130 / 276
第三部
29 エレナのスパイ活動
しおりを挟む
「……何言ってるか聞こえます?」
「全然」
ユーゴに聞かれて、わたしは首を振る。
扉に耳をくっつけても、殿下とお兄様が二人でなにか話しているみたいだということがわかるだけで、さすが話している内容までは聞こえない。
「……僕、コップ持ってきますね」
業を煮やしたのか、ユーゴが扉から離れる。
そうね。なんか漫画とかでコップを使って盗み聞きするのを見たことあるわ。
わたしはユーゴの提案に頷く。
ユーゴが戻るまで、一人扉に張り付き、聞き耳を立てる。
もちろん話してる内容なんて聞こえない。
何で、わたしがこんなことしないといけないのかしら。
そりゃ、お兄様がなにをしでかしたかは、気になるところだけど。
間諜なんて、侯爵家のお嬢様がやらされることではないわ。
今さらだけど、バカらしくなってきた。
ユーゴが戻ってきたら、ここはユーゴに任せて、わたしは部屋でくつろいで待っていようかな。
あ、だめだ。わたしがお借りしているはずの部屋は、アイラン様に乗っ取られている。
どこか他にくつろげる場所はあるかしら。
刺繍したいところだけど、裁縫箱はメリーが部屋に運んだだろうし、図書室で本でも借りようかしら……
「──好きなら好きって、言えばいいじゃないかっ!」
考え事をしていたら急に、ドン! と、テーブルかなにかを叩く音と一緒に、お兄様の怒声が聞こえた。
心臓がドクンと跳ねる。
え? どうしたの?
普段、ヘラヘラ……じゃなかった、温厚でにこやかなお兄様が激昂するなんて……
それに「好きなら好きって言えばいい」ってどういうこと?
扉に密着して耳を澄ましても、殿下がなにを言っているかは聞こえない。
「──はあ⁈ エレナが傷つく? 何いってんの⁈ エレナを言い訳に使わないで!」
突如聞こえた自分の名前に、心臓は早鐘を打つ。
エレナが傷つく?
なんで? どうして?
「──僕は、エレナに『殿下と何があったの?』って聞かれるたびに、苦しい思いをしてるんだ!」
ここ数日のお兄様の様子を思い出す。
確かに、わたしがお兄様を問い詰めるたび「何も言えない」の回答ばかりだった。
「──殿下のせいじゃないか! 殿下が気持ちを公に表明してれば、こんなことにならなかったんだ!」
怒りだけでなく、苦痛や悲しみも入り混じるお兄様の叫び声を聞いていると、背中に嫌な汗が流れる。
部屋からは話し声が聞こえなくなった。
お兄様は「言ってはいけないことを口走ってしまいそう」と言っていた。
言い過ぎてしまったことに気がついて、黙ってしまったんだろう。
これ以上の話にならないようにお兄様は自制するはず。
この場にいてもこれ以上の収穫はないわ。
それに、もし、お兄様が自制できなかったとしたら……その話は、盗み聞きなんてしない方がいいに違いない。
早くここから離れなくちゃ。
危険信号が頭の中で鳴り響く。
わたしが部屋から離れると、ちょうどユーゴが戻ってきた。
バレないようにの配慮なのか、あたかも給仕をするかのように、銀盆にコップと水差しを載せている。
意外と間諜の素質があるのかしら。
「エレナ様ったらコップ取りにきたんですか? 待っててもよかったのに」
わたしに満面の笑みでコップを渡そうとする。
ユーゴはこの状況を楽しんでいるみたいだった。
「ユーゴ。コップを扉に押し付けても話なんて聞こえないわ。そのまま先入捜査をしてきなさい」
ユーゴが部屋に入れば、お兄様もこれ以上は殿下に対して感情的にならないはず。
「ええっ。エレナ様もアイラン様に命じられたじゃないですか」
ユーゴは唇を尖らせる。
「王都の礼拝堂に一緒に行ってあげる」
「本当ですか! ちゃんと女神様の格好もしてくださいよ!」
「うっ……わかったわ……」
「約束ですよ!」
意気揚々と部屋に入ろうとするユーゴに別れを告げて、わたしは安息の地を求めて歩き始めた。
「全然」
ユーゴに聞かれて、わたしは首を振る。
扉に耳をくっつけても、殿下とお兄様が二人でなにか話しているみたいだということがわかるだけで、さすが話している内容までは聞こえない。
「……僕、コップ持ってきますね」
業を煮やしたのか、ユーゴが扉から離れる。
そうね。なんか漫画とかでコップを使って盗み聞きするのを見たことあるわ。
わたしはユーゴの提案に頷く。
ユーゴが戻るまで、一人扉に張り付き、聞き耳を立てる。
もちろん話してる内容なんて聞こえない。
何で、わたしがこんなことしないといけないのかしら。
そりゃ、お兄様がなにをしでかしたかは、気になるところだけど。
間諜なんて、侯爵家のお嬢様がやらされることではないわ。
今さらだけど、バカらしくなってきた。
ユーゴが戻ってきたら、ここはユーゴに任せて、わたしは部屋でくつろいで待っていようかな。
あ、だめだ。わたしがお借りしているはずの部屋は、アイラン様に乗っ取られている。
どこか他にくつろげる場所はあるかしら。
刺繍したいところだけど、裁縫箱はメリーが部屋に運んだだろうし、図書室で本でも借りようかしら……
「──好きなら好きって、言えばいいじゃないかっ!」
考え事をしていたら急に、ドン! と、テーブルかなにかを叩く音と一緒に、お兄様の怒声が聞こえた。
心臓がドクンと跳ねる。
え? どうしたの?
