「『じゃあ』じゃない! 絶対にダメ!」
盛り上がりまくった領民達に「決勝戦はお昼を食べた後に開催する」と宣言した後、わたしを引き連れて屋敷に戻ったお兄様はユーゴを部屋に呼んだ。
わたしの事をソファに座らせると、お兄様は自分の机に座り目の前にユーゴを立たせる。
珍しくお兄様が怒りを露わにしてユーゴを問い詰めるけど、ユーゴは全く反省の色がない。
それにお兄様が怒ってもちっとも迫力がない。
お兄様は頭を抱えて天を仰ぐと小さな声で「もううっ」と呟いた。
お兄様とわたしと兄弟みたいに育ったユーゴは、まるで小さいお兄様みたいだ。
ロマンチストで芝居がかってて、調子がいい。
調子のいいお兄様やユーゴにエレナはいつも振り回されている。
「だいたいエレナもユーゴにされるがままになってないで毅然とした態度を取りなさい」
ユーゴと話してても埒が開かないと思ったお兄様の矛先がわたしに向かう。
「だって……」
「だってじゃないよ。エレナは王太子妃になるんでしょ。未来の国母だよ。ユーゴなんかに振り回されたりしてエレナに務まるの?」
「……務まるわけないわ。だからわたしはかりそめの婚約者なんでしょう?」
「ねぇ、エレナ。こないだから何を言ってるの? かりそめな訳ないでしょ」
お兄様はエレナを可愛がっているからそんなことを言うけれど、かりそめの婚約者なことくらいわたしが一番わかってる。
「かりそめじゃなきゃ、いつわりだわ! きっと婚約は無かったことにされちゃうのよ。だから、殿下はわたしのこと放っておいたんでしょ?」
「そんな事ないよ! ほら、婚約発表用のドレスやアクセサリーだって贈ってくれたし、今年はお誕生日に読み古した本じゃなくて、イヤリングをもらったんでしょ? あ、ほらあと春に倒れた時にお見舞いも来てくれたし、その時に花束もらって喜んでたじゃない。アカデミーでも殿下はエレナと会ってくださるでしょ?」
落ち込んだ声を出すわたしにお兄様は慌ててフォローしてくれる。
「でも、昨年婚約者に内定した後、エレナ様が王都に行かれるまで何もありませんでしたよ」
「もう! ユーゴは黙ってて!」
「いいのよ。お兄様。ユーゴの言う通りなのよ。わかってるわ。わたしが一人で婚約者になって浮かれていただけなんでしょ? だって、一昨日いらした時も、殿下は胡桃のケーキ召し上がらなかったわ。殿下と子供の頃に、次は一緒に食べようって約束したのよ。それなのに……」
一昨日メリーが殿下が別荘に戻られた後にお茶の片付けに行ったら、胡桃のケーキには手がついていなかったそうだ。
その事をわたしに告げるメリーの顔があまりに切なくて、小さい頃に殿下と交わした約束を思い出した。
──胡桃を集めるために木登りしていたお転婆なエレナを心配していたメリーに「お嫁に行けなかったら僕のお嫁さんになればいい」なんて言ってくれた幼い頃。
結局拾った胡桃でケーキを作る前に殿下は王宮に戻ることになって、今度うちの領地にいらした時に食べられなかった胡桃のケーキを食べるって約束をした。
殿下はそんな子供の頃にした約束なんて、覚えてないのかしら。
それとも、覚えているから召し上がりたくなかったのかしら。
わたしは勝手にこぼれ落ちそうになる涙をグッとこらえる。
「もぅ。だから胡桃のケーキはやだったんだ」
「……お兄様は食べていただけないのわかっていたのね? わたしが勝手に約束だなんて固執しているのを殿下は負担に思われてるって、お兄様はご存じだったんでしょ?」
「違うよ。単に殿下はいつも甘いものなんて召し上がらないから、エレナの期待を裏切ることになったら嫌だなって思っただけだよ。違うお菓子なら殿下が食べなくても気にならないでしょ」
「やっぱりお兄様は、召し上がらないのご存じだったんじゃない」
「だから、故意に召し上がらないのと単純に甘いものを召し上がらないのは違うよ。約束のケーキだけど甘いから食べられなかったんだよ……きっと」
お兄様は一生懸命に慰めてくれようとしているけど、無理があるわ。
「エリオット様はエレナ様を人質として差し出して王宮内の地位を確立させたいから、そんな事をおっしゃって誤魔化そうとしてるんじゃないですか?」
「ユーゴ!」
ユーゴを諌めた後は押し黙るお兄様を見て、図星なのだと合点する。
お兄様はお喋りだけど、自分の気持ちに嘘をつくのは下手なので都合が悪いと黙り込んだり大袈裟に振る舞ってしまう癖がある。
わたしはお兄様を見つめる。
机から立ち上がったお兄様はわたしの隣に腰を下ろした。
「僕は、エレナを人質にしてまで王宮内の地位なんて欲しくない。そもそも考えてごらんよ。僕はエレナが殿下と婚約する前から殿下の幼馴染で殿下の一番の学友だもの。エレナが王室に輿入れしようがしまいが僕自身の力で実績を作って、地位は確立させられるよ。そうでしょ?」
「でも、わたしが殿下から婚約破棄されたりしたら困るでしょ」
「婚約破棄されることなんてないよ」
「あるわ!」
ため息をつくお兄様を尻目に今度はユーゴがわたしの足元にひざまづいて、手を握る。
「婚約破棄されたら、僕と結婚しましょう。そうすればエレナ様はお祖父様のいる礼拝堂で幸せにくらせます。僕はエレナ様に手を出したりしませんから、安心して領地の女神様で居続けてくださいね」
そういったユーゴの目は真剣だった。
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