普段、ヘラヘラ……じゃなかった、温厚でにこやかなお兄様が激昂するなんて……
それに「好きなら好きって言えばいい」ってどういうこと?
扉に密着して耳を澄ましても、殿下がなにを言っているかは聞こえない。
「──はあ⁈ エレナが傷つく? 何いってんの⁈ エレナを言い訳に使わないで!」
突如聞こえた自分の名前に、心臓は早鐘を打つ。
エレナが傷つく?
なんで? どうして?
「──僕は、エレナに『殿下と何があったの?』って聞かれるたびに、苦しい思いをしてるんだ!」
ここ数日のお兄様の様子を思い出す。
確かに、わたしがお兄様を問い詰めるたび「何も言えない」の回答ばかりだった。
「──殿下のせいじゃないか! 殿下が気持ちを公に表明してれば、こんなことにならなかったんだ!」
怒りだけでなく、苦痛や悲しみも入り混じるお兄様の叫び声を聞いていると、背中に嫌な汗が流れる。
部屋からは話し声が聞こえなくなった。
お兄様は「言ってはいけないことを口走ってしまいそう」と言っていた。
言い過ぎてしまったことに気がついて、黙ってしまったんだろう。
これ以上の話にならないようにお兄様は自制するはず。
この場にいてもこれ以上の収穫はないわ。
それに、もし、お兄様が自制できなかったとしたら……その話は、盗み聞きなんてしない方がいいに違いない。
早くここから離れなくちゃ。
危険信号が頭の中で鳴り響く。
わたしが部屋から離れると、ちょうどユーゴが戻ってきた。
バレないようにの配慮なのか、あたかも給仕をするかのように、銀盆にコップと水差しを載せている。
意外と間諜の素質があるのかしら。
「エレナ様ったらコップ取りにきたんですか? 待っててもよかったのに」
わたしに満面の笑みでコップを渡そうとする。
ユーゴはこの状況を楽しんでいるみたいだった。
「ユーゴ。コップを扉に押し付けても話なんて聞こえないわ。そのまま先入捜査をしてきなさい」
ユーゴが部屋に入れば、お兄様もこれ以上は殿下に対して感情的にならないはず。
「ええっ。エレナ様もアイラン様に命じられたじゃないですか」
ユーゴは唇を尖らせる。
「王都の礼拝堂に一緒に行ってあげる」
「本当ですか! ちゃんと女神様の格好もしてくださいよ!」
「うっ……わかったわ……」
「約束ですよ!」
意気揚々と部屋に入ろうとするユーゴに別れを告げて、わたしは安息の地を求めて歩き始めた。
7
あなたにおすすめの小説
【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。
侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw
さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」
ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。
「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」
いえ! 慕っていません!
このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。
どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。
しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……
*設定は緩いです
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。
《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》
【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが
藍生蕗
恋愛
子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。
しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。
いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。
※ 本編は4万字くらいのお話です
※ 他のサイトでも公開してます
※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。
※ ご都合主義
※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!)
※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。
→同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
成人したのであなたから卒業させていただきます。
ぽんぽこ狸
恋愛
フィオナはデビュタント用に仕立てた可愛いドレスを婚約者であるメルヴィンに見せた。
すると彼は、とても怒った顔をしてフィオナのドレスを引き裂いた。
メルヴィンは自由に仕立てていいとは言ったが、それは流行にのっとった範囲でなのだから、こんなドレスは着させられないという事を言う。
しかしフィオナから見れば若い令嬢たちは皆愛らしい色合いのドレスに身を包んでいるし、彼の言葉に正当性を感じない。
それでも子供なのだから言う事を聞けと年上の彼に言われてしまうとこれ以上文句も言えない、そんな鬱屈とした気持ちを抱えていた。
そんな中、ある日、王宮でのお茶会で変わり者の王子に出会い、その素直な言葉に、フィオナの価値観はがらりと変わっていくのだった。
変わり者の王子と大人になりたい主人公のお話です。
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。
死に戻りの悪役令嬢は、今世は復讐を完遂する。
乞食
恋愛
メディチ家の公爵令嬢プリシラは、かつて誰からも愛される少女だった。しかし、数年前のある事件をきっかけに周囲の人間に虐げられるようになってしまった。
唯一の心の支えは、プリシラを慕う義妹であるロザリーだけ。
だがある日、プリシラは異母妹を苛めていた罪で断罪されてしまう。
プリシラは処刑の日の前日、牢屋を訪れたロザリーに無実の証言を願い出るが、彼女は高らかに笑いながらこう言った。
「ぜーんぶ私が仕組んだことよ!!」
唯一信頼していた義妹に裏切られていたことを知り、プリシラは深い悲しみのまま処刑された。
──はずだった。
目が覚めるとプリシラは、三年前のロザリーがメディチ家に引き取られる前日に、なぜか時間が巻き戻っていて──。
逆行した世界で、プリシラは義妹と、自分を虐げていた人々に復讐することを誓う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる